働き方改革によって医者・医療のレベルは低下する。

*本記事では医療職の内、医師について言及する。
 
 医師の重労働は以前から問題視されてきた。そして近年妙に推進されている「働き方改革」が医療にも及び、2024年4月、すなわち再来年度から「医師の働き方改革」がスタートするという。

 確かに医者の労働環境は過酷である。中堅どころかベテランになっても長時間労働・休日出勤をし肉体的にも精神的にもキツい仕事であり、「働き方」を見直すこと自体は結構である。しかし「医師の働き方改革」という名のもとで我が国がやろうとしていることはズレているように思えてならない。我が国はゆとり教育や裁判員制度、医療では内科専門医制度など、理解に苦しむ方針を幾度となく打ち出してきた迷走国家であり、医師の働き方改革もその例に漏れず非常に残念なものになりそうだ。

*上記民間医局のウェブサイトのリンクを通じて私が参考にした文献
*特に最後の二つがポイント
*お役所の資料は見ての通り、わかりにくい。情報を詰め込むことが最優先され、わかりやすいかどうかは二の次なのである。決してスライド発表の見本としてはならない(悪い見本とはいえるが)。

https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20160330_1.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000737490.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000919910.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496523.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496522.pdf


1.過重労働の原因・根本が解決されていない


 上記参考文献を見ればわかる通り、結局のところ医師の労働時間に制限をかけることに焦点が集中していて、多角的・巨視的に問題解決をしようという姿勢に欠けている。お粗末が過ぎて憮然としてしまう。嘔吐・嘔気(吐き気)に対し、吐き気止めを出すことしかしないダメ研修医と同様、これでは「対症療法」であって問題が解決されたとは言えないだろう。

 そもそもなぜ医師は過重労働をしているのだろうか。上記参考文献には、
ア:地域・診療科で医師が偏在している
イ:昼夜を問わず患者対応を求められる
ウ:医師に病院業務が集中している
エ:患者(国民)は大きな病院を受診したがる

などが挙げられている。上記の内、ウについてはまぁそうかな、と思う。エについては都会で問題になっているのかもしれないが、地方というか一部の地域でしか働いたことのない小生としては、かかりつけ医をまず受診しましょうとか、大病院には紹介状がないと受診できない取り組みが進められているように感じられる。よってここではウとエを省く。残るアとイは、確かにその通りではあるのだが、これらに私信を加え改変すると以下のようになる。

「医師過重労働の原因(推定)」
・地域間で医師が偏在している
・診療科間で医師が偏在している
・女性医師の出産関連による離職(・休職)のため、他の医者に負担がかかる(?)
・休日を問わず1日24時間での患者対応を求められる(安価で、迅速で、高度な医療の代償である)

 女性医師云々については有名な話である。5年程前に某大学の入試で話題になった通り、「女性医師は男性医師より離職(・休職)する可能性が高く、現場で働く医師が不足する一因であり、離職(・休職)した医師の仕事を他の医師が引き受けることは即ち過重労働につながる」という意見がある。この件は多数の問題が含まれており言い出すときりがないが、過重労働の一因となっているかどうかも含め、今後議論・検討が必要とはいえよう。
 医師の過重労働は、我が国の「安価かつ迅速かつ質の高い医療」という、欲張り三点セットを備えた「世界一の医療」を実現しえている理由である。イギリスでは救急車で大病院に直行、ということはできないし、アメリカでは救急車は有料で医療費は高額という。いささか単純な議論ではあるが、安価・迅速・質・医師の過重労働抑制の四つの内、イギリスは「迅速」を、アメリカは「安価」を犠牲にしているのである。これは別に悪いことではなく、安かろう悪かろうと同じくトレードオフの関係にあるもので、すべてを成立させることは理想であるが実現困難なのである。そして我が国で犠牲にされてきた(しわ寄せきた)のが、「医師の過重労働抑制」なのである。なおここまで具体的には言及していないが、医師の過重労働が日本の医療を支えていることは上記参考文献にも記されている。

 多少上述した通り私信も交え考察したものの、医師の働き方改革に関する我が国の資料では、過重労働の原因について触れられており、その内容も概ね正しいと思われる。しかし、なぜかその原因を解決しようという議論は少なく、医師の労働時間制限に偏って話が進んでいる。どうしてこうなったのか不思議でならない。


