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これから「障害者の性」問題に関わりたいと考えている人へのメッセージ

1.ホワイトハンズ退任の挨拶

2024年3月末で、2008年から16年間務めたホワイトハンズの代表を退任することになりました。

2015年にホワイトハンズの一事業として開始した風テラスを2022年4月にNPO法人化したのですが、事業が年間4,500人超の相談を受け付ける規模まで大きくなり、ホワイトハンズとの両立が困難になったので、2008年の創業以来、一緒に活動してくださっている菅原保秀さんに代表をお譲りして、私は風テラスの仕事に専念することにいたしました。

ホワイトハンズは脳性まひなどの男性重度身体障害者の射精介助、風テラスは風俗で働く女性の生活・法律相談窓口なので、一見すると全く関係のない事業のように思えるかもしれません。

私の中ではいずれも「障害者の性」というテーマに絡んでいる領域=風俗の世界にも、精神疾患や発達障害、軽度知的障害など、何らかの障害を持ちながら働かれている人は一定数おられるので、これまでの仕事の延長線上にある、という認識です。

ただ、ホワイトハンズから離れることは事実なので、この機会に、これまでの16年間の経験を踏まえて、これから「障害者の性」問題に関わりたいと考えている人へのメッセージを書き残しておきたいと思います。

これから、「障害者の性」に関する分野で何らかの活動や事業をしたい、と考えておられる方のご参考になれば、嬉しいです。

2.「障害者の性」問題は、難しい


まず、タイムマシンがあったら16年前の自分に言ってやりたいことでもあるのですが、「障害者の性」問題を、NPOの事業を通して解決することの難しさについて、改めて述べたいと思います。

「障害者の性」問題は、NPOが挑む社会課題としては、文句なしにS級ランクの難易度です。

風テラスも「大変な事業ですね」と言われますし、実際大変ですが、個人的な感想としては、ホワイトハンズの方が100倍難しかったです。

少なくとも、NPOの世界に入ったばかりの20代の若造が最初に挑む領域ではないな・・・と。

なぜ難しいのか。「障害者」と「性」という、社会の中で不当な差別的取り扱いを受けやすい要素が二重に絡み合っているため、スタートの時点で、以下のようなハンディキャップを負わされることになります。

☑ 助成金が取れない
☑ 人が集まらない
☑ 行政の委託事業も取れない
☑ 個人寄付も法人寄付も集まらない
☑ ネット上での可燃性が抜群に高い(とにかく燃える)

この時点で、NPOの事業としてやること自体が「無理ゲー」なのですが、それに加えて、射精介助事業については

☑ 風営法に引っかかる(広告を打てない・社会的差別を受ける)

というダメ押しがあります。ホワイトハンズも、

☑ NPO法人の設立自体ができない(不認証)

という不当な差別的取り扱いを受けました。

一方、そのおかげで「営業をしなくても・広告を打たなくても人を集める仕組みをつくること」については、強制的&徹底的に鍛えられました。風テラス事業で、広告費ゼロで年間数千人の相談者を集める仕組みをつくることができたのは、このときの苦労の賜物だと思います。

広報や出版もその一つで、メディアに出ること、本を出すことを通して、多くの支援者・賛同者の方々とつながれたこと、貴重な出会いを得られたことには、心から感謝しております!

⇒詳しくは、拙著『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』をご覧ください。

3.これまでの活動の自己評価

16年間の活動の中で、掲げた目標を達成できなかったことや、色々な方にご迷惑をおかけしてしまったことは、それはもう山のようにあるので(改めてお詫びいたします・・・)、お世辞にも高評価はつけられないのですが、「障害者の性」という社会課題の認知度を向上させ、この分野の底上げをすることには貢献することができたと感じております。

つまり、

1.射精介助などの事業やメディアでの発信・出版を通して、性の問題で人知れず悩んでいる障害者の方が全国にたくさんおられること、解決のために適切なケアの実施、社会的な理解と支援が必要であるということを、多くの人に知ってもらうことができた

2.射精介助のケアスタッフとして、書籍やテキストの読者として、研修・イベントへの参加者として、メディアの視聴者として、様々な形で「障害者の性」問題の理解と解決に関わってくれる人を増やした

ということは、胸を張って誇れるホワイトハンズの功績だと思います。

なんとなく近づきづらい、語りづらい、関わりづらいと思われていた領域に、多くの人が関われるような「橋」(=鉄橋や石橋のような強固なものではなく、木製の吊り橋くらいの強度ですが・・・)架けることはできた、と感じています。

