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ひらがなエッセイ #9 【け】

    大学生の頃、友人と二人で近所の夜中までやっている寿司屋でよく語り合った。その寿司屋は、カウンター席が七席程のこじんまりとした寿司屋で、その頃アルバイトで生計を立てていた私にとってさえ、週に何度か通える位にリーズナブルであった。私は決まって鉄火巻とビールを注文し、彼もまた決まって赤だしと酎ハイを注文した。その頃は本当にお金も無かったし、気にも止めなかったが、今冷静に考えれば、赤だしと酎ハイでよく過ごせたなアイツは。今じゃ臨床心理士を名乗り暮らしていると風の噂で聞いた。誰かの悩みを聞いて、アドバイスなんてしているのだろうか。あの頃は、私が彼の悩みを四六時中聞かされていたというのにな。

    彼の父親は警察官であった。治安維持に勤め、犯罪を取り締まる姿は、我々市民にとっては英雄のように感じられるが、警察官と言えども人間であり、彼にとっては只の父親であった。

    ある夜、いつもの様に二人で寿司屋に向かう道中、その父親に出くわした。細かい事は忘れたが、些細な言い争いが始まり、やがて殴り合いの親子【喧嘩】に発展した。あー、これは駄目だ、落ち着いて下さい、落ち着いて下さい、お前も落ち着け、なんて叫んで二人の間に割って入り、双方に殴られ、鼻血を出した私を見て二人とも冷静になり、道端で土下座を頂いた。

    雨が上がった後のアスファルトの匂いと、血の鉄分臭い匂いを嗅ぐと、私はこの出来事を思い出す。そういえば、あの事件があったのも今日の夜みたいな気温の、いつかの五月の終わりだった。同じような季節にあった過去を振り返るなんて、まるで、あの時空に浮かんでいた月から、あの日の自分達を覗いているかのような、何とも言えない不思議な感じがした。

    暴力は良くない。非暴力は良い。などと勧善懲悪の二元論で語るつもりは無いが、私が経験上言える事は、殴られたら痛い、と言う事である。すごく痛い。だからできる限りやめて欲しいのである。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい、と言ったキリストでさえ、ユダヤ教の神殿でブチ切れてそこらじゅうの台をひっくり返した。人間は変わらない。けれど、変えようと努力する事は尊い行為である。

    では最後に、私の好きなゲームより一言。

あやまらない事がプライドじゃない、頭を下げた後に残るものがプライドだ。

(おいでよどうぶつの森・ラコスケ)


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