鳥のようなサックス。追悼ウェイン・ショーター

ウェイン・ショーターも逝ってしまった。1933年生まれで享年89だから、天寿を全うしたと言えるだろうが、やはりショックだ。

アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズへの加入が、華々しいキャリアのスタートだった。ただ、同時期に在籍していたリー・モーガンの神懸かり的なひらめきと比べると、若干分が悪いという印象も否めない。

やはり、マイルス・デイヴィスにスカウトされてからが本領発揮だろう。特にコンポーザーとして。よく指摘されるけれど、彼が在籍していたときのマイルス・グループのオリジナル曲は、たとえ他のメンバーが書いた曲であっても、どれもがショーター作に聴こえるマジックがあった。一言で言えば、人間のエモーションを宙づりにするような謎めいたムードだ。クールとかムーディーとかオカルトではない、明らかに新しい響きで、ジャズの新境地だった。

1967年の2つのアルバム『Sorcerer』『Nefertiti』は、アコースティック・ジャズの極北であり、ジャズはそこからエレクトリックに向かうしかなかった。ちなみに、『Sorcerer』の”Pee Wee”は、リーダーのマイルスは参加せず、実質はウェイン・ショーター・カルテットの演奏になっている。

そんなことフツーないでしょ? でもマイルスの美学がひしひしと伝わるから不思議だし、いかにもショーターっぽい曲なのに、書いたのはドラムのトニー・ウィリアムスだという。このような複層的な「ねじれ」がたまらなくハイブロウでかっこいいのだ。

その後、マイルスが電化に乗り出してショーターは脱退するわけだが、1975年までのエレクトリック・マイルスの疾走と実験は、基本的には「謎」を「謎」のまま音として差し出すもので、この独特のマナーは、そもそもはショーターとの出会いに起因していて、それがずっと継続した(マイルスが活用した)というのが真相ではないだろうか。

実は、初期のショーター本人のリーダー作は、それほど愛聴していないというのも本音だ。ウェザー・リポートもあまり好みではなかった。

個人的には、ジョニ・ミッチェルの良き助演者としての側面が印象深い。70年代後半以降の彼女のサイドマンとしての活躍はともかくとして、ジョニが2000年代に入り、ヴィンス・メンドーサがアレンジするオーケストラを従えて、自作曲を含むスタンダードにあくまで「シンガー」として向き合った『Both Sides Now』(2000)や、同様の主旨で自作曲のみを集めた『Travelogue』(2002)でのプレイが本当に忘れがたい。特に後者のエンディングを飾る”The Circle Game”を挙げよう。

0分18秒からのヴァースで、細かいオスティナートのフレーズが蠢くところからもう尋常でない。全編でショーターのソプラノがジョニに寄り添っている。瀕死の鳥が最期の羽ばたきと嘶きを繰り返しているかのようだ。5分53秒でジョニが歌い終わってから終結までの1分弱の彼のプレイは、筆舌に尽くしがたい。なんというか、彼岸の音。この世のものではない。

21世紀に入っても、けっこうコンスタントに活動していた。アコースティック・カルテットを新たに結成してジャズの神髄を見せつけてくれたときは、もう70歳前後だったわけだ。あらためて畏敬の念を抱く。

30年以上前の曲の再演であろうが、作り込んだ新曲であろうが、剝き身の瑞々しさと、元来のアルカイックなムードが両立していて、きわめて普遍的だ。

“Footprints”

“Sacajawea”

“Orbits”

はー、すんごい…。

けっこう来日もしてくれたので、僕も多分2回、生で聴いている。2004年の東京JAZZでは、ハービー・ハンコック、デイヴ・ホランド、ブライアン・ブレイドのイレギュラー・カルテット。ありそうでないレアな組み合わせで得した気分だった。会場の東京ビッグサイトがあまりに残響が多く、プレイの根幹をつかみ取ろうと必死になった記憶がある。とてつもなく高度なものを観た感じは確実にあった。締めには”Footprints”をやってくれたような。

2013年には、渋谷ヒカリエの真新しいホールでカルテットを聴いた。ダニーロ・ペレス、ジョン・パティトゥッチに、ドラマーはレギュラーのブライアンではなく若手のジョナサン・ピンソン。この時はPAも問題なかった。ダニーロのピアノが点火の役割を果たしていたのが印象深い。謎めいたショーターのフレージングはそのままに、インタープレイのフィジカルな快楽がそこにはあった。

一昨年はチック・コリアが亡くなった。マイルス・デイヴィスの謦咳に接した人たちが鬼籍に入るようになり、時の流れを痛感する。ジャズに限らず訃報が多い昨今、ハービーがいまだに元気なのはなによりだが、キース・ジャレットの近況は気になるし、その意味では落ち着かない日々が続く。

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