<短編>UFO河原(前編)
「断じてそれはなりません。」
執事長の<イジチ>には取り付くシマもない。
「みんながやっていることよ。何故私だけダメなの?」
涙目で反論するが、イジチは厳しい表情を変えない。
「お嬢様はお体が弱くていらっしゃいます。また、ご経験も少うございます。決して才能がないとは申しませぬが、技術の習得にはかなりの年数がかかり、危険も伴います。このK府は魑魅魍魎集まる魔都でございます。ルールを守らぬ有象無象が全国津々浦々から続々と流入し、あるものは路地裏を、あるものは大通りさえも、我が物顔に跳梁跋扈しているのです。マサオカ家の唯一の跡取りであるお嬢様をそのような危険に晒すことは、たとえお天道様が許しても、このイジチは許しません。」
「そんな、、。」
<お嬢様>マサオカ・サクラコは救いを求めるような目をお世話係の<フクダ>に送る。フクちゃんなら、自分の気持ちを判ってくれるはずだ。
しばらくの沈黙の後、フクダは口を開いた。
「イジチ様。私から提案があります。まず、、、。」
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目の前に迫った「討議」の準備は過酷を極めていた。僕は来る日も来る日も深夜の部室で、眠い目を擦りながら役に立つんだか立たないんだかわからない本を読み漁り、重要なんだかそうでないんだかわからない項目に線を引いては抜書きしたりしていた。
集中力がなくなってきたと思うと買い込んできたエナジードリンクを飲むが、一時の気休めにすぎない。ここ数日でエナジードリンクの空き缶はみるみるその数を増し、僕の作業用の机の周りに置かれ、あたかも僕の居城の城壁のように積み上がった。どこからどう見てもこれ以上の戦いは不毛だ。僕は仮想の城壁の上に白旗をあげ、勇気ある撤退を決めた。
午前二時、川沿いのやや上りがかった帰り道。自転車で漕ぎ上がる気力も失い、河原のベンチで一休み。あたりは黒々として、どこまでが河原でどこから川になっているのかもよくわからない。ただ、せせらぎだけが疲れた僕の耳にそこに流れがあることを知らせる。見上げると、月のない夜空に星が瞬いている。夜の風は涼しい。
あの星々のどれかを巡る惑星にも誰かが住んでいて、空を見上げているのだろうか。その誰かもエナジードリンクを飲みながら徹夜作業をしたりしてるんだろうか。宇宙は広い。大宇宙の辺境に位置する銀河系の中でも辺境にあるなんの変哲もない恒星を巡る第三惑星。辺境の国のそのまた辺境で僕が今していることにどんな意味があるというのだろう?
僕は、要するに現実逃避している。さらに言えば、「辺境」という言葉を使ってみたいだけだ。いかんいかん。
そこで僕の思考は停止した。目は対岸に釘付けになった。
明滅する光が南から北へ動いている。赤、黄、白、青、、。眩いばかりの光線は、時にランダムに、時には何かの複雑な幾何学的パターンをとって光っては消える。消えた光は残像となって、左から右へ伸びる滑らかな線を僕の網膜に映し出す。水面への反射がはじめて僕の目の前に川があることを告げる。
そう、何らかの物体が閃光を放ちながら音もなく滑るように対岸を移動しているのだ。その大きさは、遠目ではっきりはわからないが、小型自動車くらいだろうか。光の中央に、ドーム状の頭部をもった人型のようなものがぼんやりと浮かび上がる。
さらにその光はゆっくりと右斜め上に離陸し始めた。音もなく、優雅に地表に別れを告げる七色の光。呆気に取られているうちに、一瞬その光は地上から跳ね上がるような動きを見せた後、突然姿を消した。
完全なる暗転。その場には再びせせらぎだけが残った。
エナジードリンクのもたらした幻覚だろうか。それとも夢をみていたのだろうか。
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「ううむ、、。これではまだ安全とは言えぬ。あの程度の段差で機能停止してしまうとは。」
イジチが眉根を寄せ、声を絞り出した。
「さらに万全を期して、新たな装備を足しましょう。装甲も強化すべきです。」
フクダも真剣そのものだ。
「しかしそれでは重くなりすぎてしまうではないか。」
「昨今の技術革新には目を見張るものがございます。軽量化、省電力、薄く軽く、より丈夫な素材、、。マサオカ電機の技術者集団の力を持ってすれば、まだまだ改良が可能です。」
「フクダよ。私はヌシを見誤っておった。お嬢様の安全にかける想い、それはこのワシに勝るとも劣らぬ。ヌシこそが次期執事長に相応しい。」
「私は生涯、お嬢様のお世話係を努めます。この身が朽ちるまで。」
フクダの決意を聞いたイジチの目には光るものがあった。
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光る物体を目撃した翌朝。
僕は昨日の経験を<シューリンガン>ウチムラ先輩に打ち明けた。こういう種類の相談をするのに一番ふさわしい人のような気がしたからだ。端的に言えば、僕の周りにいる人の中で一番「宇宙人」に近いと思ったんだ。
話の途中でシューリンガン先輩はいつものようにパイポを取り出し、それを優雅に回転させ始めた。「発光物が離陸を始め、突然姿を消した」のくだりのところで不意にその回転も止まる。推理が終わった証拠だ。
「どうですか?先輩!?」
「はっきりと言えることは、UFOの類ではない、ということだね。何と言ったって、UFOとは、Unidentified Flying Objectの略だからね。君が目撃した物体は、正確には飛行しているところは確認できていない。わずかに離陸したかどうか、というところで消えてしまったわけだ。むしろ対岸を明滅しながら滑っていたというじゃないか。すなわち、Unidentified Sliding Object、つまりUSOとでも呼ぶべきものだ。」
「USO!?ウソじゃないですよ!何が悲しゅうて先輩にこんな嘘をつかんといかんのですか!?」
「『何が悲しゅうて<謎の発光物体を見た>という嘘をつかないといけないか?』という君の問いについてはいくつかの悲しくも有力な仮説を立てることができるが、、。それは置いておいてだね。結論を言えば、宇宙人の仕業だね。これは。」
「んなわけないでしょ!?」
僕のツッコミにも、先輩は笑みを浮かべるだけで、それ以上語ろうとはしなかった。
(後編に続く)
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