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previous color 1. ゲーム配信①

「あー!ほら、回復、回復!また死んじゃうよ!?」

 耳元でがなる声。嘲りを含んでいることを隠そうともしない、その声の方が桜にとってはよほど耳障りだった。

 桜はゲームのコントローラーに目を落とし、教えてもらった回復ボタンがなんだったのかを思い出そうとした。

 ――くちゅくちゅ。

 しかし、桜の大切な場所の裡にいる指のせいで、どのボタンで回復なのか、集中して考えることも、思い出すこともできなかった。中でゲームの十字キーでも操作しているかのように蠢き、電気信号の代わりに、強い快感を桜の脳裏に送ってくる。

 焦ってボタンを手当たり次第にがちゃがちゃ押すが、ゲーム画面の向こう、桜の操るロボットは奇妙な動きを見せ、やがて敵に爆散させられた。

「あっ」

「あ〜あ。だから回復って言ったのに。ねえ?」

 桜の背中にいる人物が呆れたように、画面の向こう側、桜の操作しているゲームの配信を見ている視聴者に同意を求める。数百人いる視聴者から、一斉にコメントが出される。

 早くてよく追えないが、次の罰ゲームを煽り、期待する声がほとんどのようだった。

「じゃあ、これで九ミス目なので」

 背後の人物がそこで少し溜める。

「いよいよ挿入でーす!!」

 コメント欄が見る気も起きない、猥雑なメッセージで溢れかえる。

 ――最悪。

 なんでこんなことになったのか、桜は心の底から嫌悪と後悔を覚えた。

 やはりあの時後輩を帰さない方が良かったのだろうか……?


 朝から暑い日だった。真夏らしく、気温が二十五度を超えていた。

 こうも暑いと火を使うのも億劫になるなと、朝食のソーセージを焼きながら、神崎桜は思った。

 少し丸い顔に、大人しさを感じさせる目、輪郭が茶色く見える程度に薄く染色した髪は肩にかかる程度の長さで、今は無造作に背中に流されていた。ガーゼ地の夏用の半袖のパジャマから覗く腕はほっそりしていて、手のひらが小さい分、指先は長く見えた。ゆったりと締め付けないパジャマを差し引いても、体型がほっそりしているのが分かる。いや、ほっそりしてはいるが、胸元の盛り上がりから、その量感がたっぷりとしていること、臀部が柔らかい丸みを帯びているのは、服越しにも見てとれた。上着と揃いのホットパンツからは、すらっと締まった足が伸びている。無駄毛のない足は白く輝いて見えた。

 総じて細く見えつつ豊かな体つきと、美麗ではあるが、それより愛くるしさを感じさせる整った顔貌だった。少女特有の甘ったるさは抜け、成熟した盛りの体つきは彼女が十分に成人しつつ、まだうら若いことを教えていた。

「ふう、暑い」

 桜は額に浮いた汗を手の甲で拭うと、焼けたソーセージをお皿に盛った。自分の皿には一本、来客の皿には二本。ワンプレート用の皿には、すっかり冷めたバタートースト、フライドオニオンとトマトがあしらわれたサラダ、変色してしまったりんごが盛り付けてあり、ソーセージが最後のおかずだった。

 桜は台所と居室を隔てるカウンターに、お皿を二つ乗せ、来客に声をかけた。

「堂守くん、お皿、持っていって」

 大きな声を出すと、少しあそこに響く気がした。――昨日の夜から、たくさんしたものね。

「うす」

 居室部にいた男性がのっそりと立ち上がり、お皿を二つ取り上げ、テレビの前のローテーブルに置いた。テーブルにはすでにお箸と、冷めたコーヒーの入ったマグカップが配膳されてあった。

 彼の名前は、堂守といい、桜の会社の後輩だった。金曜の昨夜、桜はこの後輩から夕食に誘われた。下心を察しつつ、どうせ断ることもできないしと桜は応じた。給料日も近く財布の中身が乏しいことや、金曜の夜の突発的な夕食ではお店が決まるのにも手間取るだろうこともあり、桜は手っ取り早く自宅で夕食を提案し、堂守も承諾した。

 あとは桜の想定通りだった。夕食を簡単に済ませるのに、帰宅途上に買った鶏肉で作った親子丼と有り合わせの野菜のサラダを平らげると、堂守は桜を求めてきた。汗をかいた身体が気になったものの、食事の準備中から彼が滾らせていたことは察していた。片付けもそこそこに桜は受け入れてあげた。筋肉質でがっしりした堂守の身体は、夏の熱気もあり暑く、汗の匂いもあって桜は頭がくらくらしていつもより快感が深かった。

