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イマの中国にとっての哲学論~福原愛さんのインタビューから

昨日同僚が興奮気味に、「いやー、昨日愛ちゃんと竹内監督の対談見たけど、オリンピックの意義について愛ちゃんが語ってて、哲学議論みたいですごい深かった」と話していた。気になるな~と思っていたところにWechatのビデオレコメンドが流れてきたので、早速見てみた。

※日本にいる方向けにYoutube貼っておきます。これの1:14あたりにインタビューが入っています。

愛ちゃんさんの中国語が流石うまいとか、自然体で綺麗になったとか、色々な角度での記事がかける内容のつまった数分間。中国語うまい日本人として現地でも名前が挙がるお二人の対談で、中国語字幕もあるので、語学学習者にもピッタリな内容だ。が、今回は福原愛さんの語った「オリンピックの意義」についての彼女の主観とそれに対する中国の方の反応について書いてみたい。

福原さんが語られたこととは

竹内亮:这次的奥林会的意义是什么?
福原愛:这次的奥林会是真的很难。有的人就觉得为什么要打?这个疫情感染的人也会多,有很多负面的东西。因为体育这个东西,当然有的人是当工作。有的人是为了自己的梦想。但是坦白说,如果没有这个体育,也不会怎么样。其实我自己以前当运动员的时候,说自私一点就是,我就打我自己的球而已。但是大家就给我加油,然后我如果赢了呢,大家就为我开心。如果是输的话,有的球迷为我哭。我认为这次的意义就是,看完选手们的努力,还有不管成绩是多少,不管是在电视上看或在哪里看,或者听到大家的消息之后,听到那个人就觉得”我也要加油“,"再做一个资料”或者“好,那我今天多跑一公里”。亮哥你认为呢?
竹内亮:我还没找到。
福原愛:我觉得,我认为有点事情不是做了马上就知道的。可能要等20年,30年之后才知道它的意义吧。意义这个东西是不是去找的,是自己就会冒出来的。
竹内亮:好厉害啊,鸡皮疙瘩都起来了
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※完全意訳ですので、自己責任()でご参考ください
竹内亮:今回のオリンピックの意義ってなんでしょう?
福原愛:今回は本当に難しかったですね。どうしてやるの、コロナの感染者だって増えるじゃない、とお考えの人もいました。ネガティブな要素が多かったですよね。スポーツって、仕事ですという方もいるし、自分の夢のためにやってます、という方もいます。でも、言ってしまえば、スポーツがなくなっても、世界がどうにかなってしまうわけではない。私が現役の時、自分勝手な言い方になりますが、私は自分の卓球をやっていただけです。それでも皆さんは私を応援してくれて、勝ったら私のために喜んでくれて、負けたら泣いてくれるファンもいました。私は今回の意義って、選手たちの努力を見た後に、成績に関わらず、どこで観戦したとしても、耳に挟んだだけだとしても、その情報を知った人たちが「私もがんばろう」「資料作りやるか」「よし、今日は1キロ遠く走ってみよう」と思ってくれるようなことではないかと考えています。亮さんはどうですか?
竹内亮:僕はまだ意義を見つけられていないですね。
福原愛:やってすぐにわかるという訳ではない事もあると思うんです。もしかしたら20年、30年経ってやっと意義がわかるのかもしれません。意義って私たちが探しにいくものではなくて、意義自ら突然湧いてくるようなものではないですか。
竹内亮:すごすぎる、鳥肌たっちゃいました。
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中国の人が感じる発言の『深さ』

翻訳していて改めて感じたのだが、おそらく日本語でのインタビューだったら、中国語で聞くほどの衝撃はないような気がしている。なぜか?

彼女の意義に対する突き抜けたポジティブな諦観や人生の時間軸が、現在の中国の空気感とはあまりに異種のものであったからではないだろうか。急速で絶え間ない変化、達成すべき成功、効率の追求…。目標をたてて死ぬほど努力することの「意義」は達成すべき成功を得るためだと、多くの人が疑うことなく走り続けているのがイマの中国だというのが私の認識である。

そのような空気感のなかで、福原さんが「いやいや、意義ってそんなはっきりしてなくてもいいし、一生かかってもたどり着かないかもしれない、それでも頑張ることは素敵なことじゃないですか」という発言をしたので、いやーー深い!!ととりわけ感動するのである。さらに、福原さんが若い女性で自然体でこの話をされているところも、好感をもって受け止められている一因であろう。(もともと彼女の人気は非常に高いが)

私の同僚は、「非常に哲学的」という表現をしていた。ネットのコメント欄にも、中国語や可愛さに感心するコメントにまぎれ、「哲学的」「深い」という言葉を使っている人を見かけた。私もインタビューを聞いたあと、爽やかな風に吹かれたような清々しい気持ちになった。上海の目まぐるしい変化に食らいついていくのも楽しいけれど、少し深呼吸して長期的な視点でものを考えることも大切だということを教えてもらったような気がした。

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