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貴方のもう一度会いたい人は誰ですか? 辻村深月さんのツナグを読み終えて

流石辻村深月さんです。やっぱり面白い。亡くなった人に一度だけ会うことが出来るという夢のような、本当の話。使者(ツナグ)が一度だけ死者と会う権利を与えてくれる、そうして依頼者は一夜という短い時間にお互いの真実を話し合う。とっても温かくなれる作品でしたが、ただ感動するだけではない、辻村深月ワールドにどっぷりと浸かる事が出来る作品です。

果たして死者と会うことが本当に正しいのだろうか?自分は何を知ることが出来るのだろうか?その真実を知って本当に良かったのだろうか?そんな依頼者の心の葛藤がとてもリアルに感じられます。そして一度会ってしまうと、他の人間は会うことが出来ない。自分も一生の内に一人だけしか選ぶことができない。そんな厳しい条件を飲んで彼らは短い時間の間、真実を打ち明け、真実を知る事になります。


第一章 アイドルの心得は自分の憧れであったタレントの水城サヲリと会う決意をした、平瀬愛美のお話。僕はのっけから肩透かしを喰らいました。平瀬愛美が会いたかった一人は、両親でもなく、友達でもないテレビの向こう側の人間。きっと身内や友達恋人なのかな?と思っていました。しかし彼女の家庭環境を見れば、かなり悲惨な生い立ちであったんです。自分は必要のない人間。自分は誰からも必要とされていない。そしてテレビの向こう側で愛される雲の上の存在である水城サヲリは何時でも輝き勇気をくれる存在であったのです。

そしてひょんな事で彼女に助けて貰った平瀬愛美は、水城サヲリの死の訃報を聞き、彼女と会う決心をします。
「自分なんか会ってはくれないだろう」という諦め半分で依頼した平瀬は、使者である渋谷歩美から彼女が了承したという話を聞きます。

指定された市民病院の中庭で、嘘のような夢の話を聞かされた平瀬は、半信半疑でしたが。初めてこれが真実なのだと知ります。そして指定されたホテルの一室。偽物ではない本物の水城サヲリと会うことが出来ます。

何故自分と会う決意をしたのか?と問いかけると、自分は誰からも本当は愛されてはいなかった。自分はアイドルでありながら、時が来れば忘れられる。芸能界には幾らでも代わりがいる。その芸能界の闇を打ち明け、彼女に再会できた事を喜びます。そして平瀬から漂う死の気配。「きっとあの子は死ぬつもりだと思った」という水城の同意の理由。自分と関わる事で、自分の生きたかった世界を生きてほしい。もっと自分を誇り、愛して生きてほしい。という水城サヲリの優しさが心に染みます。彼女と会うことで勇気を貰えた平瀬愛美はこの先の人生を懸命に生きる事を誓い、強く生きてゆきます。


第二章 長男の心得は高齢で亡くなった母を思う息子のお話し。父親譲りの頑固で融通が利かない性格の畠田晴彦は、母から譲り受けた工務店の社長をしています。優秀で母から可愛がられていた畠田久仁彦は昔から成績優秀で、人懐っこく優しい性格でした。彼の息子たちもまた優秀で自分の家庭と見比べて劣等感を抱きます。いつかは後継者にと期待を持っている息子の畠田太一は、身体は大きいながら何処か頼りない存在です。そんな息子に苛立ちながら、将来に不安を持ちます。母、畠田ツルの死後、何処か塞ぎ込んでしまっていた晴彦は、使者の存在を知り母親と再会する決心をします。

そしてその夜。彼は母親と再開し、彼は知らされていない事実を知る事になります。母は以前使者を通して死者と再会していた。息子太一も特別に同行し、再開したのは彼の父親でした。そして息子太一をとても可愛がってくれていた事、自分の事を最も信頼してくれていたこと、自分の考えが間違っていた事を母を通して知る事になります。生きていくことの大切さ、有り難さ、そして愛されているという愛の大切さを学び、彼もまた使者へ感謝の気持ちを伝えます。