 一戦終えた後、汗を流したいからと入った浴室に堂守もついてきて、そこで再戦。お風呂から上がり、桜の白く細い手足がむき出しになった夏用の薄手のパジャマを見て興奮した彼に抱き付かれ、さらに二度ベッドで交わった。

 空調を効かせた部屋とはいえ、狭いベッドの中、筋肉で分厚い男と二人で寝るのは暑苦しかったが、堂守の男を感じさせるうっすら汗ばんだ身体と匂いは不思議と落ち着き、疲れもあり桜はぐっすりと眠った。

 翌朝、桜が起きて朝食の準備をしていた時、のっそりと起きてきた堂守の欲求を桜は拒みきれなかった。ベッドまで戻るのもまどろこしかったのだろう、台所で始めようとする彼をなんとか押し留め、居室部のラグの上で妥協した。

 朝からの激しい情事が終わり、桜は中途半端に終わらされた朝食の支度を再開したというわけだった。

 調理に使ったものをとりあえず流しに置くと、桜は堂守の正面に座った。

「……コーヒー、砂糖溶ける?」

 堂守がコーヒーに角砂糖を入れ、かき混ぜているのを見て、桜は問いかけた。

「意外と溶けますよ」

「あ……、うん」

 熱いコーヒーなら砂糖もすんなり溶けたよね?と言外に言ったつもりだが、この後輩には通じなかった。昨夜から通算して五度も桜の肢体を愉しんだ堂守は、すっきりした顔で答えた。ソーセージ以外、冷めた食事を気にせずもりもり食べる堂守を見るにつれ、桜もどうでもよくなった。

 食事をしながらも堂守の視線が時折自分へ、特に胸元へ向けられることに、桜は気づいていた。――まだしたいの、ね。桜が見つめ返すと、堂守は視線を皿に落として、わざとらしくトーストを齧った。

 してもいいけれど、桜は迷った。

「堂守くんは……今日何か予定はあるの?」

 桜が水を向けると、口にパンが入ったまま、堂守は早口で答えてきた。

「あ、いえ、今日は何にもないです!全然、明日の夜まででも行けます!」

 おそらく堂守は昨日、桜を誘った時点で土日は桜と過ごすつもりだったのかもしれない。確かに以前、一度それを許した時はあった。その時は、堂守にひたすら求められ、――文字通り休みなく、わずかな休みと言えたのは堂守のものが再び立ち上がるのを待つ短い時間だけ。もはや幾度交わったかわからなくなり、流石に土曜の夜に桜が限界になり帰ってもらった。何人もの男性に一日中犯され続けた経験が桜にはあったが、一人の男性とあそこまで交わり続けたことは、さしもの桜にもなかった。

 大事なことに触れていなかったが、桜と堂守は別段恋人同士というわけではない。彼らの関係は、会社の同じ部署の先輩と後輩であり、割り切った性交渉を主目的にした関係でもない。開陳した事実からすると奇妙に聞こえるが、堂守もまた常軌を逸して絶倫な男性というわけでもない。いくら桜が蠱惑的な肉体を持つ女性とはいえ、昨日の夕刻から今朝まで五回もことに及び、未だ欲望を持て余しているのは尋常でない。詰まるところ、堂守が常人であるならば、堂守をそうさせているのは、常人ではないのは、必定桜の方となる。

 ――どうしよう。

 桜は答えを決めきれずにいた。率直にいうと、桜は堂守が嫌いではない。確かにやや抜けているというか素直すぎるが、それも愛嬌ではある。堂守は平均的な男性よりものが太いことに加え、力が強いため彼との行為はなかなか激しい。し続けるのは気遣わずにいえば肉体的にしんどい。とはいえ、気遣いと思慕を感じさせるので、嫌いになれない。常ならぬ桜の性質からすると、下手に断るより、堂守と過ごした方がましな可能性もありえる。しかし、それはそれで以前のような間断のない性交に付き合うことになる可能性もあった。

「そう」

 桜は口ごもった。続き言葉を決めきれない。決めきれないまま、聞いてしまった。

「じゃあ今日は、何時頃帰る?」

 一緒に過ごそうなり、何時頃までいられる?といった前向きさのない問いかけを聞いて、さすがに堂守も察したのだろう。ほんのわずか、彼に傷ついたような表情が見えた。迷った末にこぼれ落ちた言葉と、それで曇った後輩に表情を見て、桜は少し胸が痛んだ。相手の考えを聞いているようで、早く帰れ、そう言ってしまっている。

