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vol.3 島の宝をあつめて、“自分のため”に地域を豊かにする~田中啓介さん~

地域と人の関係性―。ある人にとっては、観光地、ある人にとっては慣れ親しんだ故郷。同じ土地でも、人によって見え方、感じ方は違う。こと、沖縄についてはそのが強いように思う。沖縄の地に降り立った、その瞬間から包まれる温暖な地域特有の空気感、本土とは異なる建物や植生、なんといっても、青く透明な海の美しさは筆舌に尽くしがたく、異国にやってきた感さえある。

千葉県に生まれ、広島や名古屋で育ち、仕事で訪れた国は60か国と、様々な地域を見てきた田中啓介氏がたどり着いたのは、沖縄の地―うるまだった。彼にとって今、沖縄は単なる観光地ではない。「自分の人生で初めて、自分の言葉で地域を語れるようになった」と言えるほど、思い入れのある場所となった。

田中啓介氏
うるまの海


地域を豊かにするための2つのアプローチ

ホールアースを卒業した先輩を訪ね、ホールアース時代の経験が今の活動にどうつながっているかを紐解いていく企画、ホールアースカタログ―3人目は、2001年から15年以上ホールアースに在籍していた田中啓介氏。愛称は、ホールアース時代から今も変わらず「じょりぃ」。エコツーリズムの企画をはじめ、国際協力や地域の観光プログラムづくりなど、関わった事業は多岐にわたる。中でも、人材育成には情熱を注いできた。そんなじょりぃさんが、うるまに“呼ばれた”のは2016年。奥さんの地元がうるまだったことから、移住を決意した。現在はプロモーションうるまという地域づくり会社の仕事をメインに、地域を豊かにすることを生業としている。

プロモーションうるまのオフィス


「地域を豊かにするために、2つのアプローチがあって。ひとつは、地域の人向けのアプローチ。うるまに住んでいる人が、『うるまっておもしろいね』とか『ここで生まれ育ってうれしいね』みたいなことを感じるような、市民向けのアプローチ。一方で、本質的に豊かで面白い地域にするためには、市民向けのアプローチだけをしていてもなかなか未来が作れない。実際はいろんな課題があるので、外の人たち向けにアプローチをして、一緒に何ができるのかを考えて具現化するっていうのが、もうひとつのアプローチ。」

いかに地域を活性化させるか、関係人口を創出するかは、様々な地域で課題となっているが、ここ、プロモーションうるまでは、農産物直売所や健康福祉センター、廃校を利用したワーケーション拠点施設等を運営したり、様々な切り口で地域づくりに取り組んでいる。中でもじょりぃさんが今、最も力を入れていて、前述の”2つのアプローチ”を同時に満たすコンテンツが、修学旅行だ。


修学旅行がもたらす、生徒の学びと地域の変容

沖縄を修学旅行先に選ぶ学校は多い。ホールアースとしても長年、沖縄校で修学旅行の受け入れをしてきた。ただ、自然や観光名所ではなく、島の人たちの生き方や、活動していく中で生まれるリアルな思いに焦点を当てたのが、じょりぃさんたちの修学旅行プログラム「うるま Quest Journey(クエストジャーニー/ UQJ)」だ。例えば、まさにインタビューの場所として使わせていただいた「アガリメージョー」という宿&喫茶も、定番のコースの1つになっている。横浜から高校生が来た時には、宿の常連客と共に、アガリメージョーがもっと面白くなる未来像を描き、真剣にアイデア出しをするというワークショップを行った。他にもテーマや場所が異なるというだけで、地域で生きる人たちと直接意見を交わしながら学びを得ていく、というプロセスは変わらない。地域住民にインタビューしながら「豊かさとは?」について考えて冊子を創り上げるコースや、子どもの居場所づくりを行っているNPOと連携したコースもある。いずれも、高校生にとっては普段接することが難しい、当事者や実践者の方々と双方向でコミュニケーションをしっかりとることのできる貴重な機会となる。

