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“発達障がい”という個性を自然の中に受け入れる


誰にでも個性はある。だけど、当の本人は当たり前すぎて、それが自分の個性だと気づきにくい。得意なこと、ワクワクすること、興味津々なこと、どれもがその人の個性だけれど、それが「自分の価値なんだ」と認識することは大人でも難しいことがある。
発達障がいと呼ばれる特性を持つ人々は、特にそういった自尊心や自己効力感を持つのが苦手だという。一言に発達障がいと言っても、その性質は十人十色だ。

近年、発達障がいがあると診断される子どもは急増しており、文科省のデータによれば、30人学級に2人いる計算になるという。具体的にどういった症状があるかというと、例えばADHD(注意欠陥・多動性障がい)の場合、年齢に見合わない「不注意さ」、好きなこと以外に対する集中力がなくじっとしていられない「多動性」、思いついたことをよく考えずに即座に行動に移してしまう「衝動性」が見られる。一方で、好きな分野では集中力を発揮したり、独創性に富んでいて発想力があったり、好奇心旺盛でチャレンジングといった長所も多い。ただ、そういった潜在能力も、周りの人と同じように行動できないことが日常的に多く「どうせ何をやっても上手くいかない」と考えがちになると、引き出すことが難しくなる。

そんな子どもたちが、自然の中でのびのびと楽しみながら様々なことにチャレンジし、自分の長所やワクワクすることに気づき、自信を持つきっかけづくりをしたいと、「発達凸凹自然体験教室 なないろの大冒険」は活動をスタートした。

今まで、ホールアース自然学校は修学旅行で富士山麓を訪れる学生や、キャンプに参加してくれる子どもたちに、40年近く自然体験を提供してきたが、「発達障がいのある子どもたちとその保護者に向けて」と限定的にプログラムを企画したのには、あるお母さんの言葉がきっかけだったと、担当の廣瀬は言う。

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「ホールアースに来る前、東京で放課後デイサービスの仕事をしていたんだよね。その時に、発達障がいの子どもを持つお母さんに『いつも子どもを連れていくのが施設ばかりで、本当は自然の中に連れていってあげたい。自然の中でのびのびと、色んな経験をさせてあげたいけど、自分では連れていけない』と言われて。例えば、発達障がいの子は何かに興味を持つとそれ以外見えなくなって、危険なこととそうじゃないことのボーダーラインがわからなくなってしまったりするんだよね。だから、自然体験をさせたいと思っても、活動のリスクを理解して、適切な対応ができないといけない。公園と違って危険度も高くなるからハードルが高くて。そのことがずっと心の中にあって、自分に何かできないかと模索していたんだ。」

6年間の放課後デイサービスの仕事を通じて、様々な発達障がいの子どもたちと、その親御さんと接してきた中で、廣瀬は彼らの悩みを目の当たりにしてきた。自然体験が彼らの成長にとって、何か良い効果があるのではないかと、専門家の助言も受けながら、3年ほど前から彼らのためのプログラムをつくり始めた。

プログラムは年に4回実施する。今年度は、7月は川遊び、9月はカヤック、11月は洞窟探検、3月は里山ロゲイニングと、それぞれの季節に合った日帰りの内容を企画している。前述のように、発達障がいの子どもたちは大人が予測できない行動をとることがある。楽しくなると余計にそうなってしまう。そんな場合でも対応できるように、発達障がいの子どもたちの支援をしている専門家やボランティアの方々に協力してもらい、それぞれどのご家族の対応をするか担当を決めている。また、各回メインのプログラムは用意しているものの、できるだけ子どもたちの気持ちによりそい、柔軟に対応しようと意識している。例えば、川遊びのプログラムでも、虫とりがしたくなれば、そうしてもらう。

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まだ始まって3年目で発展途上ではあるが、参加してくれる子どもたちやその親御さんが楽しんでくれたり、喜んでくれたりするのを肌で感じてきた。先日の7月のプログラムでは、親子の姿に心温まる場面もあった。

昼食後の自由時間、その子はクライミングに挑戦した。しっかりとロープでつなぎ、安全確保しているとはいえ、高いところに自力で登るのは怖さがある。ホールドの形も様々で、持ちやすいものもあれば足をかけにくいところもある。当然、ホールドが欲しい場所にあるとは限らない。