「あ、そう……ですね」

 堂守は部屋を見廻し、時計を探した。八時半。

「十時くらい、ですかね……」

 桜の鼻にかすかに匂いがした。発情した男の匂い。桜からはテーブルで見えないが、堂守は早くも臨戦体制に入ったようだった。ずっと付き合わされるのは大変だが、そこまで拒むつもりでもなかった。もう少し、優しく言ってあげればよかった。桜は、そのことは悔いた。ゆえに堂守の収まらない欲望に付き合うつもりはあった。

「うん、わかった。いいよ」

 桜が微笑んで返答すると、堂守も嬉しそうに笑った。


「じゃあ神崎先輩、また月曜日に」

 桜の部屋の玄関先で、靴を履くと、堂守は桜に振り返り、別れの挨拶を送った。

「うん、気をつけてね」

 可愛い後輩の顔を見て、桜は少しサービスをした。不意打ちの口付け。框の分、堂守と背丈が近づいて、しやすかった。少し浮かれていると自分でも感じていた。時間はすでに十時を過ぎていた。あのあと食器を片付け、ローテーブルに二人で並んで座った。なんともいえない沈黙の後、身を寄せてきた堂守に押されるまま、自ら倒れ込んだ。追い返すことになってしまった罪悪感もあり、いつもより少し濃いめに奉仕をして身体を重ねていたら、思いの外時間が経っていた。

 断って悪かったし、お互い予定があるわけではないので、いいかと。桜は自分を納得させた。


 堂守が帰ると、ぽっかり何もない時間になった。

 元々桜にはあまり趣味らしい趣味はなかった。高校を出るまでは読書が好きだったが、大学に入った年の六月にある種の呪いにかかってからは、男性との付き合いが途切れず趣味に耽るような時間はなかった。大抵の夜に、大体の休日に、桜は男性と否応にも過ごす羽目になり、自由な時間は少なかった。家事や買い物などでを一人で行う時間であっても、貴重で安らげると感じるくらいだった。

 今日も今でこそ空いているが、この先は分からない。買い物などで部屋の外に出れば、男性に襲われるのは目に見えているし、家にいても安心はできないのだった。

 それでも今のところは何もない、貴重な時間だった。

 ――まずは洗濯と、朝ごはんの食器を洗おう。

 玄関から踵を返し、桜は居室へ戻った。都内によくある単身者用のワンルーム。二十三区内から外れているためか、家賃の割には少し広めで部屋に窮屈な印象はない。広めの台所とカウンター、居室はベッドにローテーブル、ハンガーラックやテレビラック、本棚を置いても多少の余裕が感じられた。

 部屋の角に置いてあるベッドから敷布を引き剥がす。昨日からの濃厚な行為でしわだらけの上、まだ湿り、箇所によっては濡れていた。角部屋の隅に置いてあるため、ベッドの左側と頭からは強い日差しが降り注いでいた。敷布を丸めて床に放り、桜はハンガーラックに置いてある衣装箱から着替えを取り出した。今日は出かける予定こそないが、食材の買い出し程度には行くつもりはあり、外に出られる程度の格好はしておきたかった。

 部屋用の気楽な下着はつけているものをそのままにして、組み合わせに少し悩みつつ、着替えた。

 敷布含めて、籠に溜まった洗濯機を回し、食器を洗い終える。日差しが強くなっており、部屋の気温が上がってきたのを感じる。部屋を締め切って、冷房をかける。

 このまま何もなければ、今日は何をしようか、そんな思考も浮かび、桜は何もない休日に心を浮き立たせていた。

 桜はものを散らかす癖はないが、人が生活していれば、自然と部屋は汚れていく。衣服や寝具から抜け落ちた繊維は埃になり、自然と抜けた髪の毛も部屋に落ちる。それ以外にも外でついた砂など、人は無意識に汚すものだ。ハンディモップを使って、部屋中の埃を落としていく。ベッド脇の出窓から、キッチンカウンター、棚、テレビラックなど、ぱたぱたとはたいていく。窓閉める前にやればよかったと思ったが、何事もない土曜の午前の機嫌を損ねるほどではない。

 それからウェットタイプの紙モップをかけて部屋の掃除まで終える。その頃には洗濯機も止まっていた。

 桜がベランダに洗濯物を干し終えた時だった。スマートフォンにチャットアプリの通知が届いた。

 ロック画面の通知に表示されていた宛先を見て、桜は楽しかった休日が暗転するのを感じていた。


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主に官能小説を書いています(今後SFも手を出したい)。 学生時代、ラノベ作法研究所の掲示板におり小説を書いていましたが、就職と共にやめていました。 それから20年あまり経ち、また書きたい欲が出てきたため、執筆活動を再開しました。 どなたかの心に刺さる作品となっていれば幸いです。