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人的資本経営における「エンゲージメントサーベイ」の効果的な開示方法 ~レゾナック・ホールディングス~


はじめに

2023年3月期の有価証券報告書から「人的資本」に関する開示が義務づけられるようになり、昨年から今年にかけて、にわかに人的資本の重要性が認識され始めてきています。項目として、「育児休業の取得率」「男女間の賃金差」「女性管理職の比率」の開示が義務化されたと同時に、独自で設定した指標の開示も推奨されています。

人的資本経営に必要なこと

開示の義務化に先立って経済産業省は、人的資本経営の指針ともなる報告書「人材版伊藤レポート2.0」を公表しました。その中の「レポートの狙い」のところで、下記のような記載があります。

人的資本情報の開示に向けた国内外の環境整備の動きが進む中で、人的資本経営を本当の意味で実現させていくには、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか」と、「情報をどう可視化し、投資家に伝えていくか」の両輪での取組が重要となる。

「人材版伊藤レポート2.0」P.10

上記にもある通り、人的資本経営を実現させるには、経営戦略と人材戦略の連動投資家の効果的な伝え方がポイントとなります。経営戦略と人材戦略を結ぶファクターは様々なものがありますが、本コラムでは業績との相関が高いとされるエンゲージメント(会社への貢献意欲)に注目します。また、そのエンゲージメントサーベイの結果を効果的に伝えている例として、レゾナック・ホールディング(以下レゾナックHD)の開示例を取り上げ、解説したいと思います。

なぜエンゲージメントか?

エンゲージメントは下記のように定義されています。

「従業員一人ひとりが企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」

松林博文他『組織の未来はエンゲージメントで決まる』,英治出版,2018,p.38

このエンゲージメントが注目される一つのきっかけとなったのが、タワーズワトソン(現ウイリス・タワーズワトソン)社の分析です。プレスリリースでは、「持続可能なエンゲージメント」のレベルが高い企業は、低いエンゲージメントの企業に比べ、1年後の業績(営業利益率)の伸びが3倍になったという結果(※1)を載せています。

タワーズワトソン(現ウイリス・タワーズワトソン)社のプレスリリースより加工

エンゲージメントは、業績のみならず、質の高いサービス、離職率、社員の欠勤率、イノベーションに良い影響があると言われており、人的資本経営の中でも、経営戦略と人材戦略を結び付ける有効なKPI(重要業績評価指標)として認識されています。

レゾナック・ホールディングの開示例

既に多くの上場企業でエンゲージメントの状態を測定するためにサーベイが実施され、その結果を有価証券報告書や統合報告書で開示しています。その中で、質の高い内容で開示を行っているレゾナックHDの例をご紹介したいと思います。

1)会社概要

レゾナックHDは、2023年1月1日に昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合してスタートした大手化学メーカーです。

レゾナックHDのコア成長領域としている半導体・電子材料事業は、技術革新が速い上に、様々な技術の掛け合わせが必須であることから、社内外の擦り合わせが欠かせません。それを踏まえ、ステークホルダーとの共創を重視した「共創型化学会社」を目指すべき方向性に掲げています。

そして、それを実現すべく、社内外の人々と自律的に繋がり、共創を通じて変革と課題解決ができる「共創型人材」を人的資本経営の中心の一つに据えています。このような方針を掲げてる中で、レゾナック社はどのように社内のエンゲージメントの状況を開示しているのでしょうか?

2023年12月11日に実施されたサステナビリティ説明会の資料の一部を見ながら、解説していきたいと思います。

2)調査結果の分析概要 ~優先順位の明確化~

ポイント)
①「肯定的回答割合」と「エンゲージメントとの相関」の二軸を取り分析
②それにより四つの象限に分け、要改善エリアを明確にする
③要改善エリアから優先課題を抽出しそれを言語化する

レゾナックサステナビリティ説明会2023 P14

エンゲージメントサーベイの実施担当者の悩みの一つとして、「調査をしてもどこから手を付けて良いか分からない」ということが挙げられます。それを解決する、つまり優先順位の高い領域を特定するために、上記のような分析を方法はとても有効です。横軸に各設問の肯定的回答割合、縦軸にエンゲージメント設問との相関係数(※2)を取り、各設問の結果をプロットします。上記の図で言えば、左上(ピンクの部分)は、エンゲージメントに強い相関があり、且つ結果が悪い領域となり、直ぐに手を付けるべき要改善エリアとなります。

レゾナックHDでは、要改善エリアの中でも特に四つの項目に絞って優先課題としています。おそらく、経営ボードや人事との話し合い(※3)により、四つの課題に絞り込んだのではないでしょうか。

3)優先課題のアプローチ方法 ~具体的アクションの可視化~

ポイント)
①優先課題毎に「打ち手の柱」「アクション」「主幹部門」を明確にする
②一番右を「各職場の改善アクション」とし、確実な落とし込みを明記
③【打ち手の土台】(青部)を追加。アクションを支える項目の設定

レゾナックサステナビリティ説明会2023 P15

優先課題毎に、What(優先課題)、Why(打ち手の柱)、How(全社改善アクション)、Who(主管部門)と右に展開しており、実現に向けた強いコミットメントを感じます。

また、このような施策は、経営や人事がいくら旗降っても現場が動かなければ、画餅に帰すことになります。しかし、この資料では、主幹部門のさらに右に、「各部門の改善アクション」「各職場の改善アクション」を明記してあり、優先課題を現場までしっかりと落し込んでいく意図が読み取れます。おそらくこれを投資家が見れば、各施策が確実に実現されていくという印象を持つのではないでしょうか。

加えて、一番下部に【打ち手の土台】として、「職場における信頼関係・協力体制の構築」という項目が付け加えられています。これは前頁での調査結果の概要の中にはなかった項目で、優先課題を推進する上で、必要な項目として追加すべきと考えられたのでしょう。データに囚われ過ぎず、本当に必要な優先課題を再度検討したことが読み取れます。

さらに、アクション中に「共創型マネジャー」や「共創的変革」という言葉が使われており、レゾナックHDが掲げている「共創型化学会社」「共創型人材」を意識したアクションとなっていることも特筆すべき部分と言えます。

最後に

レゾナックHDのエンゲージメントサーベイに関する分析は、優先順位の明確化、実現性への納得性、目指すべき方向性との連動という意味で、秀逸な内容となっていると思います。エンゲージメントサーベイの開示例として、理想的な例の一つとなっていると思います。

<注釈>
※1)この他にもエンゲージメントと業績の関連性について数々の調査結果が発表されています。日本では、株式会社リンクアンドモチベーションの研究機関であるモチベーションエンジニアリング研究所が、慶應義塾大学 大学院経営管理研究科/ビジネス・スクール 岩本研究室と共同で実施した「エンゲージメントと企業業績」に関する研究が有名です。

※2)相関係数を出すには、まず、全設問の中からキークエスチョンとしてのエンゲージメント設問を設定する必要があります。その上で、エンゲージメント設問と各設問との相関分析を行って相関係数を算出。縦軸の高さを決定していきます。相関係数は、−1以上1以下の実数に値をとり、相関係数が正のときは正の相関が、負のとき負の相関があるといいます。

※3)結果を見た後、関係者で話し合うことが大切です。要改善エリアの項目の中で、エンゲージメントとの因果関係はあるのか、本当に手をつけるべき項目はどれか、といった観点で話し合い、課題を絞っていくことが重要です。

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