見出し画像

探偵討議部へようこそ⑥  #7

前回までのあらすじ
ヒデモーのベルトと靴を届けるべく、自転車で坂を登るハシモーはもはやノックダウン寸前であった。もう自転車を降りようか、という瞬間に助けにきたのは<ロダン>オットー・コマエダとリョーキちゃん。ロダン先輩の暴走自転車に二人乗りしたハシモーの尻は割れる寸前であった。

前ページへ

これ以上恐ろしい乗り物はこの世に存在しないと思う。

ロダン先輩の駆る自転車は、いまや下り坂でジェットコースターもかくや、というものすごいスピードになっている。お尻の感覚は、もう死んだ。痛みすら感じない。おそらくいまの僕のお尻に「ヘイ、尻」と話しかけてもなんの返答もないだろう。何台もの車をきわどく追い抜き、目前に東インターのゲートが開ける。そして、ついに見えた。青のドミンゴ。「たこ焼きのステッカー」までは確認できないが、、。ここは尻込みしている場合ではない。今まさに、ドミンゴがゲートを通過しようとしているじゃないか。

「ロ、ロダン先輩!あれです!青のドミンゴ!」

僕は叫ぶ。だが、遅かったか。自転車は高速通行禁止だ。

「オーケイ、ハシモーくん。これからちょっとした冒険だよ!」

快活に言い放ったロダン先輩は、ついに封印を解いた。上り坂でさえ、一切見せようとしなかった、秘儀、「立ち漕ぎ」。

その瞬間、ロダン先輩のママチャリの後輪が煙を上げる。ペダルと後輪をつなぐチェーンが、チェンソーのような回転を始める。スターウォーズのワープのシーンのように、視野が狭まり、風景は前方の一部を除いて放射状に後方に飛んでいく。

(ちょっと待って!ドミンゴ!!)ああ、だけど無情にもドミンゴはゲートを通過し、高速走行に入らんと加速していく、、。

「フン!!」

ロダン先輩はその光景にもひるまず一層の気合を入れて立ち漕ぎを続ける。美しい顔が風圧でゆがむ。ゲートは目前まで迫っているが、一向に速度を弱める気配はない。その時、ロダン先輩は言い放った。

「できるだけ細く!ハシモーくん!!」

「できるだけ細く」、の意味を考える間もない。自転車はゲートに突入。両開きの赤白バーのわずかなすきまに飛び込むママチャリ。いかに高速チャリとはいえ、ETCは装備してないはずだ。

「きゃーーーー!」思わずなさけない悲鳴をあげる僕。バーは僕の鼻先をかすめてあっという間に後方へ。ドミンゴは、前方わずか50メートル!わずかにたこ焼きのステッカーらしきものも視認できる。

自転車の世界最高速度は時速264キロらしい。だが、これは風の影響を最小にするために大きな風防をつけたレーシングカーの後ろを追走し、スリップストリームを使って生まれた記録だ。ママチャリでは時速30キロくらいが関の山、とのことだが、僕はそれを信じない。なぜなら、いかに下り坂を利用して加速してきたとは言え、高速走行に入ろうと加速するドミンゴとの距離をロダン先輩は詰めていっているからだ。

「ハシモーくん、悪いけれど、、。」

ロダン先輩がいう。

「あと5分で勝負がつかなければ、難しいかも。さすがに疲れてきたねえ、、。」

超人ロダン先輩の鋼鉄の体にも限界が近いようだ。Tシャツの背中がびっしょりと濡れている。それでもロダン先輩の体は躍動を続ける。なんとかドミンゴの二人に、僕たちに気づかせる方法はないものだろうか。たのむ!気づいてくれ!!ヒデモー!!リッキー先輩!!少しでいいから速度を弱めてくれ!


同じ頃、ドミンゴの中で、ヒデミネは、すっかり無言になってしまったマスモトの方をチラチラ見ていた。自分の失態のせいで、先輩にこんな思いをさせていることが本当に申し訳ない。しかし、マスモトの方は、インターチェンジを越えた瞬間から、一種の悟りの境地に達していた。

菩薩と化したマスモトは、「ヒデミネ君。」と優しい口調で語りかけた。
「はい、、。」消え入りそうな声のヒデミネ。
「若さ、ってなんでしょうか?」
「若さ、ですか?」
「わたしは思うのです。若さ、とは失敗を乗り越えることのできる柔軟性である、と。」
「はあ、、。」
「なんですか?怪訝な顔をして。」
「いや、先輩がそんな精神論的なことを言われる方と思わなくて、、。」
「あはは。精神論に聞こえましたか。部室をかけた討論会で、探偵討議部に負けた話をしましたよね?」
「いや、先輩はディベーターとしては負けてない、と思います。」
「でも、結果部室を失いました。先輩たちに申し訳ない、と当時、それはそれは落ち込んだものです。ですが、その時、ある先輩に言われて気づいたのです。」
「なんと言われたのですか?」
「『あれでいいんだ。最後までディベートしようとよく頑張っていたね。』と。その言葉でわたしは、本来ディベート競技とはどうあるべきかに改めて気付かされたのです。ボロボロの敗北の中で、自分が守ろうとしたものは何だったか。先ほど君に話したように、聴衆になにかを気づかせるような議論をすることがディベーターの責務であり、勝ち負けだけに拘泥したディベートはグッド・ディベートとは言えないのです。そのためには相手の意見を聞くこと、認めること、そしてその議論の中で何かを生み出すことが必要です。振り返って考えてみれば、討論の相手であった『彼』が指摘した『ディベート競技の負の部分』、つまり、『荒唐無稽な議論で人死にの多さを比べている』の少なくとも一部は『真』だったのです。そのように認識されてしまう現状が変えられるよう、今後、ディベートの質を上げていかなければならない、ということにも気づきました。聴衆の中に何も生み出さなかったあの討論も、私の中には何かを生み出しました。君にも是非それをわかってほしいのです。」
「はい。」
「討論に敗れ、部室を失ったことはわたしにとって大きな挫折、失敗でした。でも、そのことから何かを学び、立ち直ることができたのは、わたしの若さゆえ、です。若さゆえ失敗し、若さゆえ立ち直れるのです。君がディベート部に入部した時、わたしはまるで、昔のわたし自身が入部してきたかのような錯覚を覚えました。自信満々で、勝利がすべて、と考えている君の姿の中にわたしを見たのです。探偵討議部との議論に君を投げ込んだのも、探偵討議部との異次元の議論が君にきっと何かを教えてくれると信じたからです。討論の結果は、期待以上でした。君は若い。挫折から立ち直れる力を持っている。そして、わたしも若さでは負けません。どちらのズボンが落ちようとも、そこから得られる未来の方に目を向けましょう。

熱く語るマスモト。ディベートを愛する彼であるがゆえ、である。だが、その時ヒデミネは何故か目の前にまさしく電光のように目の前に現れたものに目を奪われ、上の空であった。

「マスモト先輩、前をみてください。あれ!」

(続く)

読んでいただけるだけで、丸儲けです。