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60年前の推し活

仕事柄や趣味などが影響していると思うが、年齢のわりに若い人との接点は多い。彼女らや彼らと話をしていて一昔前と比べ顕著に感じるのは性別関係なく恋愛の話を聞かなくなったことだ。もちろん無いわけではない。ただ、確実に減った。

代わりに増えたのが所謂「推し活」の話だ。旧ジャニーズ、LDH、ハロプロ、この辺りでもGoogle検索をかけないと厳しいが、コレ以外のグループだったり地下二階くらいの深さまで潜っているアイドルの話となるとほとんど呪文の詠唱を聴いている状態に近い。

推す対象をフォローするため東奔西走したり、ダメと言われても高額な転売チケットに手を出してしまったり。どれだけ振り回されたとしても大好きな推しについて語る若者の目は爛々と輝いていて、それは美しくすらある。

小林旭(こばやしあきら)という俳優がいる。石原裕次郎、吉永小百合らと並ぶ昭和の大スターで、昭和の映画全盛期を彩った俳優の多くが鬼籍に入った今「銀幕のスター」という呼称が使われる数少ない俳優のひとりだ。独特なハイトーンヴォイスの持ち主で歌手としてもヒット曲がある。今調べたら85歳(2024年時点)だった。

僕の母親は60年くらい前に小林旭の「推し活」をしていた。当時は「追っかけ」という呼び名だったらしいが熱烈なファンという意味合いではほぼ同義だろう。以下、小林旭の呼称は20代追っかけ当時の母が呼んでいた「アキラ」に統一する。

母の上京物語を1段落で要約すると「こんな田舎はイヤ!アキラのいる東京に行くっ」と島根県を飛び出して中野サンプラザ裏に住む同郷の友人の家に転がり込み、日本橋のデパートにもぐりこんでシレッとデパートガールになり、休日はアキラの追っかけに稼いだ金を突っ込む、という感じだ。ルームシェアしている洋服のショップ店員が休みの日には推し活をしている。60年近く前の若者としてはけっこうおしゃれなライフスタイルだったのかもしれない。

そんな母の推し活はかなりの短期間で終焉を迎える。アキラが昭和を代表する歌姫、美空ひばりと結婚したからだ。時代の別なく推しの結婚はファンにとって一大事。社会通念的にも「結婚したら一生添い遂げる」感覚が当たり前の頃だろうからファンのショックは想像に余りある。今も推しの結婚はファンの心に甚大なダメージを与えそうだが、2020年代はもっと柔軟な向き合い方や受け止め方がありそうだ。

アキラに会うために上京してきたのに早々に梯子を外された母だったが、それなりに独身生活を謳歌したのち当時としては比較的遅く30歳で職場で出会った父と結婚した。父と同時期にやり手のイケメン弁護士からも求婚をされていた話は若き母の武勇伝だが、息子はまだこの世に生を受けていなかったので真偽のほどはわからない。

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