儚く、愛おしい水曜日の午後
駅からおりてすぐ、
分かりやすい位置にあるガストを目印に進み、ビルのスロープを上がった奥に、
そのお店はあった。
お店の正面が、ビルを上がるときには見えないところもなんとなくワクワクさせた。
今日は、友達が店員さんをしている、そのお店についに足を運んでみたのだ。
なんとなく高揚しているのが、お店の外で待っているときの、向こう側のビルに移る自分の姿でわかった。
数分待って、店員さん(友達)が迎え入れてくれた。
案内されたのは、お店の一番奥にあった、壁に向かう椅子一台の席だった。
なんだかすでに引き込まれた。
私のためだけに用意された、特等席のような気がした。
ほうじ茶が好きな私は、ほうじ茶ラテと気になっていたプリンを注文した。
が、プリンはあいにく売り切れだったので、チーズケーキにしてみた。
注文を待っている間、私はずっとあたためていた一冊の本を読み始めた。
買ってから数か月たっていたが、どこかでゆっくり、
自分と向き合いながら読みたいと思っていた一冊だった。
まだ店内にお客さんは多く、会話が飛び交う中で、
私は壁向かいのはしっこの特等席で、少し緊張気味に、前かがみでその本を読み始めた。
まずはプロローグから。
プロローグが読み終わるころ、ほうじ茶ラテが到着した。
見惚れるようなきれいな泡がのったその子は、見れば見るほど愛おしかった。
一口飲んで、思わず声が出そうになった。
うまい、うますぎたのだ。
きれいな食レポで魅力を伝えられないのが悔しいけど、間違いなくこれまでの中で一番のほうじ茶ラテだった。
この時ばかりは、誰かと美味しさを共有したくなった。
幸い、チーズケーキを届けに来てくれた友達には伝えられたのだが。
ということで、チーズケーキもいただく。
ケーキを上から縦にフォークをさす感じ、たまらなくドキドキする。
うはあ、これもうまい。。
なめらかで、でもちゃんと固さもあって、ゆっくり大切に味わいたくなる感じ。
お隣に座るクリームは、甘すぎず、ケーキの味わいを引き立ててくれる。
さくらんぼものっていて、なんだか懐かしいような、愛くるしかった。
それから、このケーキとほうじ茶ラテがまた合うわ、あうわ。
結局、ゆっくり大切に味わうはずが、おいしすぎて数分でいただいてしまった。
三分の一くらいのほうじ茶ラテを残し、
本の続き、第一章を読み始めた。
だんだんと店内のお客さんも少なくなってきて、会話の声と、店内の音楽が同じくらいのバランスで耳に伝わってくるようになった。
店内の音楽は、なんとも言えず、懐かしいような、やさしいような、あったかいような、それでいて神秘的で美しいような。
うまく言葉にできないけど、すっと耳に入ってきて、本の内容を邪魔せず、むしろ寄り添ってくれるような心地いい「音」。
いい感じに、私も本の世界に入ってきた。
それから、これくらいに気づいたのだが、
私の座っている左手にある、照明のなんともちょうどいい、あったかい「光」。
店内はすこし明かりが暗めで、落ち着いた雰囲気になっている中で、
ここにその明かりがあることで、わたしの手元の、本の文字が照らされて、そのおかげですっと本の内容が入ってくる。
たぶん周りが明るすぎたり、ここにこの明かりがなければ生まれない状況なのかなってふと思った。
第一章は、山場に差し掛かっていた。
いよいよ本の世界にどっぷり浸ってきた私だったが、この場所、この空間の中にも溶け込んできている感覚があった。
壁向かいのはしっこに座っている私だったけど、この場所だからこその魅力に気づいてきた。
壁向かいで、かつ明かりが当たっていることで、壁に時々人の「影」が映る。
帰ろうと席を立つお客さん、トイレに立ち上がるお客さん、飲み物などを運ぶ店員さんの影が。
それから、はしっこだからこそ、店内のいろんな「声」が聞こえてきた。
それは、もちろん店内の音楽もそうだけど、お客さん同士の会話、店員さんとお客さんとの会話、扉を開け閉めする音、椅子を引く音など。
それらの「影」と「声」があることで、壁向かいの端っこの席でも、孤独感というものをまったく感じさせなかった。
むしろ、その「影」と「声」を独り占めしているような感覚で、その空間の中心のような気分だった。
そんなこんなで、すっかりこの空間に愛着をもった私は、はじめは前かがみで本を読んでいたのに、今や椅子の背もたれに身を預けていた。
もう、第一章も超、超山場。
不思議なことに、最近の私、および周りの状況に本の内容がすごくリンクして、完全に浸っていた。
なんかすごく、泣きそうだった。
本の内容だけじゃなくて、この空間すべてに浸っていて、
胸がきゅっとなる感覚だった。
なんともいいタイミング、第一章が読み終わるころ、店員さん(友達)がお皿を下げに来てくれた。
すんでのところだった感情が思わず漏れて、「泣きそう」と伝えた。
第一章が読み終わった。
もう、なんだか幸せだった。心が豊かで、すごくすごく心の内からあったかいような。そんな感じだった。
もう一周ぱらぱらっと第一章を見返して、本を閉じ、わたしは席をようやく立ち上がった。二時間くらいいただろうか。
レジでも、つい感情が漏れて、「幸せだった」と友達に伝えた。
それを少し奥で聞いていた、店主の奥さんのほほえみのあたたかさは、忘れられない。
ほんの少しだけ、このお店の「想い」に触れることができたような気がした瞬間だった。
三人の顔が見えるレジのその空間で、
友達も、店主のご夫婦も、この空間に愛着をもっていて、
この空間に溶け込んでいるような雰囲気を感じた。
それがすごく、すごくあったかくて、
またこのお店に来たいって思わせてくれた。
なんとなく名残惜しいような気持ちをあとに、そのお店を出た。
ついでに、このお店のアンティークなドアの押し引きを覚えて。
二階にある隠れ家っぽい本屋さんに寄ったのだが、これもまた魅力的で、
奥が深そうで、今度ゆっくり来よう、と思った。
お店のあるビルをあとにしたときには、
雨すら愛おしいと思える感覚だった。
電車に乗っている人も、道を歩いている人も、
もうこの世界が愛おしく見えた。
こんな感覚になったの、初めてだった。
余韻に浸りながら電車で家に帰り、まだ残る余韻を確かめるように、
あのお店の音楽を聴きながら、さっき読んだ第一章を読み返した。
けど、どうしてもあのお店で読んだ時と同じ感覚にはなれなかった。
たぶん、あのお店の、あの雰囲気の、あの店員さんたちがいる空間だったから、味わえた感覚なんだって思った。
それに気づいたら、今日、あの空間で、
この本の「プロローグ」と「第一章」を読めてよかったとしみじみ思った。
忘れたくない、大切な余韻。予感。
何気ない日常に、儚くも愛おしい彩りを与えてくれた、
何か大切なものを思い出させてくれた、
「喫茶prologue」
また行きます。
今度は、ドリップコーヒーと、プリンをいただきに。