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でも、弱音を吐かずにその子は一歩ずつ登っていった。お父さんやスタッフで「右上につかめるところあるよ!」「一旦左下に足を置こう」とアドバイスをしながら見守った。

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「カンカンカン!」

てっぺんにあるプライパンをたたく音が響いた。ゴール!拍手が沸き起こった。下に降りてくると、お父さんは「よくやったな!!」と笑顔で何度もその子の頭をなでていた。

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そして、その子を抱きしめてあげていた。お父さんにとっても、本当に嬉しかったのだという気持ちが伝わってきた。本当はその瞬間をカメラにおさめたかったが、なんだかシャッター音でその瞬間を邪魔したくなくて遠慮をした。それほど、大切な時間だったと思う。
「頑張れた!」「上まで登れた!」という達成感はもちろん、そうやってお父さんが応援してくれた、抱きしめてくれたという記憶は、きっとその子にとって宝物みたいになっていくのだろう。

また、川遊びでも子どもたちは小さなチャレンジをたくさん経験した。

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川の流れに逆らって泳ぎ、向こう岸まで着くと、対岸にいるお父さんに「パパー!(僕って)すごい!?」と大きな声で聞いていた。するとお父さんも大きな声で「うん!すごい!」と笑顔で答えていた。

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その子が渡った場所は少し流れが速くなっているところで、そこから川に飛び込むとスーッと川下の方に流れていく。それが天然の流れるプールのようで、気に入ったその子は何度も何度も流れに逆らって泳ぎ、向こう岸からジャンプを繰り返した。実は、この子は普段は顔を水につけられないくらい水が苦手なのだという。言われるまでは全くわからないほど、その子は思いっきり川遊びを楽しんでいた。

一方で、プログラムの終盤、癇癪を起してしまった子もいた。ご両親がなだめていたが、なかなかおさまらなかった。そんな時、他の子どもたちは「どうしたのかな?」と気になっていたようだが、他の親御さんはそのご家族の状況も、お気持ちも、きっと手に取るように理解されていたのではないかと思う。
発達障がいがあるお子さんを育てる中で様々な悩みや難しさがあることを、担当の広瀬は前職の経験で痛いほど知った。この活動では、そういった親御さんたちのサポートもできるようになりたいと考えている。今はまだ新型コロナウイルス感染防止のため、人と人との物理的な距離でさえ縮めることが難しいが、ゆくゆくは親御さん同士がつながり合い、それぞれの経験を共有できるような場づくりもしたいという。


自然体験が、発達障がいの子どもたちにとってどのくらい効果があるのか、目の前で楽しんでくれている子どもたちを見ているとはいえ、未知数だ。この活動の中では参加者にご協力いただき、大学の研究機関と連携して効果測定を実施している。活動の前後で、子どもたちの感情にどんな変化があるのか専門的な手法を用いてヒアリングを行っている。調査数がまだ少ないため、現段階では結果を一般化することはできないが、今後調査を発展的に行い、エビデンス(信頼性の高い実証結果)を取得できるようになれば、彼らの成長の機会を増やしていくことにつながっていく。

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活動名の中にある「発達凸凹」という言葉は、様々な場所で使われている。私たちも、“障がい者”と呼ぶことに違和感があり、この言葉を使うことにした。便宜上、障がい者と言わざるを得ない場面はあるが、障がいがない人でも多かれ少なかれ誰にだって“凸凹”はある。苦手なこと、得意なことなど、それぞれを補い合って助け合いながら私たちは生きている。発達障がい者の人々はきっとその凸や凹の形が他の人より違うというだけなんじゃないだろうか。「できなかったことができた!」「楽しいことを見つけた!」その小さな成長をみんなで見守り、喜び合うこの空間には、温かい空気が流れている。


*この活動は「ドコモ市民活動団体助成事業」のご支援の下、運営しています。
*ご協力いただいている方
夏目徹也氏(焼津南小学校発達障害通級指導教室教論)
齋藤剛氏(静岡福祉大学子ども学科教授)
齋藤朝子氏(スクールソーシャルワーカー【静岡市、城南静岡高校】・
NPO法人発達障害児応援団NPOばく)

*今年度の活動はまだまだ募集中です。詳細はこちら


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