米津玄師が歌う応援歌はやっぱり一味違った
時代を切り開いた先人からの応援歌
NHK朝ドラ「虎に翼」は、男尊女卑が当たり前だった時代に、日本初の女性弁護士となり後に女性初の裁判官としても活躍した実在人物がモデルだ。その主題歌「さよーならまたいつか!」は、定められた安穏な生活を拒否し、自ら選んだ茨の道を逞しく生き抜いた主人公の視点で歌われている。
100年以上前に生まれた大先輩から現代を生きる私たちへのエールだ。
ヘタな叱咤激励は「ウザい」どころか「モラハラですっ!!」と訴えられそうな令和の時代に、熱血教師のような熱い言葉が小気味よいリズムで飛び出てくる。
口中に血が滲むほどの悔しさや怒りを原動力に、どんな困難にも必死立ち向い乗り越えてきた偉人の言葉には、腫れ物に触るような上っ面の優しさなどない。
瞬け!飛べ!ゆけ!貫け!と鼓舞しまくり、己や時代に負けてドロップアウトすることを許さない。
極めつけは”消え失せるなよ!”。
ただの根性論に止まらない相手の成功や幸せを心から願う祈りだ。それは志半ばの挫折だけでなくこの世からの離脱も食い止める砦となる。
めちゃくちゃ乱暴に意訳すればこの曲は「辛くても頑張れ!」とケツを叩いている。歌詞を読めば先人の壮絶な苦労話が散りばめられた応援歌なのだが、説教臭さもなければ尊大な熱苦しさもない。語りかけてくる表情は晴れやかな笑顔だ。
その表情を作り出しているのが、明るく爽やかなメロディと弾むようなリズム、そして薄っすらとした憂いと怒りを秘めた滑らかな米津の声。「らくらく服薬ゼリー」なみにスルッと飲み込めるのにわずかに苦味を感じる良薬のようにジワジワと効いてくる。
その歌唱は”演技”と言ってもよいほどリスナーの感情を揺さぶる引力がある。特に2回出てくる”空に唾を吐く”の表現はメロディの違いだけでなく、声そのものを使い分けており、もはやドラマの台詞だ。
端正なストリングスとともに跳ねる軽やかな声、怒りを込めたガナリ声、戯けた笑い声、未来へ向かって芽吹いていくようなコーラス。声というより楽器、それもかなりの名器を自由に操っている。
寅子の代弁者に足る説得力
さて、今これを読んでいる皆さまも誰かを叱咤激励したりされたりした経験があると思う。例えば、上司が部下に、先輩が後輩に、親が子に、師匠が弟子に、年配者が若年者に…。
自分の伝えたいことを相手に真っ直ぐに余すことなく伝えるのは本当に難しい。
自分自身を振り返ってみても”したり顔”のお説教や”的外れ”なアドバイス、良かれと思っているんだろうが行動を監視・制限される余計なお世話に苛立ったことは数知れず。自分もおそらく同じだけ、いやそれ以上に相手にそう感じさせてきたに違いない。穴があったら入りたい。
黙って”背中を見せる”ことが最も効くが、相手に尊敬され信頼を得ていれば、どんな言葉もスッと受け入れられるだろう。
寅子のような人に出会ったら、彼女が舐めた辛酸や地獄のエピソードを聞いてみたいし、それをどう乗り越えてきたのか?その時の気持ちや考え方にも大いに興味が湧く。
「さよーならまたいつか!」のもうひとつの側面
米津玄師自身もまた数々の困難や自らに課す高い志を越えてきたアーティストだ。彼を尊敬し目標としている若者には米津からの励ましや応援がどれほど力になるか想像に難くない。
だが、名実ともにJ-POPを代表するトップスターとなった今でも、きっと彼にとっては道半ばであり、まだまだ無限の可能性を信じ野心を抱き日々”頑張って”いるのだと思う。
「さよーならまたいつか!」はそんな米津が自身に向けて歌っているような気もする。
自分の音楽は100年先でも憶えられているのか?100年後の人たちとも会えるのか?”知らねえけれど、さよーならまたいつか!”と手を振りながらも、心中ひっそり”消え失せるなよ!”と願っている。
”見上げた空には何も居なかった”とウヒャヒャと笑う。「自分みたいな他の人間が先に世に出られたら困るから早く世に出なければならない*1」とか「とにかく未曾有のことがやりたい*2」と言っていた米津のことだ、この笑いはまだ誰も居ない空を見てほくそ笑んでいるのかも知れない。
*Highsnobietyインタビュー より
*NYLONインタビューより
”生まれた日からわたしでいたんだ、知らなかっただろ”と自分が自分であることを受け入れ肯定した虎がその羽を広げ気儘に飛んでいく先に何があるのか?
何かを成すためにラクな道など存在しない。春は地獄の先にしかない。米津自身も日々努力に努力を重ねているに違いない。
「さよーならまたいつか!」はシビアな現実を誤魔化すことなく伝えているのに、聴くたびに「うっし!ちょっと頑張ってみるか!」と言う気持ちにさせる泣けるほど誠実な応援歌だと思う。
明日もがんばろうね!
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