第三章 親友の心得は親友同士である高校生のお話し。同じ演劇部で共に頑張る高校生の嵐美砂と御園奈津は、性格は真逆でありながら、共通の趣味を持つ仲でした。少し生意気で我儘な美砂と包み込む優しさと一歩後ろから支える奈津。このままずーっとその仲が続くと思っていたのですが、演劇の舞台役者を決める会議で、主役に立候補した美砂。そして親友の奈津もまた主役になろうと決意します。自分に絶対的な自信を持つ美砂。演劇の腕も確かなもので、小道具係であった奈津には無理だと親友に裏切られたと失望します。そしてその関係はギクシャクしてしまいます。

「私には敵わないから」

ひょんな事で奈津の本音を聞いてしまう美砂。実は自分の事をこんな風に思っていたなんて。彼女は実は自分を軽視していた、初めから親友では無かったのだと失望します。そして遂には奈津に主役の座を奪われてしまうのです。彼女が怪我をすれば良い、そうすれば自分が主役になれるのだ。

ですが親友を信頼するあまり、彼女の言葉を聞き間違えてしまっていた。「嵐には敵わないから」その言葉は美砂を尊敬していたものでした。彼女はその真実を間違えて捉えてしまっていたのです。

そうして親友の奈津は事故死してしまいます。そう自分の過ちによって…。登下校時に水飲み場と利用していた水道口。真冬の路面に水を流してしまう美砂。その翌日凍結したその場所で自転車から転倒し、車に撥ねられ亡くなってしまう奈津。

彼女にもう一度会いたい。そして自分の行いを懺悔したい。美砂は使者と会う決意をします。そして現れた平瀬歩美。彼は親友の奈津が恋をしていた同じ学校に通う男子だった。彼が着ているコート。奈津が教えてくれたブランド名。美砂は不意に奈津が話していたコートの話題で彼と近づこうとします。

そしてホテルの一室で親友と再会する美砂。そして最後まで彼女は真実を打ち明けることが出来なかった。自分がひねった蛇口の水のせいで路面が凍った事。それが死因となった事。彼女は親友に会っても尚その胸の内を明かす事は無かった。

「使者の子に伝言を残して置いた。最後に彼から聞いてほしい」

それが最後の言葉でした。そして使者から告げられる衝撃の真実。

「あの日路面は凍っていなかったよ」

彼女は知っていた。美砂があの日蛇口を捻った事。そのまま現場から逃げた事。その行動を見ていたのです。美砂はもう一度会わせて欲しいと彼にすがります。一度で良いからと。ですがツナグにはルールがあります。一度は会えるが二度は会うことが許されない、教えを背いてはいけない事。そうして美砂は永遠と親友の死を引きずって生きていくことになってしまいます。


第四章 待ち人の心得は疾走した婚約者の影を追う物語。都内の映像関連機器会社に勤める土谷功一。七年前に彼は運命的な出会いを果たします。東京の街なかを歩く一人の少女。不意に突風が吹き、彼女は店先の看板に叩きつけられます。大量の流血を流し、功一はとっさに彼女を助けます。大事には至らなかったのが不幸中に幸いで、彼女、日向キラリは一度お礼をしたいと彼に言います。レストランで食事をし、彼女の話を聞く内に、彼女と頻繁に会うようになります。初めてだと言った映画鑑賞、そして初めて食べたポップコーンの味を忘れられなかったキラリは功一に恋愛感情を抱きます。ですが彼女はまだ未成年だった。年齢を偽った彼女とは13歳も離れていた功一ですが、彼女のアプローチにより関係を築きます。

