【マンガ原作】『Beasts & Flowers』 第二話
第二話 首都・新東京
都庁や昭和時代の建造物の劣化を受けて再開発された首都『新東京』は一部の恒久的環境保全地区を除いて乱雑さを増していた。情報通信網を使った勤務形態が一般化したことで出勤を伴うオフィスワークが激減し、大企業の本社が地方へと分散はしていても首都を目指す者たちは増加する一方だ。
首都に住居を持つことは利便性の点では優れているが、社会的地位の高さの一つとされているのは理解し難い。たとえ路地裏や僻地であろうとも、住所に『新東京』が入っているだけでもうらやましいと考えるらしい。
都心で高騰し続ける一軒家やマンションを購入できない層が法の穴を潜り抜けてオフィス用の賃貸物件をリフォームして住居とする迷惑な流行もあり、一つのビルの中にオフィスと住居が入り乱れる混沌状態も生まれている。
リニアモーターカーの完成で、地下鉄はさらに深度を増して複雑化。地上の電車やバスは廃止され、AI制御の無人モノレールが主流になった。
車の自動運転を目指した計画は多数の犠牲者と共に葬り去られ、人が車を運転する状況は昔と変わらない。一時期に世界的流行を見せた電気自動車は市場を席巻することはできず、ハイブリッド車、ガソリン車、水素自動車の四種類が走っている。
増加する人口と車の為に新しく設計された首都高速道路は第一から第三まで建設され、今も延長工事は続く。
第三首都高の速度制限ギリギリを攻めながら湾岸に向かって車を走らせつつ、通信ボタンを押して特務二課全員に呼びかける。
「俺だ。今晩、朝まで飲みに付き合ってくれる奴は時計塔に集まってくれ」
『おっさん、どこに飲みに行くんだ?』
最初の応答は〝偽救世主〟守柱 瑠璃夜。十歳で全世界の政府と軍を震撼させた天才ハッカーは、今では十九歳。俺の会社の人工衛星管理部門でハッキングとプログラミングの腕を磨きつつ大学に通っている。
「瑠璃夜、お前はまだ二十歳になってないだろーが。ミルクでいいなら、この店だぞー」
隠者のカードを転送スロットに差し、『楽園』の場所を独自の全地球測位システムの数値で送る。
『おっさん、いい加減子供扱いやめろよな。せめてノンアルにしてくれよ』
「育ち盛りにはミルクだろ。二十歳になったら大人扱いしてやるぞー」
『超うぜーな、おっさんは!』
ぷつりと通信が切れたが、俺が執務室へと向かう間にネットから情報を収集してくれるだろう。
『今夜のパーティには、何乗りますー?』
軽い声は〝機械工〟宇角 哲一。デコトラに憧れて車の整備士になった男は、車やバイクの魔改造に飽き足らず小型の船舶や飛行機まで扱い、攻撃ヘリや戦車も乗りこなす運転手でもある。話し方も見た目も軽いので誤解されるが、仕事は早くて確実。信頼できる男だ。
「そうだな。飲みながら海でも走るかー。店の場所は瑠璃夜に聞いてくれ」
離島への距離と作戦内容を考慮すると水中翼船での移動になる。ジェットエンジンとウォータジェット推進機を使用する船は、海上を飛ぶように進む。
『へいへい、了解ーっす。参加人数決まったら教えて下さいねー』
軽い言葉で通信が切れ、次の着信が入った。
『参加の許可を求めます』
堅苦しい言葉は〝魔法騎士〟ガブリエル。異世界から転移してきた〝青玉の騎士〟は〝奇跡の種〟を使って魔法をこの世界で行使する。剣を持つと確実に殺してしまうと武器使用を避け、素手でも戦闘力が凄まじい。
「おう。いくらでも許可すんぞー。CM撮影はどうした?」
『先程終わりました』
ガブリエルは死亡した『天峰和久』の戸籍に収まり、紗季香のモデル事務所に所属する人気モデルの一人として勤めている。茶色に近い金髪に青い瞳の穏和な顔、細身でありながら実戦で鍛えられた筋肉質の体型が人気らしい。
「嬢ちゃんはいいのか?」
『これから外泊の許可を取ります』
ガブリエルは先日結婚して『天峰くらら』という妻がいる。異世界からガブリエルを追いかけて転生したという女。
「あー、新婚家庭に亀裂を入れないように上手く言えよー。参加者は男だらけで女は一人もいないとでも言っとけ」
『はい。そうします』
あっさりとした返事に苦笑しつつ、次の着信を取る。
「待たせてすまんな」
『大丈夫です。ミルクでいいので参加できますか?』
若干の遠慮を滲ませる生真面目な声は〝逆巻く者〟獅子島 幸人。十歳で世界平和福祉事業団に売られ、犯罪組織DEEDにハッカーとして使われた後、十五歳で廃棄処分された経歴を持つ。瑠璃夜との壮絶な喧嘩の後、俺の保護下へ入った。十九歳になった今、俺の会社の情報セキュリティ部門でプログラミングを勉強しながら瑠璃夜と同じ大学に通っている。
「おう、参加歓迎だ。無理はすんなよ」
