見出し画像

紫乃女将のお気に入り・十句

(順位なし・投稿順)

🍁 レジ締めて空の駐車場と月

🍁 味噌をとく菜箸の焦げ秋夕焼

🍁 母子ともに健やかなれと冬支度

🍁 泪枯れ弱い弱いと鈴が鳴き

🍁 響灘水面かすめる秋北斗

🍁 鈴虫と泣けない僕の夜は更けて

🍁 吾もきみとコスモスのごと肩寄せる

🍁 貴船菊軒端に咲けど野に咲かじ

🍁 けんけんぱするこゑ一つ秋暮るる

🍁 山麓の虫食い葉から覗く秋



《選句理由&講評》

レジ締めて空の駐車場と月

季語:月

レジということなので、恐らくお店の仕事を夜遅くに終えたのだろう。
疲労感を伴いながら外に出る。
目の前にある駐車場に車はもうない、空っぽ。
そして同時に目に入ったのは、明るい月。
作者は、そこで何を思ったか。

「レジ」の言葉から始まるこの句は、まず手、手元へ心の視線が行き、その後、店の外へでる足、足元、足取り、駐車場を見る目線、色、明るさ、そして、そこの温度感まで次々と、まるでエンドロールの名前を見ているように、ひとつひとつを順々に感じることができる。

このような、文字ひとつひとつ音ひとつひとつが際立ち、そして句全体で秋の寂し気な雰囲気を読み手に伝える句、私は大好きだ。


味噌をとく菜箸の焦げ秋夕焼

季語・秋夕焼け

日常の何気ない一コマをうまく詠めたとき、私は「やったぜ!」と小躍りするのだが、この句こそ、その「やったぜ!」だ。

味噌汁を作ることを俳句に詠むのは、なかなか難しい。キラリと輝く言葉がなかなか見つけられないから。
でも、この句は「味噌、菜箸」の普通を、菜箸の先っぽ「焦げ」に注目し、それを季語の秋夕焼けに見事に繋げた。

わかるわかる!菜箸の先っぽ、焦げているのがある!
この「焦げ」の二文字、二音、ビクッとした。
思わず「うまいな~」って唸った。

そしての、秋夕焼け(あきゆやけ)。一気に、私の脳内画像が真っ赤に染まった。
焦げの黒が見事に赤を引き立てた

このような目線、感性で、もっともっと詠んでいただきたい!
今後がとても楽しみな作者だ。


母子ともに健やかなれと冬支度

季語:冬支度

特別なことは何もない。
母と子、そのふたりのこれからの健やかな毎日を願っているという、その愛情をゆっくりと。
だけれども、なんて柔らかな優しい句なのだろう。
何の捻りもないけれど、その分、わざとらしさも全くない。

「健やかなれと」のこの想い、ああ、ありがとう。
この句のようなことをダーリンが思ってくれたら、きっと最高ですね。
ほんとうにやさしい作者ご自身の本来の姿が、あふれ出た句。
ただただ素晴らしいです。


泪枯れ弱い弱いと鈴が鳴き

季語:なし(鈴=鈴虫)

季語はないのだけれど、鈴が鳴き、でこれは鈴虫。
季語必須の句会ならはねられるが「白杯」ではよし。
十分に秋を感じられるから。

「泪枯れ弱い弱いと」
泪、の漢字への拘り。枯れ、で秋。
泪が枯れるほど泣いたあと、そんな自分を「弱い弱い」と思ってしまう。
だから鈴虫の声も「弱い弱い」と聞こえてしまう。

この繊細さ、この強さ。全然弱くないよ。
その強さが、自分をかえって苦しめる。
どうか本当にもっと弱くなってください」と読んだとたんに思った。

自分の気持ちや想いを、文字で説明をするのではなく、また押しつけるのではなく、このように「読み手に感じさせることができる」って素晴らしい。
このような句を詠めるようになりたい。


響灘水面かすめる秋北斗

季語:秋北斗

私、旅先で夜更けになると秋北斗(北斗七星)が海の上に立つ(柄杓のあの形が立つ)のを数度見かけたことがある。
最初はその全体の姿は見えず。だんだんと姿を現す。
北斗七星が、水平線(実際には暗くて見えないけれど)をかすめている。
そう、まさに「水面かすめる秋北斗」なのだ。

この句をひと目見たときに、「ああ!あの秋北斗をご存知の方がいるんだ!」と興奮した。
そして、場所は、響灘(ひびきなだ)。
夫に「響灘ってどこかわかる?」と訊ねると「もちろん」と。
夫は北九州出身である。

作者は、近くにお住まいなのか、思い入れがあるのか。はたまた、何か謂れのある場所なのか(一応調べたけれど、思うところの説明は見つからず)
いずれにしても「ひびきなだ」という音が美しい。
そして当然のことながら、海の水面に秋北斗はみごとに立つだろう。
私の実体験をも伴った、耳にも目にも美しい句である。


