01. 草原、そして鉄錆の香りのする物語
運命の一文に遭遇した瞬間である。咄嗟に「やばい!」と声を発した。この小説は、そんな生半可な覚悟で読んでいい内容ではない、と直感する。
手に取っているのは、お仕事で携わらせていただいた御本、「私が死んだら大地に帰して」。新書サイズのその本の、装丁の美しさに息を呑む。書いたのは佐竹梅子先生。大変失礼ながら私はご依頼いただくまで佐竹先生を存じ上げなかった。いただいた作品ページにて作品を読み(この時点では読んだ気になり、ともいう)、「アッ好きです」と簡単に「依頼主」という存在から「先生」へと早変わりし、ファンになった。
佐竹先生のTwitterのプロフィールに「時代物・宦官が好きな成人」と書かれているように、お仕事をさせていただいた作品は「宦官」が登場した。私はそれまで「宦官」という存在は知っていてもそれをセイのヘキにする、という発想はなかった。wikiによると「去勢された官吏」。男性ではなくなり、かといって女性として生きるわけでもない存在…。さらにwikiにはこう書かれていた。
「去勢されても性欲は残る。」
ふーーーん…。なるほどね………。とてもいいと思いました。(いい笑顔)
これが私の、「宦官」という新たな目覚めであった。
さて、お察しの通り、この「私が死んだら大地に帰して」にも「宦官」が登場します。そしてこの「宦官」、ただの「宦官」ではなく、「愛宦」という存在。
「宦官を飼いならし、残酷に愛でること」!?!?!?
なん、なん…だそのパワーに満ち溢れた一文は…。本文引用のこの一文とは、こちらの御本のイベント告知画像を制作するお仕事の中で出会った。佐竹先生とのチャットにこの乱れた情緒が滲み出ていないかとても心配した。絶対に購入するという強い意志で「本文データは送らないでください(意訳)」と懇願すらもした。
あらすじはこう。
主な登場人物は、騎馬遊牧民の武人・カイラン(攻)と帝国の宦官楽士・祥蕾(受)、そして小さい野生のねこ・チシャ(癒し枠)。
物語は、鉄錆の香りのする仄暗い場面から始まる。祥蕾の過去だ。何も理解らないまま、箜篌という友とも呼べる弦楽器を爪弾く祥蕾。そして犯してしまった罪。
そしてカイランの過去とも呼べる、騎馬遊牧民・銀狼の過去。銀狼の民が犯し続けている罪。
次に物語は現在へと移り変わる。カイランの兄、サイシンの訃報。そして再会するカイランと祥蕾。沈黙していた祥蕾はカイランに「蠱毒」を知っているか、と問いかける。蠱毒とは帝国・貴華に伝わる呪いの一つだという。
蠱毒によって生み出された呪いでサイシンを殺したと祥蕾は語るが、カイランは信じない。その態度に祥蕾は再び沈黙する。
兄の葬儀。そして風習に倣い、カイランは兄のすべてを引き継ぐことになった。が、カイランはそれらすべてを手放すことを選ぶ。正しくは、後継者として残すべき兄の子以外は(作中では語られなかったが、この子がどうなっていくのかも大変気になる次第)。
しかし祥蕾はまた草原へと戻ってくる。祥蕾の胸中の分からぬまま、カイランは祥蕾を置いておくことにした。
共に心に痛みを持ち、けれど居場所を持たない二人の距離が縮まっていく。そして互いのために生きることを想い、二人は心と身体を重ねた。ここの描写が大変美しいので必読。
思い合う二人に引き寄せられるように、二人を取り巻く環境も二人を祝福する。
それは祥蕾が草原で迎える二度目の春のことだった。草原の東側の君主の死。そしてカイランは「金狼」となるべく立ち上がり、祥蕾は「赤い蝶」となるべく羽ばたき出す──。
怒涛の終盤を語るのは控えようと思う。何を書いてもネタバレになってしまうので。
記事のタイトルは「草原と、そして鉄錆の香りのする物語」とした。どこまでも続く空と大地に駆け抜ける風の匂いと、誰かが犯した罪と誰かが犯し続ける罪の香り。そういう気配のする物語だ。
この物語の副題とも言える、「私があなたを王にする」という祥蕾の決意が大変美しい。
精悍な武人のカイランが兄に抱くクソデカ感情(劣等感ともいう)にも、胸が詰まる思いがする。
祥蕾の始まりの罪と終わりの罪。その伏線は表紙の祥蕾の表情にも隠されているので、注意深く、けれど堪能して欲しいと思う。
こちらが依頼していただき制作した作品告知用画像。
画像をタップしてぜひ全体を見て欲しい。
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