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ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー⑩

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一章 継承者ーー⑩

「了解。編成どうする?」
「信介と秀吉は突撃力を増やせ。後は任せる」
 小野の問いの意図を察して、比良坂は分かりやすい注文を織田達にする。なるほど二人に全力で良いと言っているわけか、どんな編成になるだろうか?
「了解っす」
「おう!」
「編成を弄ったら再開するぞ」
「了解」
 二人の同意に続き私がそう宣言すると、比良坂はそれに頷きそれぞれ部隊編制を弄り始める。

 しばらくして比良坂達の再設定が終わり、盤上のシミュレーションが再起動を開始。盤上のデータが初期化され、再構築されたシミュレーションマップのおよそその中心部に、初期拠点と比良坂達を表す緑色のマーカーが出現。俺は自席の端末から各隊のマーカーを覗き見る。織田は90式戦略機30機のみの編成。柴臣は90式戦略機20機に89式戦略機を10機混ぜている。まさか、普通科支援用の戦略機を火力に使う気か? 比良坂は90式戦略機25機にMLRS3両と自走榴弾砲を2両混ぜた編成……火力支援を念頭においているわけか。小野は戦略機20機に自走榴弾砲10両か。小野は比良坂達の支援を中心に考えているな。徳田は戦略機10機にMLRS20両――これは中隊全体への火力支援か……各小隊の編制から勘案すると包囲殲滅の形が出来れば合格ラインだろう。

 シミュレーション環境はさっきと同じ名寄基地近郊。左右を山脈に挟まれた回廊上の地形で、比較的地の利を得やすくなっている。エネミーで幻獣は赤色マーカーで表示。集団で稚内方面より南下してくるだけだが、問題はその数だ。シミュレーションでは幻獣の戦力は10万。構成はランダムにしているがこちらの約666倍。どうやっても踏みつぶされるだけだ。現実なら奇跡も何も起きない兵力差だが、それを覆せる可能性を見せてくれ。奇蹟の一端を。

 私の無遠慮な期待の中、シミュレーションが静かに幕をあける。初期拠点から離れた5つの小隊は、敵の侵攻ルートである中央兵地帯を避け、左右の山岳地帯方面に移動。左側山岳地帯に織田、柴臣、比良坂のマーカー。右側の山岳地帯に小野と徳田マーカー。それぞれ身を潜ませ、敵の侵攻を待つ構えだ。これまでのシミュレーションで見た光景だが、どう変わる?

 敵の侵攻が織田隊の有効射程に差し掛かる刹那、徳田隊より攻撃が開始される。MLRSによる面制圧だ。これにより敵マーカーは左側山岳地帯へ索敵を開始。中心より左よりに移動を始めるが、右側山岳地帯に潜む織田隊が突撃を開始。それに続いて柴臣隊突撃援護を開始。柴臣隊の89式戦略機が織田隊の攻撃より先に攻撃を始め、敵マーカーは粛々と反撃を開始するが、反撃よりも早く織田隊の攻撃が始まる。左右からの砲火に敵マーカーは二手に別れようとするが、比良坂隊と小野隊のMLRSと自走榴弾砲による支援砲撃により、敵マーカーは3つに別れ、左右の山岳地帯と正面の兵地帯へ進撃を開始。応戦を始める。敵マーカーが3つ別れた段階で小野は、火力支援を継続しつつ比良坂側に移動を開始。比良坂隊は織田柴臣隊を支援しつつ、敵マーカーの一つを引き離すように緩やかに後退。敵マーカーは見事に分断され、徳田隊はMLRSと戦略機隊を切り分け、ひたすらに敵を山岳地帯深くに引き釣り込み、別れたMLRS隊は比良坂小野隊と織田柴臣隊が対峙する敵マーカーに対して、支援砲撃継続。織田柴臣隊は二方向に別れクロスファイアを形成。比良坂小野隊も同様にクロスファイアを形成。見た目では包囲網の形成には至ってないが、徳田の火力支援も加わり、三方向からの攻撃は半包囲に近い火力を実現していた。相応の戦力があればこのまま勝ってもおかしくはない。しかし、兵力差からくる敵マーカーの反撃は凄まじく、徐々に圧され始め、織田柴臣隊の壊滅を皮切りに、時間差で比良坂小野隊も壊滅。最後に逃げ回っていた徳田隊が壊滅しシミュレーションは終了した。

「お前ら、やればできるじゃないか」
 これまでのシミュレーションより長時間、圧倒的劣勢で戦線を維持し続けられた5人に対して、私は素直に称賛する。相応の戦力があればきっと勝てていただろう。そう思える手ごたえを感じた。
「やはりこの戦力差は如何ともしがたいでござるなぁ……」
「まあ、それなりに手ごたえを感じる演習ではあったよね」
 シミュレーションを終えた徳田と小野が、シミュレーションマップを見たまま、それぞれやや不満のある感想を漏らす。恐らく、勝ちたかったのだろうな。

「……なあ、山岳地帯から平地帯正面に攻撃しながらお前らと合流出来ていたら、勝てたか?」
「その場合は、最後に仲良く押しつぶされて終わっていただろうな。敵の分断は方針としては正しかった。しかし、包囲殲滅を実現するだけの戦力と火力が少し足りなかった」
 徳田と小野とはうってかわり、問いかける織田に比良坂は渋く答える。比良坂の見解は適確で同時に残酷でもある。この場合、最も理想的な戦術は、攻撃しつつ逃げ続けることだろう。それを実施した場合、ベース拠点を破壊されてシミュレーションは終わってしまう。

「そうっすよねぇ……副隊長はどれくらい戦力が必要と感じました?」
「理想は5個師団。用意できない場合は少なくとも5個大隊程度の戦力は必要になる。奇蹟を起こせるならもう1中隊あれば、状況はもう少し好転しただろうな」
 比良坂に目を向けそう問う柴臣に、比良坂は困り気味に答える。そう、自分達の階級ではない物ねだりでしかなく、かといって上申すれば用意してくれる戦力でもない。即ち。現実にこのような状況に陥れば自分達に待っているのは死、のみ。それがわかるから比良坂は困っているのだろうな……

「そうっすかぁ――こんな感じになったら皆逃げましょうね」
「まあ、ある意味柴臣の言葉が一番正しい選択ではあるな」
 冗談交じりに言う柴臣に私は軽く同意する。勝てない相手と戦うのは戦略的には正しくはない。私達軍人は勝てる条件に敵を誘い込み勝つのが仕事だ――それができていたなら、私は一人になる事も今こうしている事もなかっただろうな……
「さて、今日はこの辺にしておくか」
「――失礼します。立花二尉。基地司令がお呼びです」
 私がそう宣言すると、タイミングよく演習室のドアが開き、基地司令付の副官がそう声を掛けてきた。何だろうか? 特に目くじらを立てられるような事はしていないはずだが?
「では、片づけは自分達がやっておきます」
「すまん。では行ってくる」
 比良坂の配慮に私は軽く謝罪して副官と共に部屋を後にした。 

次回に続く


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