「障害者の性」というテーマは、1960年代頃から、知的障害者の性教育や障害者の自立闘争の文脈で着目されることがありましたが、世間的には「近づきづらい」「語りづらい」「関わりづらい」領域であり続けてきました。

それはなぜか。自分が実際に関わってみて、その理由が身に沁みて分かりました。

ホワイトハンズの歴史を振り返ると、特に前半は「戦いの歴史」です。事業の開始以来、様々な当事者・団体・行政・財団・研究者・学会・活動家・NPO・メディア・記者・ライターと、何度もバトルになりました。

もちろん、私自身の至らなさが原因になったものもありますが、超勝手な自己認識で語ることを許して頂けるならば、単に「降りかかる火の粉を払ってきた」だけです。こっちからケンカを売ったことは、ほとんどありません。

「障害者の性」の領域も含めて、マイノリティ要素が複合化している領域は、火薬庫のように論争や炎上が起こりやすい傾向にあります。

その理由は、

☑ メインストリームを外れた研究者・活動家の吹き溜まり

になりがちだから、です。

社会運動の世界やアカデミズムの世界で認められなかった人たちが、マイノリティの中でもさらに少数派の「ダブルマイノリティ」を利用して、声を上げられない当事者を恣意的に代弁して、「自分たちのほうが、よりマイノリティに寄り添っている!」「(メインストリームの連中とは違って)自分たちのほうが、より差別に敏感・自覚的なのだ!」とマウンティングをする。

要するに、マイノリティを自分たちの承認欲求を満たすため、政治的主張を正当化するため、狭い世界の縄張り争いで勝利するための道具として利用している人たちが、「障害者の性」界隈にはたくさんいたんですね。

そうした負の瘴気に満ちた「障害者の性」村に、東大卒の20代の若造がやってきて、これまで誰もできなかった事業をバシバシやって、メディアにガンガン取り上げられたら、それはもう巨大な嫉妬と反感を買うわなと(笑)。

そのあたりのことは、拙著の中でも屈指の問題作『許せないがやめられない』に詳しく書いておりますので、興味のある方はご覧ください。

ともあれ、そうした輩は、この16年で私があらかた倒したので、これからこの分野に入ってくる方が、絡まれて不毛なバトルに巻き込まれる可能性は少ないと思います。(感謝してください、いやマジで)

振り返ってみれば、メインストリームから外れた研究者や活動家の嫉妬と怨念に満ちた「障害者の性」村を浄化して、誰でも入れる空間にしたことが、ホワイトハンズの最大の功績なのかもしれません。

ただ、ものすごく偉そうなことをいうと、私がホワイトハンズから抜けることで、この領域が、また昔のような「村」に戻ってしまうのでは、という危惧がなくはない、です。

現場の支援そっちのけで、研究者同士、活動家同士、NPO同士が、それぞれ当事者を代弁してイデオロギー争いを繰り広げている業界は、例外なく「未熟な業界」です。そうした領域には誰も近寄らなくなってしまい、課題解決はどんどん遠のいてしまいます。

そうならないためにも、これから「障害者の性」問題に関わる方は、ぜひ、多くの人を巻き込む仕掛けをつくって、現場の課題を「個人で丸抱え」するのではなく、「みんなで解決」するスタイルを貫いて、活動や事業を進めていってほしいです。

「自分が誰のために・何のために働いているのか」という初志を忘れないこと。NPOの基本のキですが、実際に貫徹するのは、難しい。

マイノリティ要素が複合化している困難な領域、NPOとして関わるには「無理ゲー」に近い領域であっても、初志を貫徹することで見えてくる道が必ずある、と感じております。

4.「障害者の性」に関する事業・活動を成功させるためには


前述の通り、「障害者の性」は非常に難しい領域ですが、その中で活動や事業を続けていくコツは、

☑ 対象(受益者)と方法(サービス内容)を明確に絞る

これに尽きると思います。

ホワイトハンズが射精介助の事業を曲がりなりにも16年間続けることができたのは、ケアサービスの対象者と内容を絞ったからです。脳性まひや神経難病の男性重度身体障害者に対して、ケアスタッフが射精の介助のみを行う、ということに特化したからです。(絞りすぎた、という反省点もありますが)

でも、ほとんどの人は、これができない。この16年間で、「障害者の性問題を解決する事業を起こしたいので、相談に乗ってほしい」「障害者専門の風俗店をつくりたいので、アドバイスがほしい」という人には、数え切れないほどお会いしてきました。