アガリメージョーとは、オーナーである眞禜里さんの家の屋号
コンセプトは「泊まれる喫茶店」


「修学旅行生にとって、人生の大きな学びとか気づきを得た場所って、きっと特別な場所になる。単純に自然がいいとか、人がいいとかで終わるのではなくて、『あそこに自分のターニングポイントがあったな』みたいな感覚を得られると、きっとどこかで『またうるまに行きたい』ってなると思う。それも関係人口の作り方だよね。それに、地域の人にとっても、修学旅行生がやってくることで様々な気づきや変容があるから、外の人と関わることで得られる幸福感ってめちゃめちゃ高いし、地域の人自身がうるまの魅力を再発見するきっかけにもなる。だから修学旅行は、地域の人向けのアプローチとも言える。」


学生の背中を押した、島のおじいの言葉

この形の修学旅行プログラムは3年前から行っているが、中にはプログラムの前後で生徒にどのような変化が起きているのか、生徒のふりかえりアンケートから分析し、可視化しているケースもある。それによると、プログラム参加後、生徒たちは自己肯定感が高まったり、社会へ接続している感覚を得られたという結果も出ている。さらに感想文から紐解かれた分析でいうと、自分の心と向き合うきっかけになった生徒も複数いたという。

「とある高校生の例を紹介するとね。その学校はいわゆる進学校で、周りはみんな大学受験を意識しているんだけど、その子はずっとそこにモヤモヤした気持ちを持っていて、でもそんなことはずっと言えずにいたわけ。でも、プログラムで出会った島のおじぃが自分の人生を語る中で、『若いんだから何でもやったらいいさね』みたいなことをぽろって言ったのが、なんだかものすごく刺さったらしくて。結局修学旅行が終わったあとに、先生に、自分が今までずっと悩んでいたことを初めて打ち明けて。

『自分は大学受験をせずにこっちの道に進もうと思う』とすっきりとした顔で話す生徒の顔を見て、この生徒と2年間一緒にいたけど、そもそも悩んでいることすら知らなかった先生が、『わずか数時間の出会いで、それだけパワフルなきっかけを与えた、これものすごいことですよね』って。こういう場がどんどん生まれているんだよね。」


全てにつながるのは、場を育む力

修学旅行というわずかな時間でも、島の人の言葉が心にずっと残り、生徒にとって前に進むきっかけになるということがあるのだ。きっと、そこで生きる人たちのリアルな言葉を、その人たちが暮らし、活動している場所で聞くからこそ、染み入るのだと思う。そういった修学旅行のような場所で、自分のことや活動の話をしてくれる地域人材は、実はたくさんいるのだとじょりぃさんは言う。ただ、そこで重要となってくるのがファシリテーターの存在だ。魅力的な活動をしている地域の人たちでも、初対面の高校生を前に話をするとなると、難しさを感じる場面も出てくるだろう。そんな時に、地域の人と外から来た人との間に立ち、島の人や活動の中にある価値にスポットライトを当て、双方が学びを得られるような場づくりをしていくのがファシリテーターの役割だ。

「20代後半から30代にかけて、ホールアースで過ごしたことによって得たこと、学んだことっていうのは、全部今の自分に繋がってて。それは、何か個別のスキルとかじゃなくて。例えば、修学旅行の洞窟探険の時の、ガイドとしての生徒たちとの関わり方もそうだし、大人向けの人材育成の研修をしてる時の、講師としての参加者との関わり方とかもそう。全て、結局は“いかに場を育むか”なんだよね。まさに、こうやって地域でいろいろ活動をさせてもらってる時の、自分なりの地域との関係性の育み方に全部繋がってる気がしているんだよね。」

廃校を活用したワーケーション拠点施設の運営にも関わる。ここでも、土の人と風の人を繋いでいる。


未来の息子に贈りたい、うるまの景色

今でこそ、うるまという地に足をつけ、自分ごととして地域のことを語れるようになったというじょりぃさんも、ホールアース時代は自分でも“ふわふわ”していたという。

「昔は “自分は軽い”っていう自覚があったけど、今はだいぶ変わったんじゃないかなと思う。やっぱり一つのうるまというエリアに集中して活動をするようになったっていうのは、全然違う。まさに、この宿もそうなんだけど、こういう、地域の生まれ育ちの人とかがいろんな思いで、例えば空き家を改修して地域の食堂を作ったりとか、新しい活動を始めたりとか、ここ3、4年ぐらいでうるま全体ですごく増えてて。次々に何か面白い動きが発生しているから、僕としてはそこをどうさらに面白く、何か一緒にできるかな、みたいな発想で考えてる。」