『はい。これから向かいます』
幸人は廃棄処分時の脳手術の後遺症として、瞬間透視の特殊能力を得ていた。その能力は半径一メートルから三十メートルに及び、見た物を完全記憶することができる。ただし脳に過度な負担が掛かる為、力は封印させている。
高速を走り抜けて到着した先は、お台場に広がる商業施設の一角。こちらも新東京の観光名所の一つとして大規模な再開発が行われ、世界の有名な都市の街並みを再現している。渡航せずとも海外旅行気分を気軽に味わえると人気が高く、平日でも人が集まる場所になっている。
俺の執務室の一つがあるのは、ロンドンの街並みを模し時計塔が再現された『玄武地区』。当初予定では他の名前だったが、実物大の時計塔を含む建設予定図の発表後、文化盗用と騒がれて時計塔は半分のサイズになり、名称もあからさまな物は使っていない。とはいえ、オープン後の視察で英国大使が気に入って一室を大使館別室として使っている。
商業施設に執務室を置くのは、メンバーが特務二課に所属していることを知られない為でもある。俺の会社のオフィスビルに普通の学生や他業種の会社員が出入りするのは不自然極まりない。
買い物や食事を誰もが楽しめる施設なら、どんな人間が出入りしようとも注目されることもない。
建物下の専用駐車場に向かうと、すでにガブリエルの車が止まっていた。ナイト・サファイア・ブルーの国産クーペは哲一の手による改造を受けていて、リミッター解除で時速四百キロで走ることができる。
プロのドライバーでも躊躇するであろう速度も、異世界の騎士にとっては大した問題ではないらしく、生死を掛けた実戦で培われた動体視力と反射神経を活かした運転技術は凄まじく高い。
俺が乗る黒の国産セダンも哲一の手による改造を受けている。水素エンジンを備え軍用の固形ジェット燃料を搭載して、数分であれば空を飛ぶ。最初は使うことはない過剰装備だと思っていたが、これで三度命拾いしたのだから哲一に感謝するしかない。
車を停めてエレベーターに向かって歩き出すと、学生組の二台のバイクが停まっていた。瑠璃夜はオレンジ、幸人は青。色違いで揃えたフルカウルスポーツ型のバイクは、それぞれが独自制作したAIでの自動運転も可能という、見た目以上の機能を備えている。
学生二人を特務二課へ入れることを俺は反対していた。ただ、二人がネットを通じて喧嘩をしていた二年間でぶっちぎった法律は数知れず。リアルでも破壊した物件は多数で、金を積んでもすべてのフォローは出来なかった。
どうするかと悩んでいた俺の知らない所で二人に接触した〝無名〟が、罪を抹消して静かに生きるか、罪の代償としての特務二課入りかを二人に選ばせて、今に至っている。
ガブリエルの指導で体を鍛えていた瑠璃夜と、DEEDで鍛えられ暗殺術を仕込まれた幸人には対人格闘の基礎が出来上がっており、今は重火器免許取得のために射撃訓練を行っている。その精緻なプログラミングからは想像できない大雑把な性格の瑠璃夜は拳銃やロケットランチャー等の派手な武器使用に向いていて、発想が大胆なプログラミングを得意とする幸人は狙撃に向いている。
光と影。背中合わせの経歴を持つ二人は、正直に言えばこれからの成長が楽しみでもある。
エレベーターホールの片隅、紙巻タバコを吸っている二十代前半の男が佇んていた。日に焼けた肌と脱色した短髪。白のサマーニットと迷彩柄のカーゴパンツに編上げブーツ。
「よう、光正。ここは禁煙だぜ?」
そうは言いつつ俺もポケットから紙巻タバコを取り出して口の端で咥える。
「仕方ないな。俺もお前に倣うか」
光正は火のついていたタバコを携帯灰皿で押し消して新たなタバコへと変え、二人でエレベーターに乗り込む。
この男は〝外科医〟雅楽代光正。漫画の主人公に憧れ、フリーの外科医として活動している。各種免許を完全取得、定期的に大学病院で最新技術を研究し論文も発表している忙しい男だ。二十代前半に見えても、実年齢は三十を超える。
うんざりとした顔で光正が呟く。
「……火を着けないタバコなんざ、おしゃぶり以下だな」
「俺はこれで、禁煙してるぞ」
俺の禁煙スタイルは、タバコの葉の香りを楽しむだけで火を着けない。
「どこに行っても喫煙者は肩身が狭いな」
「それは仕方ないな。タバコの熱でセンサー類が混乱するしな」
二人で肩をすくめた時、エレベータの扉が開いた。無機質な廊下には、幾重にもセキュリティが施された金属扉。
「さーて。楽しいパーティは準備から」
限られた時間、限られた人材。それでも五人の子供は必ず救出する。俺は光正と執務室に向かって歩き出した。
第三話へ続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?