ハジマリハ深い谷底から⑤
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序章 生かされた理由――⑤
ぼんやりと視界が戻ると、白い天井が滲みがちに瞳に映り込む。ここは何処だろうか? どうして私は寝ている? 私は戦場で戦って――皆はどうなったんだ? 意識を失う前の状況を思い出し焦るが、体は重く思うように動かない。相当な怪我を負っているという事か?
いつもより重く感じる頭部を右に向け誰か居ないかと視線を向けると、頭部から右目辺りまでを包帯で巻かれ、左手にギプスらしき固定具と包帯を巻いたナスターシャが座っていた。
「――目が覚めたか。おはよう」
「――っ」
微笑み言葉をかけてくる彼女に私は言葉を返せず沈黙する。
「うん? この姿か? お前と同じ名誉の負傷さ」
「……他の仲間達は?」
「お前が無茶をしてくれたおかげで……何とかなったよ。殆どが怪我人だけどな」
ふり絞った私の問いに彼女はやや表情を曇らせいう。まるで覚えていないが、彼女の言葉をひとまず信じよう。それよりも……
「……君は、これから如何するんだ?」
「相変わらず自分の事より他人の心配か。いつも思うが、お前はもう少し自分の心配をするべきだな」
「性分……みたいなものかもしれないね」
苦笑交じりに述べる彼女に私は眉をひそめて答える。
この状態では恐らくすぐに復帰する事は出来ないだろう。となれば、我が軍においては本国への送還となる。つまり、生きて故郷の土を踏めるという事だ。
「そうか。そうだな、私もこの怪我では前線を支えることは出来ないだろう。となれば、お前と同じく本国へ送還される事になるかもしれない」
「……しれない?」
「我が国がどのような国かは、お前も良く知っているだろう? 任期を終えた英雄ならともかく、使えない怪我人にポストを用意はしてくれないさ。そこそこの戦果は挙げているが……あまり良い待遇にはならないだろうな」
私の問いに彼女は溜息交じりに苦々しく答える。戦果を挙げている彼女にさえ、スラビア連邦は普通の生活を与えてくれないのか……
「……すまない」
「何故謝る? ふっ、別にお前のせいじゃないだろうに――本当にお前はお人好しだな」
「君にそう言われると、そうなのかもしれない……」
「――そうだ! 良い案がある……呑んでくれるか?」
何を言うべきか迷っている私に、彼女は何か閃いたのか満面の笑みで問いかけてくる。女性がこの手の行動をとる場合、大抵ろくでもない事になると相場が決まっている。
「……内容による」
「それでは私が困る。呑んでくれなければ、話すわけにはいかないなぁ」
精一杯の私の抵抗に、彼女は思わせぶりな口振りで述べる。その困り顔に騙されるほど私は鈍くはない……が、仕方ないか。
「わかった。君の案を聞かせてくれ」
「おお! 話が分かる男は愛されるぞ、立花!」
渋々いう私に彼女はキラキラと顔を輝かせ告げる。うーん、これは頷くべきじゃなかったかもしれない。
「いや、やっぱり――」
「簡単な話さ。私を貴方の嫁にしてくれ」
「……はっ?」
私の言葉を遮り彼女はとんでもないことを言ってきた。
「別に私が気に食わないなら、後で離婚してくれても良いさ。要はお前の国に亡命しようという事さ。幸いな事に私には身寄りもないし、よしんば本国に帰還できても寒いだけで、女の身ひとつでは堪える。私はこれでも暖かい家庭を築きたいと考えている……が、ダメか?」
「ダメじゃないが、君が亡命したいなら無論協力は惜しまない。しかし、別に私と結婚しなくても解決できる問題だと思うが……君の方こそ私で良いのか?」
思いがけない彼女の提案に、私は驚きを隠せず問い返してしまう。確かに、彼女のような容姿端麗な美女と結婚できるのは、男なら飛びつくような話だろうが、彼女が惚れるような事をした覚えがないぞ。
「今日まで生き残ってきた仲じゃないか。お前ほど私の事を知っている人間は居ない……私では不服か?」
「不服なわけがない。しかし、何というか夢のような話で、何処か釈然とはしないな」
「ふふっ、良いじゃないか。私のような美女を連れて国へ帰れるのだぞ? ある意味最高の戦果じゃないか?」
「ははっ、自分で言う事じゃないだろ……末永くよろしく」
「――ああ! お前が嫌だと言っても離れないからな!」
困り気味に誓いの言葉を述べる私に、彼女は心底嬉しそうに笑顔で頷く。まだ私の処遇は決まっていないが、連隊長に何と報告すべきか……な――いかん、どうやら少し喋り過ぎたようだ……物凄く……眠い……
「……少し喋り過ぎたか? ゆっくり休め。今日のところはこの辺でお暇しようか」
「すま……ない。また今度……ゆっくり……話そう」
「無論だ。これからはいつでもどこでも一緒だ。――忘れるなよ」
寝ぼけ眼で言う私に、彼女はやさしく語り掛ける。
「何、を?」
《――私は貴方の傍に居る。見えなくとも、たとえ意識できなくても――だから……私を忘れないで――》
次回に続く
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