ですが未成年でなくなった時、功一は結婚を迫ります。涙を流し指輪を手にしたキラリ。ですが彼女は友人と旅行だと出ていったきり帰って来なくなります。その七年の間、功一はずっと彼女の帰りを待ち続けます。友人である大橋は人生をやり直せと彼に言い続けていました。仕事の虫となり、終いには身体を壊した功一見て、彼は何度も忘れろと告げます。

そして使者の話をとある老婆から聞かされます。貴方は今会いたい人がいるんじゃないのか?もし気が変わったら連絡を入れてほしい。まさかそんな夢のような話があるわけがない。だけど彼は藁にすがる思いで連絡を入れます。

再開の当日。指定されたホテルへと向かうことが出来ず、彼は最寄りのレストランに入ってしまいます。約束の時間を過ぎた大雨の降る満月の夜。使者の歩美は彼を見つけ、彼に会うように強要しました。

そうして彼が向かったホテルの部屋で彼女は待っていた。彼女の真実。日向キラリは偽名であった事。功一と出会わなければ風浴で働くつもりだった事。そして心から功一を愛していた事。彼女は失踪していなかった。田舎の両親へ結婚を伝える事、指輪を見せたかったこと。そして彼女の乗ったフェリーが沈没し命を引き取ってしまっていた事。

彼女の本当の名は鍬本輝子。失踪後功一はずっと彼女の名を追っていた、様々な事故のニュースに載る名前を確認していたが、日向キラリの名は無かった。だが鍬本輝子の名がそこにはあったのです。

彼女は今まで黙っていた事を謝ります。そして彼女の大事にしていたクッキーの缶の中身を両親へ渡して欲しいとお願いします。大雨の満月の日、通常よりも短い再開の時間。彼女は功一の腕の中で姿を消してゆきました。まだ腕に残る感触と彼女の香りを残して…。

缶の中身には彼女の思い出がありました。その中に小さく畳まれた紙のケース。それは初めてのデートで食べたポップコーンの空き箱でした。映画の半券と共に保管されていたその
空き箱を見て、彼は最後まで自分が最後まで愛されていた事を確認出来ました。そして彼は彼女の故郷へその思い出を届けに行きます。


第五章 使者の心得は使者である渋谷歩美の物語です。この物語は全てのエピソードの付箋回収と、歩美の過去、そして祖母のアイ子からの使者の継承のお話しです。彼が何故使者の仕事をしているのか?彼の過去を暴いていくエピソードで、本作の主要となる話です。

彼が幼い頃に母と父を亡くした話から始まり。叔父の家に引き取られた事。彼は悲惨な経験をし、父親には妻を殺害したという容疑にかけられ、彼もまた殺人犯の息子という肩身の狭い生活を強いられます。理解者であった祖母のアイ子は使者の仕事を代々受け継いで来て、彼女が病気になって自由が利かなくなり、孫である歩美に継承の話を持ちかけます。敬愛する祖母の頼みであること、そして一度だけ亡くなった人と会えるという話に仕事を引き受け、祖母の手伝いという形で使者の仕事をこなしていきます。

依頼者と面会し、祖母が亡くなった者に交渉をする。交渉が通ればそれを依頼者に告げる。ある意味達観者という立ち位置の仕事でありながら、人の生死に関わる仕事であること、それが簡単な仕事ではないと言うことを身を持って知ることとなる。初めの依頼者である平瀬愛美が会いたいと願う、水城サヲリ。まさかテレビの向こうの人物が目の前にいることに驚き。使者の仕事をすることで人の心を癒すことが出来た。その喜びを感じ、畠田靖彦の仕事もこなしていきます。

同じ学校へ通う同級生である嵐美砂が依頼した親友の御園奈津との深い関係性。そして美砂がさりげなく話したコートの話題。それは奈津が生前美砂に話していたこと。そして奈津との会話の中で彼女の好意を知り、美砂の発言が奈津を傷つけてしまったこと。そして伝言を話した事で美砂が後悔をした事。決して使者の仕事は楽なものでは無かったと知る事になります。

