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イグアナと私

イグアナが身近にいた経験はあるだろうか。僕はある。

まだ20か21歳くらいの頃、僕は一浪の末なんとか入り込めた美術大学にほとんど通わず、横田基地の側にあるダイナーでアルバイトをしたり、高幡不動の「鳴き龍」で手を叩きまくったり、多摩センターのスカイラークガーデンで海老とトマトのパスタとバニラアイスのカプチーノがけを胃袋に詰め込んだりしていた。

つまりは遊ぶ金を稼ぐことと、大きなオートバイを乗り回すことと、女の子にモテることしか考えていない、どこにでもいるありふれた青年だった。

残念ながら意気込みとは裏腹にモテモテのキャンパスライフを送ることはできなかったけれど、人見知りや物怖じをしない性格のおかげで女性と親密になれる縁と機会にはそこそこ恵まれた。

5歳年上だったその女性とは1年ほどの付き合いだったがとても記憶に残っている。なぜなら彼女の1LDKの部屋には全長1メートルのイグアナが放し飼いになっていたからだ。

子どものころから両生類爬虫類が苦手だった僕は初めこそ息を呑み肝を冷やしたものの、年上の美しい恋人に気に入られたかったのだろう、果敢にイグアナとのコミュニケーションを試みた。

コオロギなどの昆虫をバリバリと喰らうイメージがあるかもしれないが、イグアナは草食だ。日常的には小松菜や大根の葉を食べ、おやつとしてバナナとリンゴのオプションがある。彼女の目を盗んではバナナを頻繁に与えた僕に自然とイグアナが寄ってくるようになるまでそれほどの時間は掛からなかった。

それにヘビやカエルと違い、イグアナやカメレオンには恐竜的なヴィジュアルの趣きがあり男の少年心をくすぐるかっこ良さがあった。いつしか恋人の家に遊びに行く動機の半分はイグアナが占めるようになる。年上の綺麗な彼女がイグアナを飼っている、というギャップ萌えなシチュエーションに二十歳そこそこの若者は酔いしれていたのかもしれない。

イグアナの飼い主は美しい容貌に恵まれていたが、かなりエキセントリックな思考と激情型の性格を持ち合わせていて僕はよく理不尽な暴力や罵詈雑言を受けた。怒るとすぐに物が飛んできた。化粧品や酒瓶は我慢したが、イグアナを投げつけられたときはさすがに許せずそのまま部屋を出た。

それから何度も謝罪のメールが届いたがそれきり彼女と会うことはなかった。イグアナは個体によっては30年近く生きるそうだ。まだ生きているかもしれない。彼女の美しい顔はもうあまり思い出せないけれど、イグアナの冷たくごつごつとした手ざわりと哀しいのか眠たいのかわからない黒い目は忘れることができない。

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