2.ただ労働時間制限をすることによって、何が懸念されるか


2-1.減少した労働量を補完する手段が不明で、医療の質が犠牲になるおそれがある。

 上述した通り国家の医療体制において、安価・迅速・質・医師の過重労働抑制の四つはトレードオフの関係にある。ここで単純に「医師の過重労働抑制」を優先させると、必ずどこかにしわ寄せがくる。しかしながら小生が見た限り、これについて言及されていない。医者の負担を軽くする分、例えば時間外受診料を値上げするだとか、何かを犠牲にしなければならない。これについて議論せず実行すれば無理を生じるにきまっている。
 仮に値上げもせず救急車の利用も変更なく「働き方改革」を実行した場合、医療の質が犠牲になるだろう。同じ仕事量をこれまでよりも短い時間でこなすことができるだろうか。できるとすれば、これまで仕事をサボっていた医師だけだろう。そうでない医師は、何らかの仕事を放棄する必要がある。すると、回診・診察がされなくなったり、治療が疎かになるのではないか。患者が犠牲になるのではないか。入院サマリーを書きかけの状態で帰宅したバカ研修医を小生は何人も知っているのだが、彼らは「医師の働き方改革」の行く末を示しているようである。
 我が国の資料では医者の負担軽減のため、多職種に仕事をシェアさせる方針についてはある程度記されている。これ自体は悪くないかもしれないが、逆に言えばこれくらいしか具体的な方策を挙げられなかったのではないかと思われる。極論、「とにかく労働時間を制限しよう。そのための具体的な工夫は各自で考えてね。」というのはいかがなものか。


2-2.研修医を含め医師の自己研鑽が制限されれば、当然医者のレベルが下がる。


 資料によれば、自己研鑽の一部が労働としてカウントされるという。議論するまでもなく、自己研鑽を制限されるようものなら医者は技術・知識を得る機会を減らされることになり、医者のレベルは下がるに決まっている。明言はされていないが、「医者の労働時間を減らすのが優先で、患者が受ける医療の質をその分犠牲にしよう」ということではないのか。
 
 なお流石に反論があったのか、無理があると思われたのかはわからないが、一部労働時間制限を緩くする条件も記載されている。「医師の働き方改革に関する検討会 報告書 平成31年3月28日 医師の働き方改革に関する検討会」なる資料の15ページなどに書かれていて、抜粋すると、「特に専門的な知識・技術や高度かつ継続的な疾病治療・管理が求められ、代替することが困難な医療を提供する医療機関 (例)高度のがん治療、移植医療等極めて高度な手術・病棟管理、児童精神科等」などが該当するそうである。ここで疑問なのは、極めて高度でない医療は大して自己研鑽など不要なのか、ということである。

 極めつけは、「研修医など若い医師は特に長時間労働する傾向があり、過重労働とならないようしっかりチェックする」なる旨の記載である。若い医師は体力がある上、知識・経験に乏しいことから労働の中・外でしっかりと自己研鑽を積む必要がある。これを制限するとなれば、将来の医療を担う若い医師は成長する機会を奪われ、医師としての実力は低下するなど自明だろう。「労働時間制限によって医者のレベルが下がるというエビデンスはない」旨の記載があったが、そんなものあるわけないし、「労働時間制限をしても医者のレベルは下がらなかった」というエビデンスも無かろう。
 また若い医師が働かなくなる分、だれが補完するのか。中堅~ベテランの医師の負担が増えることになるだろう。60代の院長・副院長が当直をしている病院を私は知っているが、このように年配の医師に負担をかけることのどこが「働き方改革」なのだろうか。


3.寄り道

3-1.資料にみられる稚拙な議論

 これはいささか余談であるが、十分な議論がされていないことを示唆するものなので指摘する。
 医師の働き方改革を推進する根拠として、「労働時間が長いほど、睡眠時間が短いほど健康が害されストレス・希死念慮が高まる傾向」、「昨今の仕事に対する多様な価値観」などが挙げられているが、いずれも考えが浅く根拠として不十分である。まず前者についてだが、これ自体は間違っていないと思われるものの、この証拠として独自のアンケートを用いたデータを示しているところが信用を損なわせる。バイアスや交絡因子といったリミテーションがいくつも挙げられ、根拠とするにはあまりに弱い。それから、昨今仕事とプライベートの両立が云々とか価値観の多様性とかいうのは、医師(医療)という特殊性を含めて論じなければならず、過度に一般論に当てはめられているように思われる。

3-2.医師として働くことを「労働」とみなす弊害

 これは研修医にとって深刻な問題となりうる。医療は専門性が高く、豊富な知識・高度な技術が求められる。いわば医師は職人であって、しっかり修業しないことには良い医者になれるはずがない。ゆえに修業しよう、勉強しよう、という意識が不可欠なのだが、これを労働と考えるようになってしまえば、自身の成長は望めない。こういう意味でも、医師のレベルを下げることになるだろう。
 医師は特殊である。緊急手術が必要な時、患者の具合が急に悪くなった時、目の前で人が倒れた時、「時間外なんで帰ります。」と言うのが医者のあるべき姿であろうか。


4.最後に:予想される結末



 以上から、現状「医師の働き方改革」は議論が不十分で、成功しないであろう。予想される結末はいくつかあるが、おそらく形骸化するか、廃止される(修正される)か、医師・医療のレベル低下を招き患者が犠牲となるか、であろう。特に最後のパターンは深刻であり、結論付けることには人命を左右するという大きな責任が伴うため十分な議論をすべきであろう。「医師の働き方改革」の責任者は、低レベルな医師の過誤によって死亡したとしても文句を言う権利は無い。

 

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