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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#短編

浮き彫りバッカスは葡萄を見つめる

初めに異変に気がついたのは、ガラスの大皿が割れたときだったと思う。その厚手の透明ガラスの皿を父方の祖母から譲り受けたのは20年ほど前だが、彼女の嫁入り道具の一つだったのかもしれない。少年の姿のバッカスが手にした葡萄の房を見つめるレリーフが裏面から彫り込まれていて、今同じものを手に入れようとしたら相当な金額になると思われる、手の込んだ作りだった。このような大皿は我が家にはこの一枚しかなく、ずいぶん重宝していたのだ。 ところがある日、真っ二つに割れてしまった。焼きたての丸パンの

アンドロギュノス/夏ピリカ応募

アレンとアデルは双子の兄妹として十五年前、王室で生まれた。ふたりの見た目は瓜二つであった。時を経るにつれ、ますますそっくりに、そして美しく成長した。互いの性の象を除いては。 ふたりはたびたび鏡の前に並んで遊んだ。 「私がお兄さまで、お兄さまが私みたいね」 「裸になればばれるさ」 「ふふ」 世話係が遊び相手を連れてきても、すぐにふたりきりになってしまう。 「ねえお兄さま。ロミオとジュリエットを読んでくださらない?」 アデルが草の庭に寝転びながら、アレンを見上げる。 

【小説】暮れ鏡

 父は愛人の家で死んだ。  僕は狼狽する女から電話を受けた後、その事実をひた隠そうと雨の中を奔走し、群がるマスコミどもを欺いた。残された一族のため、そして何より母の名誉を守るために、許しがたい父を最後に助けた。  長男の家で死んだと。妻も黙って協力してくれた。  時代が今であれば、とても隠しておくことなど出来なかった。  あれから二十年の時が流れ、一族はかつての輝きを失いつつあるが、悲しいかな、僕は未だに七光りと言われるほど、不本意に父の余光を集めてしまっている。 「お父

ねえおかあさん(ショート)

ねえおかあさん。おかあさん。おかあさんってば。 ちょっと。もう、いつまで化粧してんの。 いつも長いんだから。早くしてよね。 化粧なんかしても、なんも変わんないってば。 あーあ。つまんない。つまんない。つまんない。 ぶー。 …………ふへ……えへ。えへへ。おかあさんちょっと、こっち見て。 ちょっと、こっち見て。 ちょっと早く。早く。早くこっち見てって。 ……え? え! なんで分かったの? なんで? うそ。僕のこと見えてんの? あ、ほんとだ、僕、映ってるじゃん。 なんだあ。おどろか