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ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー②

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一章 継承者ーー②

「とは言っても、乗り慣れておかないと実戦で死ぬ事になるからなあ」
 と、私は困り気味に呟き天井を見上げる。この辺が前線帰りと、そうでない人間の差なのかもしれない。大陸の向こうでは、今も幻獣との一進一退攻防が繰り広げられている。

 任官した人間はその現実を知っているため、殆どは後方勤務を希望する。前線に行く人間は、軍上層部の裁量で特に優秀な人間が選抜されるか、私のように、よくわからない義侠心に囚われた人間が任地に赴き、大多数は手紙となって帰還する。

 私のように任期を終え本土に帰還できる人間は少なく、帰還したらしたで、前線の光景がトラウマとなり、立ち直るのに時間を要する人間も多い。或いは戦死した仲間達の想い(呪い)を引継ぎ、囚われたまま、戦い続ける羽目になる人間も居る。私もまたその内の一人で、私の場合は部隊が全滅。私自身も負傷。任期もまじかであったため、少し早い本土への帰還となった。

「後は頼む……か」
 仲間に託された言葉を口にすると、その瞬間が脳内をフラッシュバックする。取り戻す事が出来ない後悔が胸に去来する。仲間の殆どは平和を望み、故郷に思いを馳せ死んでいった。

 多くの人間の日常を守る。その使命感にも似た感情が、前線で戦う私達を駆り立て、炎となって消えていく。叶えることが出来ない夢が、新たな人間を前線に駆り立て、平和を維持するための燃料となる。この虚しさが、どうにもならない現実が、今の私を形作っている。

 天涯孤独の私にとって、かつての仲間が守りたかった宝物で、戦う理由でもあった。でも、実際は守られ託されてしまった。生きる理由を失い、死ぬ理由も失った。だから今生きているのだろう。

「どうだ? 新人共の様子は?」
振り向くと、緑の軍服をまとった兄貴分のような雰囲気が漂う、壮年の男性が入り口扉前に立っていた。

「草薙三佐! いつこちらへ?」
 私は慌てて立礼しようとするが、草薙三佐は片手で軽く制止すると、私の隣に立ちモニターに目を向けた。草薙信義三佐、私が前線で戦っていた頃お世話になった方で、当時の階級は一尉で中隊を指揮されていた。

 私の小隊も三佐の所属で、三佐は右も左もわからない私達に、頼れる兄貴分的な立ち位置で接してくれていた。私よりも先に任期を終え、本土に帰還後、現在は自衛軍稚内基地副司令を任されている。

「昔の通りで良い立花。お前に敬礼されると背中がむず痒くなる」
 草薙三佐は、そう言ってモニターに目を向けたまま軽く苦笑する。
「そう言われると、懐かしい限りですね」
「聞いたぞ……寂しくなったな」
「――ええ。皆良い奴でした」
 草薙さんの言葉に私は哀愁を漂わせ頷く。わざわざ私達の事を調べてくれたらしい。

「良い奴、ね。俺から言わせれば情けない奴らだ。お前に荷物だけ持たせて逝っちまいやがって」
「皆、草薙さんほど気合が入っているわけじゃないですからね」
「なら、生き残ったお前は、俺と一緒で気合が入っているわけだ?」
 困り気味に答える私に、草薙さんはモニターに目を向けたままそう問う。

 モニターの先では、戦略機同士の市街戦が繰り広げられており、廃墟と化している建物の所々にペイント弾の塗料が付着。反撃している90式戦略機の細部に付着している古い塗料が連戦を物語っている。

「ふっふふ。どうでしょうね。どっちでもないから生き残れたのかもしれませんよ?」
「ふふふ、そうか……お前の顔を見て少し安心した」
 苦笑気味に言う私に草薙さんは目を向け軽く笑みを溢し言った。
「……すいません。帰還した時に連絡を入れるべきでした」
「かまわんさ。司令部に問い合わせた時、時間が必要だと察したよ」
「……」
「それで、どうだ? 新人共を部下に持った感想は?」
 沈黙を返す私に草薙さんは気を遣うように問う。私が引き受けた部下達は、上層部内でかなり注目されているらしい。

「そうですね。5人全員極めて優秀です。稀に見る逸材なんでしょうね」
「お前もその感想を持つとは、噂は本当のようだな」
 べた褒めに近い私の評価に、草薙さんは興味ありげに感嘆する。
「どんな噂です?」

「今期司令部が最も注目している人材だそうだ。特に比良坂……比良坂機はどれだ?」
 私の問いに草薙さんはモニターに目を向け訊ねる。
「比良坂なら、今防戦している90式が比良坂です」
「ほう――って随分と一方的だな」
 モニターを指差して答える私に草薙さんは怪訝そうに言う。まあ、廃墟を盾に集中砲火を受けている90式戦略機の映像を見れば、誰でも怪訝な顔をするだろう。

「4対1ですからね。袋叩きにされない方がおかしいですよ」
「……何故4対1なんだ?」
 事も無げに答える私に、草薙さんは振り返り眉間にしわを寄せ問う。まあ、客観的に見たら只の苛めだよな……

次回に続く


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