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ハジマリハ深い谷底から⑥

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序章 生かされた理由――⑥

 再び目が覚めると私の右半分は黒く塗りつぶされていた。どうやら包帯を巻かれているらしいが、ここは医務室か?

「……目が覚めたようだな」
「――連隊長?」
 声がする右側に、空いている左目で視線を向けると連隊長が渋い表情で座っていた。さっきのは一体? 私はずっと寝ていたのか?

「混乱しているようだな、無理もない――貴官のおかげで、作戦は無事完了した。ありがとう」
「――連隊長。他の者は……何名生き残りました?」
 気遣うように告げる連隊長に私は意を決して問う。私は――悪夢を見ているのか? それともあれが夢だったのか?

「助けられたのは貴官だけだ。皆、高天ヶ原へ昇った」
「そう、ですか……」
 目を伏せ答える連隊長に私は涙を堪えきれず頷くので精一杯だった。

「……スラビア連邦から遺品を預かっている……見るか?」
「……っ、はい」
 淡々と述べる連隊長に私は嗚咽交じりに頷く。夢なら……早く醒めてくれ。私には……今の私にはこの現実は……辛すぎる。

「ナスターシャ中佐の記章(エンブレム)だ。これを貴官に託して欲しいと残していたそうだ」
「……エンブレム……」
 連隊長は贈答用(ギフト)の(ボッ)小箱(クス)を差し出し、私が見やすいように空けて見せてくれた。狼の肖像らしき刺繍が刻まれた記章。不自然なほど新しさを感じる見た目をしている……本当に彼女のものなのだろうか?

「――彼女の遺書と一緒に用意されていたらしい。確認をとったが、エインヘリヤル大隊の伝統のようでな。生き残った者、或いは除隊した者に代々受け継がせる仕来りだそうだ」
「そう、ですか」
 淡々と述べる連隊長に、私は上手く言葉を紡がせる余裕がなく頷き続ける。

「……遺言を聞く気力はあるか?」
「――っ」
 連隊長は、ベッド傍にある衣装ケースに贈答用(ギフト)の(ボッ)小箱(クス)を置き、気遣うように優しく問う。私は動く右手で涙を拭った。これが現実ならば、彼女の言葉を聞かねば、後悔する。

「お願いします」
「――うむ。『ありがとう。後を頼む』だ、そうだ」
 聞く準備が整った私に連隊長は淡々と述べる。この事務的にも聞こえる対応のおかげで、私は冷静さを失わずに居られている。

「後を頼む。ですか……」
「そうだ。それと、貴官の今後についてだが、少し早いが本国への帰還が決まった」
「――自分にはまだ半年近く任期が残っていますが?」
「その怪我でまだ戦うつもりか?」
 思いがけない私の問いに、連隊長は苦笑交じりに聞き返す。怪我をしているが全治に半年も必要は……するのだろうか?

「戦力は少しでも多い方が良いと愚考します」
「愚考、か。その様子だと死にたがっているわけでもなさそうだな……貴官は立派に任務を果たした。貴官が行う仕事はここにはもう残っていない」
「――しかし」
「……立花、貴官は生きて帰れ。帰って、新しい世代の力になってくれ」
 私が食い下がるように言うと、連隊長は渋い表情を崩し柔和な顔で告げる。

「……連隊長」
「――話は以上だ。ゆっくり休め」
「…‥了解」
 遺志を託すような口振りで言う連隊長に私は頷く事しか出来なかった。
 連隊長が去り、一人となった私は白い天井に視線を泳がせる。

 とても寝られる心境ではないが……
「貴方の傍に居る……か」
 夢の中で語った彼女の言葉こそが、きっと遺言なのだろう。私はまた残されてしまった。託された想いと、遺志をどうすれば良いのだろうか?

「どうして……世界はこうも残酷なのだろうか……」 

次回に続く


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