見出し画像

あじさい診療所 ③【ショートショート1200文字・あかり】

「やあ、ごきげんよう!」

なんてね。
言ってはみたけれど、大抵の人が今の俺には気付かない。
だって俺、所長のオヤジに、9月に入ったとたんにサクッと剪定されちゃって、身長半分くらいになったし、12月初めの強烈に寒い日に、残っていた数枚も一気に落ちて、今や裸族のあじさいだもの。

枝だけのあじさいなんて、見るも哀れ。
まあ、俺も冬眠時期だからいいけれどね。

でもさ、いつも眠っているわけでもないから、時々挨拶はする。
「やあ、ごきげんよう、気分はいかが?」って。
たまに「あれ?」ってキョロキョロして、訝し気に俺のことを見つめるかわい子ちゃんとかいるしね。

あっ、ヤバい。俺はもうこんな軽々しいこと言っちゃいけなかったんだ。
シーっ、黙っていてくれる?
あ、痛てっ。根っこが痛い。

     ・・・・・

俺はね、高円寺にある診療所の、玄関脇の花壇みたいな所に住んでいるんだ。
所長のオヤジは面倒見がいいから、肥料の調合をよく考えてくれて、毎年いい感じの色になれるのよ。
俺の左側には、長い間ローズマリーが植わっていたけれど、結構な古木になって、茶色い幹ばかりで見栄え悪くなっていたんだ。
この夏、俺が血気盛んに花咲かせていたある日、オヤジはバッサリとそれを切って、根っこから引き抜いた。

「お前の綺麗が台無しになるからな」
とか言って。

9月の俺の剪定が終わった翌週のこと、オヤジが診察の合間にそこの土を掘り返し始めた。そして、俺より小さな木を一本植えたんだ。

「おい、お前の相棒だぞ。うまくやれよな」

背の高さは俺の半分くらい。葉もひと回り小さかったけれど、一瞬であじさいってわかった。
どうやらオヤジ、患者さんから分けてもらった枝を挿し木して育てていて、その日、地植えにしたらしい。

その夜、俺の広く張った根っこに何かが触わったんだ。
柔らかい感触で、思わず俺、泣きそうになった。
それは、隣にやってきたあじさいの細い根っこだった。
多分、鉢植えから新しい所に移されて寂しかったんだろうな。ちょっと震えてたから。
正直嬉しかったよ、俺のこと頼ってくれてるのかなって思って。

そうしたら俺の心が急に温かになって、ほんわか灯がともった。
初めてだった。

オヤジありがとよ。
俺たち、来年の夏には揃って綺麗に咲くから待ってろよ。

     ・・・・・

あ、そういや半年くらい前に、俺の足元で寂しさ紛らわせようとした猫がいたの覚えてる?
あいつがね、昨日ひょいとやってきてさ

「いつぞやはお世話になりました。お陰様で、今は新しい猫生をおくっています。
ハイ、嫁さんと」

だって!
そして、とっても可愛い子を紹介してくれた。
あいつには辛い思いをさせてしまったから、本当に嬉しかったよ。

     ・・・・・

自分の心が穏やかになって、幸せになると、それは誰かに伝わるんだね。
あいつもどこかで幸せだといいなあって、最近よく考えていたんだ。
俺の心の灯がきっとあいつにも伝わった。
そう今は思うよ。


(1200文字)

     ・・・・・

「あじさい診療所」を半年ぶりに書いた。

今回はテーマを冬ピリカグランプリの「あかり」にし、文字数はきっかり1200文字。(応募作品ではありません)
私は文字制限があるとキッカリを目指すという拘りがある(笑)

さて!
特別審査員に、小牧幸助さん


をお迎えしている「冬ピリカグランプリ」は、

12月28日~1月3日の応募!

あと、約10日!
詳細はこちら👇

各審査員の構えはこちらから👇(現在は3名分)


皆さまのご応募を審査員一同、心よりお待ちしております!


そして、みんなの俳句大会「沙々杯」の投句は、12月25日から!


     ・・・・・

あじさい診療所①、➁もお時間があったらぜひ!

俺の大失恋👇

猫の悲しみ👇


    ・・・・・ end ・・・・・

タイトル画像:三島スカイウオークの紫陽花

いただいたサポートは、次回「ピリカグランプリ」に充当させていただきます。宜しくお願いいたします。