偉そうなことは何も言えないのですが、アドバイスを求められた場合、私は必ず「支援の対象となる障害を絞ったほうがいい」と伝えました。

「障害者」というカテゴリーは、大きすぎます。「身体障害」「知的障害」「精神障害」というカテゴリーでも、まだ大きすぎる。

より具体的に、例えば「放課後等デイサービスに通っている、小学生高学年~中学生の自閉症(ASD)の男児及びその親に、性に関するマナーや自慰行為の方法を、視覚的にわかりやすく教える事業」くらいに絞り込む必要がある。そうしないと、誰のための・何のための事業なのかが見えてこない。

ただ「障害者」という大きな主語を使って、「性に関して困っている(らしい)人たちを助けたい」というフワッとしたイメージで事業を始めても、200%失敗するので、やめたほうがいい。

・・・と老婆心から伝えるのですが、「これから事業をやるぞ!」と意気込んでいるタイミングでは、伝わらないんですよね。ほとんどの人は、対象と方法を絞り込まずに事業を始めてしまい、あっという間に消えてしまう。

もちろん、対象と方法を明確に絞り込んだ事業を始めたとしても、それだけでうまくいくとは限りません。ビジネスとしてはもちろん、NPOの事業としても成立しない可能性はあります。

しかし、対象者を明確にしないで事業を始めると確実に失敗する、ということだけは、16年間の経験で、確実に断言できます。

今後、もし私が新しい事業を始めるとするならば、「障害者の性に関する全国相談窓口+当事者・親・支援者のオンラインコミュニティをつくる」事業をやると思います。

まずは当事者同士、親同士で、性に関する問題を話せる場、共有できる場をつくって、そこで得られた知見を研修や講義の形で発信したり、テキストやガイドラインに落とし込んでマネタイズしていく、というスタンスがベターでは、と思います。

提供者側の論理や思い込みで始めた事業は、100%失敗します。どのような事業をやるにせよ、「そのサービスを利用している人の顔と声」が具体的に・はっきりと想像できる事業をやるのがベストです。

5.誰もが「性に関する合理的配慮」を受けられる社会を目指して


☑ 「障害者の性」の問題は、個人の問題ではなく、社会の問題である

☑ 性のケアは、QOLのケアである

☑ 性的自立があってはじめて、社会的に自立できる

ホワイトハンズが16年間発信し続けてきたこれらのメッセージは、これまでも、そしてこれからも、その重要性を増していくはずです。

これまでの活動の中で発信してきた「障害者の性」に関するメッセージや提言の詳細は、以下の本にすべてまとめておりますので、ぜひご覧ください。

性のケアが福祉制度の中に組み込まれて、誰もが当たり前に利用できる=誰もが自らの性に関する尊厳と自立を守ることができる社会、そして障害の有無にかかわらず、誰もが「性に関する合理的配慮」を受けられる社会が、いつか実現されてほしい。

私も、ホワイトハンズからは離れますが、引き続き風テラスの現場で、このビジョンを追いかけていきたいと思います。

というわけで、最後にお願いと告知です。

6.ホワイトハンズの活動に関わってくださる方、募集中!

スタッフ・ボランティア募集!

ホワイトハンズのスタッフ・ボランティアとして、新代表の菅原さんを応援してくださる方、大募集です!

「障害者の性」に関する事業や情報発信に関わってみたい、という方、こちらのお問い合わせフォームから、ご連絡頂けるとありがたいです。

ららあーとのモデル・運営スタッフも、随時募集中です。こちらもお気軽にお問い合わせください。

「障害者の性」基礎研修、新体制でスタート!

「障害者の性」基礎研修は、一般社団法人発達障害支援アドバイザー協会代表理事の白石浩一さんに講師をお願いすることになりました。

白石さん、障害者福祉の分野においては、私よりも数十倍キャリア・資格・実務経験・専門知識、そして講師経験のある方なので、ぐっとパワーアップした研修を実施して頂けると期待しております。

今後の研修の開催日程等、ホワイトハンズの公式サイト等で告知いたしますので、ぜひチェックをお願いいたします。

告知は以上です。

最後に、これまでホワイトハンズに関わってくださった利用者・ケアスタッフ・理事・支援者・寄付者・読者・受講者・メディア関係者など、全ての方に、改めて感謝申し上げます。世間知らずの26歳の若輩者が、16年間どうにか事業を継続してこれたのは、全て皆様のおかげです。

次の舞台でも「尋常ならざる情熱」を絶やさずに、ホワイトハンズの16年間で培ったスキルと根性?を活かして、頑張ってまいります。

今後も、障害の有無にかかわらず、誰もが「性に関する合理的配慮」を受けられる社会を実現するために、新体制となったホワイトハンズを、引き続きご支援頂けるとありがたいです。

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