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タンテイがくれた棒つき飴

こんな夢を見た。

新しく出来たアウトレット・モール。凄まじいばかりの混雑。子どものわたしは、くちばしの長い珍しい鳥のぬいぐるみに目を奪われて、雑貨店に駆け込んだ。それを手に取り、眺めている内に、ふと、自分の周りに両親がいないことに気づく。ぬいぐるみをその場において、モールの広い回廊に飛び出して周りをみまわしたけれど、見つけることができない。

楽しかったはずの周りの風景が不意に暗く、色あせて見える。幸せそうな見知らぬ親子達。皆手をつないで、お互いを見失わないように気をつけている。その中で一人、たたずんでいるわたし。助けを求めなければ、と思ったが、自分の不注意で迷子になってしまったことを言い出すのがはずかしい。周りの大人がみんな怖い人にみえてしまう。どうしたらいいかわからず、口をキュッと結んで、両手の拳を握りしめ、ただその場につっ立っていた。

「おや?どうしたの?泣いているのかい?」
顔を覗き込むように話しかけてきたのは、笑顔の少年。


「泣いてなんか、いないわ。」
弱みを握られた気がして、言い返した。実際泣いてないし。

「それは失敬。目から涙がでていない、という意味では確かにね。けど、助けを求めているようにみえたよ。ほんとうは、涙を流さずに泣いているひとの方が多いんだ。僕に出会えたのは、今日の君の幸運だ。力になろうか?」

つっけんどんなわたしの返事にあくまで笑顔で応じるその子。大人みたいな口を聞いてるけど、わたしとそう変わらない年頃に見えた。その証拠にズボン吊りしてる。最後の一言が、ほんとうはどれだけ有り難かったことか。でも、同年代の子よりは自分の方が大人だ、という自信があったわたしは素直になれなかった。

「あなたはわたしとほとんど年も変わらないじゃない。頼りにならないわ。」


少年は胸を張って答えた。
「頼りになるさ。タンテイだからね。」


探偵?このズボン吊りの少年が?胸を張って意気揚々とそう答える姿がおかしくも、頼もしくもみえた。誰かと話している、というだけで、心細い気持ちが少し薄らぐ気がした。

「あなたが探偵さんですって?」
「そうだよ。スイリしてみせようか。」
そう言って少年は、ズボンのポケットから虫眼鏡を取り出し、何やらわたしを観察し始めた。


「ふーむ。君は迷子になってしまったんだね。その証拠に、お父さんや、お母さんが周りにいない。」
わたしは吹き出してしまった。虫眼鏡でみなくてもわかるでしょうに!

「そして君は、お父さんが好き。お父さんは優しくて、君が大好き。」
「な、なんでそんなことわかるのよ。」不意を突かれて、つい聞き返してしまった。

「君のその春物の白いセーターの右ひじのところに、紺のセーターの繊維がくっついている。君がお父さん、あるいはお母さんの左腕にぶら下がって歩いていた証拠だ。紺色だから、多分お父さんだと思っただけ。このモールは左側通行だから、君がぶつからないようにお父さんは君の右側を歩いていたんだね。つまり、お父さんは優しくて、君が大好き。」


わたしは感心してしまった。ただポーズで虫眼鏡を出してきたのかと思った。

「その大好きなお父さんやお母さんの姿が今みえないから、君は迷子だってスイリしたんだ。簡単なスイリだよ。なんではぐれちゃったかな。」

ニコニコ顔でそんなことをいうその子が憎らしくなって、つい言い返したくなる。
「泣いてないもん。それに、あなたの周りにもお父さん、お母さんがいないじゃない。あなたも迷子なんでしょ?」

男の子は、「心外な」というような表情をする。
「ケンカイノソウイだね。たしかに父さんの姿は見えないけど、僕は探してないよ。むこうが必死で探していると思う。つまり、父さんが迷子だ。」
偉そうにいってるけど、迷子なんじゃん!同じ境遇にいる子を見て、なんだか勇気が出てきた。

「ねえ、一緒に探さない?」
「僕はタンテイだから、ヘーキだよ。」としぶるその子を引っ張るようにして、わたしはあっちに歩き、こっちに歩きした末に、インフォーメーションセンターへとたどり着いた。

綺麗なお姉さんに、勇気を奮って話しかける。もう大丈夫だ。恥ずかしくも、怖くもない。二人だもの。
「あのう、わたしたち、迷子なんです。」
「僕は迷子じゃないよ。父さんが迷子なんだ。」
「ちょっと黙っててよ。」

ブースの前で突然もめ出す二人に少し戸惑いながら、それでもインフォーメーションのお姉さんは優しく笑いかけ、二人に棒付き飴をくれると、ゆっくり話を聞いてくれた。


(迷子のお知らせです。白いセーターに、ピンクのスカートを履いた、〇〇ちゃんをインフォーメーションセンターでお預かりしています。ご両親は、すぐにおいでください。)

一生懸命聞き出そうとしても、「僕はタンテイだから、助けはいらない!」と頑なに名前を言わないその子。仕方なく、わたしの放送だけがかかった。ちょっと恥ずかしいけど、もう安心だ。

ところが、、、。10分待っても両親は現れない。棒付き飴も、最初にご機嫌で食べてしまって、もうない。さっきまで、あんなに元気が出たつもりでいたのに、再び泣きそうになっている自分に気づいた。隣で見ている男の子の目線に気づいて、両手のこぶしを握りしめ、なんとか我慢してみる。

と、男の子は不意に、右手に持った、まだ開けてない棒付き飴をクルクル器用に回転させ始めた。
「見てごらん。」
得意げに棒付き飴の回転を披露する男の子。その魔法のような美技に、つい見惚れてしまう。
「あげるよ。」
棒付き飴の回転を止めると、それをわたしの手に握らせてくれた。

「放送をかけてもお父さん、お母さんが来てくれない。もし、君がいないことに気づいていたとしたら、店内放送には注意するだろうし、直接インフォーメーションセンターに来てもいいわけだよね。と、いうことは、、。」

「と、言うことは?」

「気づいていないんだよ。君がいなくなったことに。お父さんはお母さんと、お母さんはお父さんと君が一緒に居る、と思い込んでいるんだ。だから放送も耳に入らない。」

そうかもしれない!と直感的に思った。アウトレットモールは広い。人も多いし、お父さんとお母さんは別々に買い物しているのかも。二人とも買い物に夢中なのだ。全くうちの両親ときたら、、、。

「心配はいらない。僕はタンテイだから。タンテイはいつでも、どうしたらいいか知ってるんだ。君のお父さんとお母さんの方から君を探してもらえばいい。

そう言い放つとその子は、傍に置いてあった消火器を持ち上げ、安全バーを外して、いきなり中身を噴射し始めた。

慌ててインフォーメーションセンターのお姉さんが警備員に電話をかける。その場を離れようとする親子連れ。白煙を物ともせず、こっちへ向かってきてその子を止めようとする人たちもいる。その中に、、。お父さん!!その姿を見た瞬間から、みるみるわたしの視界がぼやけていく。それは決して白煙のせいではない。

非常事態が起きた時、子供連れの人は現場から離れようとする。子供がそばにいない人は、巻き込まれていないか探しにくる。これも簡単なスイリだよ。」
笑顔でそんなことを言うと、ズボンつりの「タンテイ」は白煙の向こうに消えた。

その後あの子がどうなったのかわからない。あの子の名前さえ、知らない。ただ、わたしの手の中の棒つき飴だけが、その子がいたことを物語っている。

そんな夢を見た。

(了)

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