「じゃあ、なんでそんなに地域の面白さを見出したり、豊かにすることに力を注げるかというと、すごい突き詰め言うと、なんか、超エゴなんだよね。エゴって何かといったら、息子のためというか。息子はうるまで生まれて、うるまで育っているじゃない。そうすると、彼が大きくなって、いつか『僕は沖縄のうるまっていうところで生まれ育ってね』っていう話を絶対どこかでするわけよ。そのときに、彼がどういう温度感で“うるま”っていう言葉をそこで出すかが、親としてはめちゃめちゃ大事というか、そこ気になるなと思っていて。そのときに彼が、愛着とか誇りとかポジティブな温度感で話してくれると、親としてはハッピーだなと思う。」

“この場所が好きだ”と、生まれ育った人たちが思えることこそがきっと、地域の豊かさにつながっていく。


島の宝を見つけて、価値を伝える

そこで生まれ育った人にとって、島の空や海の景色、文化や人々の姿は、きっと外の人にはない感情を抱かせるのだろう。アガリメージョーのオーナーである眞禜里 まえざとさんもうるまの出身で、実はこの宿は彼の生家である。生家を改装してできた宿だけあって、宿としてはめずらしくお仏壇がある。彼の目には、私たちには見えない、この場所で営まれてきた人々の暮らしと歴史がきっと見えているだろう。宿泊してくれたお礼にと、三線の演奏と歌を披露してくださった。このときの「島人ぬ宝」ほど、この地この場所で心に響く歌はないと、歌詞の情景を思い浮かべながら思った。じょりぃさんの息子さんは、将来、どんな思いでうるまを語るだろう。

島人ぬ宝を歌う眞禜里さん
沖縄らしさを感じさせてくれるお仏壇
沖縄らしいグッズを持って記念写真


島の人にとっての日常風景は、それだけでも外から来た人にとっては新鮮な発見がある。でも、それを学びや気づきにまで変容させるためには、”編集力”が欠かせない。ホールアースの活動も、自然や地域の価値やおもしろさをどう編集してどう伝えるかという点で、全く同じだ。

例えば、島では当たり前にやっていることでも、外の人からしてみるとすごく興味深いことだということもある。うるまで暮らし、地域の人と接するうちに、“外から来た”じょりぃさんだからこそ見つけた島の人たちの魅力や面白さが、きっとある。そして見つけた価値を、自分なりにどう編集し外に伝えていくかはまさに、「自然ガイドとして、目の前の自然の価値をどう伝えるか」という目線と同じなのだという。地域と自分の関係性というのは、長く住めば住むほど比例して深まっていくとは限らない。それは、自分とその地域との接点が人や文化など、あらゆる面で増えたり、その地域の人たちと共に創りあげていく何かがあってこそ、深まっていくものなのではないだろうか。

“自分のために”と思って取り組んだ地域づくりは、あらゆる人の人生を豊かにしながら、未来を担う次世代へとゆっくりと引き継がれていく。

後世に残していきたい美しい海

文・写真:小野亜季子


【インタビューを受けて】

3人がうるま市まで足を運んでくれたことに感謝すると同時に、「ホールアースから学んだことは何だろう」という問いに喜びを感じた時間でした。
 
アッパーからの「じょりぃにしかできない、新しい環境NPOを創って欲しい」という志のバトンだったり、20年以上も続く四季コース参加メンバーとの人生の語りあいだったり、高知県・大川村の皆さんの、あるものを活かす暮らしだったり。
 
「自然学校」の自然って、一義的にはもちろんネイチャー。でもこうしてふりかえると、自然(じねん)もあるなって。今、情熱を注いでいる地域づくりも学びの場づくりも、自然(じねん)のあり方・生き方を応援しているんだと、改めて気づくことができました。ありがとう。

(田中啓介)

 【じょりぃの活動リンク集」
100年後のうるまをつくる、地域づくり会社
廃校をリノベしてワーケーション拠点施設に
うるまの関係人口づくり
地球志民教育を実践するグローバル教育団体
商店街に生まれたフリースクール小学校
発酵食で、お母さんにつながるすべての方をサポート

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