鈴虫と泣けない僕の夜は更けて

季語:鈴虫

どうやら私は、鈴虫&なみだ、の句に心を奪われてしまうらしい。
そしてこちらは、鈴虫は鳴けど、僕は「泣けない」のだ、夜更けまで。

う~ん、泣けないのは辛いです。
だってこの場合「泣きたいこと」は絶対にあるのだから。
それが些細なことでないことは、夜が更けてしまっているのでわかる。
「ああ、僕は泣けないんだな、鈴虫みたいには」
鳴くと泣くはもちろん違うけれど、でも、相乗効果で句には効く。

これ男性目線で詠んでいることがわかるから、なおさら私の心に響く。
(仮に作者が女性だとしても、それはそれ)
がんばれよ~、って応援したくなる。
そして、思ったこと。
こんな題名の小説ってありですね!
『鈴虫と泣けない僕の夜は更けて』直木賞受賞!」なんてね!


吾もきみとコスモスのごと肩寄せる

季語:コスモス

この句、ものすごく綺麗で愛に溢れている。
私、花が好きだから、もちろんコスモスも好き。
でも、コスモスのあの群生を見て、この句のように思ったことは今までなかった。
そうだ、確かにコスモスの花々はお隣の花とくっついたり、身を寄せ合ったりしているようにも見えるときがある。
作者の花を見る目は丁寧で、そして愛に溢れている。いや、それは花への愛情だけではなく「ひとへの愛」にも満ちている。

そしてこの句、漢字とひらがなの割合がよく、その効果で優しさと柔らかさが強調され、カタカナ四文字がほぼ真ん中にあることで、コスモスが非常に引き立っている。狙ったとしたら大したものだ。

これからどこかで、仲良く肩を寄せ合っている微笑ましいふたりに出会ったら、私は絶対にこの句を思い出す。
「吾もきみとコスモスのごと肩寄せる」
ありがとう。きっと作者は、愛のひと。


貴船菊軒端に咲けど野に咲かじ

季語:貴船菊(きぶねぎく)シュウメイギクとも。

貴船菊には「菊」の文字があるが、キクの仲間でなくアネモネの仲間の愛らしい花だ。
漢名は「秋牡丹」、英名は「ジャパニーズ・アネモネ」。
京都の貴船に咲いたことが名の由来。
私は、実際の貴船菊を目にしたことは恐らくないと思う。
だけれども、この花についてを調べてみた時点で、俳句にとても向いている趣のある花だと知った。

但し、「調べないとわからない句」を私はあまり好まない。
だが、この句は、たとえ貴船菊がどんな花であるのか具体的にわからずとも「きぶねぎくのきばにさけどのにさかじ」の響きに引き込まれた。
ぶ、ぎ、ば、ど、じ、の五音の濁音と「き」「さ」の繰り返し
それらが、句のもつテンポを上質に強調している。

軒端には咲くが野には咲かない花。人との関わりの深い花。
美しい句との新しき出会いであった。


けんけんぱするこゑ一つ秋暮るる

季語:秋暮る

季語の秋暮る。これは、晩秋。俳句の季語の世界では、まさに今時分であろう。日の沈みがどんどん早くなっている。
例えば最北の地、北海道の稚内市の日の入りは、16時過ぎ。学校帰りの小学生が遊んでいても、もう暗い。

「けんけんぱ」今の子どもたちは、あまり外で自由に遊べないだろうから、この遊びをするのかな?
少なくとも、私が幼い頃にはよくやった。
「けんぱけんぱけんけんぱ」近所の友だちと交代で大声上げて。
日の暮れは、徐々にくるから、真剣に遊んでいると相当暗くなってもそれに気づかない。
街灯がピカリと灯って初めて「え?こんなに真っ暗なの?」と気づき、急いで「バイバイ」をする。

けんけんぱするこゑ一つ秋暮るる
この句で、そんな幼いころのことを思い出した。
そして、作者も「けんけんぱ」の声を聞いて、私と同じように遥か昔を思い出したのではないかと思った。
きっと作者は優しい方、子どもへの愛情に満ちた方だ。


山麓の虫食い葉から覗く秋

季語:秋

山々をトレッキングをしていると、木々の葉には虫食いの葉がたくさんあることに気づく。
小さな穴、中くらいの穴、そして、大きな穴。
足を止めて、その穴に注目し覗いてみると、その穴の向こうには新たな別の景色が広がるのである。

まさに、その驚きを詠んだのがこの句だ。
虫食い場から覗く秋。それは、真っ青な空、鱗雲、対面にある山の紅葉、針葉樹の陰にある黄葉、などなどいっぱい。

作者は、日ごろから自然に対して深い興味と理解をされているに違いない。
言葉選びも非常に丁寧で、感性もキラキラ!
特に視点が素晴らしい。
これからもぜひ、また俳句を詠んでいただきたいと思う。


     ・・・・・

(本日、事情によりコメントへの返信が遅れます。申し訳ありません)

いただいたサポートは、次回「ピリカグランプリ」に充当させていただきます。宜しくお願いいたします。