失踪した婚約者に会うために依頼した土谷功一は、当日になり姿を現さなかった事に苛立ち。最後の再会を待ち望む日向キラリの顔を思い浮かべて、彼は大雨の中ホテルを飛び出します。そして不意に再会した平瀬愛美の言葉に救われて、この仕事を絶対に全うしようと決めます。普段感情をあらわにしない歩美ですが、功一にその怒りをぶつけます。再開した功一に再度感謝されて彼は祖母の力を受け継ぐ形になりました。

そして彼が知る両親の真実。それは父は母を殺害していなかった事。祖母は真実を知らぬままずっとその事を悔いていました。自分がしっかりと話しておけば良かったと。

使者が死者を呼び出す為に使用する手鏡。それは使者以外が覗く事で罰が与えられます。覗いた者、そして使者はその罰として悲惨な死を遂げる。母はそれを知らず夫の父をもう一度会わせてあげられると、彼女は手鏡を覗いてしまったのです。使者は人の望む死者に会わせる事が出来るが、自分は会うことができなかった。

そして使者を受け継ぐ前に祖母から会いたい人物を尋ねられていました。彼はまだ会いたい人物はいない、今のところはきっと祖母になるだろうと話します。その時までしっかりと受け継ぎ、継承していくと彼は決意するのです。


僕はこの作品を読んだ後。僕が見た過去の経験を思い出しました。祖父が亡くなり涙する親父の姿。なんで逝ってしまったんだと泣く父。それは初めて見た父の姿でした。ホームステイ先のホストファザーが亡くなり、電話越しにその訃報を聞かされた時、電話越しで泣き崩れるホストマザーの声。今まで聞いた事がない位取り乱し、僕は言葉が見つからなかった事。自営の家に働いていたパートさんが亡くなった時、お葬式の場で大粒の涙を流した旦那さん。初めて足元に水たまりが出来るほど泣く人を見たこと「どんな姿でもいい、ただ生きてくれれば良いのに」と小さく何度も呟く悲しい声。そして祖母の死に立ち会ったあの日。祖母の姉が亡くなった日、僕を本当に愛してくれた祖母が、僕の顔を忘れて亡くなった。とてつもない悲しみに包まれて、改めて死の悲しさを知った日。そして祖父母の死に立ち会った日。何度も経験した別れでしたが、僕の心に大きな穴を開けました。

そして僕はいつか一人になる日が来ます。時は残酷に過ぎていきます。僕がもしツナグを経験出来るならばどうするだろうか?誰を選ぶだろうか?そして誰が僕を選んでくれるだろうか?とても考えさせられました。

歩美が葛藤していた、果たして死者は生き残った人と出会いそれが幸せに繋がるのだろうか?未練が残らないのだろうか?それは生存者のエゴではないのだろうか?という言葉。真実は必ずしも綺麗ではない。知らないまま終わるほうがいい場合もある。時に真実は人の心を傷つける事もある。それを経験させていいのだろうか?僕はその言葉に深く考えさせられました。

生き残る者、そして去る者。残された者、旅立つ者。
その両者の間で生まれるドラマ。切なくも温かい、そして残酷なこの"ツナグ"という物語を通して、僕は改めて生きているということの重要さを再確認出来た気がします。

辻村深月さんの書き上げる作品はどれも深いストーリーばかりです。決して感動のストーリーでは終わらせない辺り、彼女の作品の奥深さを知ることが出来ます!

とーっても面白い作品でした。そしてこのツナグ。続編があるみたいで、本作の主人公である渋谷歩美のストーリーを深掘りしていく内容らしいので、こちらも是非読んで見たいなと思いました!

またもや素晴らしい作品に触れる事が出来て、改めて小説は良いものだなと思います!これでまた一冊積本が崩せたな。よしよし順調だw

それではまた📚📚📚📚📚


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