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米津玄師が歌う「わたし」と「あなた」は誰なのか?

「米津玄師の歌詞を因数分解して分かったこと」<第5章>

*プロローグと第1章〜4章は下記マガジンでご覧ください。

複雑な日本語の人称代名詞 

 以前、日本語における人称代名詞の複雑さを知ったフランス人に、それを難なく使いこなすことを「凄い!」と称賛されたことがある。確かに私たち日本人は相手や場面に応じて、人称代名詞を無意識に使い分けている。

 女性の一人称は「わたし」「わたくし」「あたし」。男性なら「ボク」「わたし」「オレ」。さらに方言の「わし」「わい」「うち」などが一般的だ。
 
 書き言葉を加えると更に増える。ビジネスメールで「小職」を初めて見たときは思わずググった。

 2人称も相当数にのぼる。同じ人がある時は「てめぇ」、ある時は「貴殿」と呼ばれるように、日本語の人称代名詞にはそれぞれに感情やキャラクターが宿っている。

米津玄師は人称代名詞をどう使い分けているのか?

 彼はインタビューなどでは自身を「自分」と言っていることが多いが、13曲で使用されていた「自分」は人称代名詞的な使い方ではなかったため、ここには分類していない。

 1人称は全体の約8割にあたる71曲、2人称は74曲で使われている。どちらも出てこないのは「抄本」と「ポッピンアパシー」の2曲だ。

 まず、1人称から見ていこう。

 使用しているのは「僕」「僕ら」「僕たち」「わたし」「あたし」「俺」「我ら」の7種類。

 最も多く使用されているのは「僕」が34曲、次は「We」にあたる「僕ら・僕たち」が22曲と続く。男性を指す1人称が多いのは当然と言えば当然だろう。本人の普段の話言葉である「俺」を使っているのは「Loser」他わずか4曲であった。

性別が断定できない「わたし」と「あなた」

 次いで18曲で使われている「わたし」がちょっと曲者である。性別がハッキリと断定できない詞が多いのだ。

 7曲に登場する「あたし」は、ほぼ女性ではあるが「フラミンゴ 」と「でしょましょ」のそれは若干怪しい。

如何でしょ、あたしのダンスダンスダンス
ねえ、どうでしょ?それなりでしょ?

 この歌詞の「あたし」が男か女かで曲の色合いが変わってくる。男性だとしたら「厭世的な諦観を抱いている孤独感」が色濃く、女性だと「こんな世の中だけどまあ一緒に生きて行こうよ」と愛する人に囁いているように聞こえる。

 このように人称代名詞に余白を与えることで、聴く者の頭に映し出される映像が規定されにくくなっている。米津自身は性別や人物像を明確に設定しているのかもしれないが、結果として「Lemon」や「カナリヤ」の「私」は男性でも女性でも成立する。

 ちなみに「あたし」について米津は以前こんなことを言ってる。

「1人称が「あたし」で、かつその発音が美しい人に惹かれます」

 これを踏まえて、曲中の「あたし」を聞いてみるのも一興だ。

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 また、「Paper Flower」に出てくる「私」と「あなた」は、性別云々の前に、自己像幻視による同一人物ではないかと思う。
 ピンボケの視界を漂うような曲調と、フラッシュバックのように散発的な歌詞がちょっとアシッドな感じだ。こう言う曲の歌詞はあえて考察や分析をせず、そのままフワフワとさせていたい。

2人称の多用で誰かに届く曲を。

 2人称は多い順に「あなた」「君」「お前」「あんた」「あんたら」の5種類。

 最も多い「あなた」(41曲)と、次点の「君」(31曲)は、歌詞全文を読んでもそれが男女どちらを指すのか限定されないケースが目立つ。

 2人称には「僕」「俺」のように九分九厘男性を指すものがないため、性別の境界線はより曖昧になっている。さらに対象者がリアルな誰かではなく、不特定多数の誰か、世間、自分自身、もしくは観念的な存在である曲も多い。

 ただ、5曲で使われている「お前」という言葉は明らかに女性にではなく、男同士のバディや自分自身、不特定多数の誰かに向けられている。

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 よくあるロックな歌詞では、女性を「お前」と呼ぶことでワイルドな男らしさを醸すものも多いが、米津の歌詞ではそんなマッチョイズムはない。

 それどころか彼の書くラブソングにおける男性は、女性を「あなた」と呼ぶことが多い。「orion」「春雷」「ブルージャスミン」「メトロノーム」「ViVi」「メランコリーキッチン」「サンタマリア」「フラミンゴ」「ドーナツホール」などがそれであり、「君」とほぼ同数である

 「俺」「あんた」「お前」と言う荒っぽい人称代名詞をほとんど使わず、女性を「あなた」と呼ぶ。
 そこはかとない品の良さやジェントルな印象を醸す理由が、実はこんな基本的なところにあるのかもしれない。

 米津は、セカンドアルバム「Yankee」のリリース時のインタビューでこう語っている。

「あなた」っていう言葉があるのは、ちゃんと投げかける相手を思いながら作ったということなんですよね。自分の音楽を聴いてくれる人だったり、自分の身近にいる人だったり。

 この投げかける相手が年を追うごとに増え続け、その数と期待は今やパンパンに膨張し切っている。
 
 この常人には耐えられないであろうプレッシャーを潜り抜け、今夜公開される「ゆめうつつ」では、どんな言葉で歌いかけてくるのだろうか?

 この曲の「あなた」「君」もしかしたら「お前」が、どうか幸せな夢を見れますように。


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