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探偵討議部へようこそ 八章 第十話

第十話 私は学生が好きだ。

 アララギは満足気に壇上から学生たちを見下ろしていた。

私は、学生が好きだ。教えを乞う立場であることを自覚しているから。
私は、学生が好きだ。魂が柔軟で、様々な考えを受け入れることができるから。
私は、学生が好きだ。アカデミックな香りに弱く、淡い選民意識を持っているから。
私は、学生が好きだ。知識があって、知恵がないから。
擦れて、汚れてしまった大人より、私は素直な学生が好きだ。好きでたまらない。

 アララギは慈愛に満ちた顔で、愛してやまない学生たちに訴える。
「一旦君たちは、生まれたての赤ん坊に戻る。それが、君たちを解放する、ということだ。生まれ変わった君たちは、再び人生の『選択』をし直さなければならない。無限の可能性を持った存在である『マーヴェル・ベイビー』は、宇宙の波動と共鳴する。君たちも、このセミナーのセッションを通して、いずれこの『波動』を感じることができるようになるだろう。そして、宇宙の声を聞き、魂の導くままに『選択』できるようになっていくだろう。この宇宙の真理を知った者、として、私は君たちを導くことにあらゆる努力を惜しまない。」

「スパシーバ!アララギ!」
 突然フロアから声が上がった。参加者を囲むアシスタントたちが、感極まったように声を上げているのだ。アララギはそれを鷹揚に手で制した。

「ふふふ。10年ほど前、私は、とあるロシアの国家機関で新進気鋭の物理学者として量子力学の研究をしていた。素粒子の研究をしているうちに、この世を司る秘密に気づいたのだ。大学生の君たちは、『二重スリットの実験』について聞いたことがあるだろう。素粒子は波としての性質と、粒子としての性質を併せ持っている。二つのスリットに向けて、単一の電子を打ち込むと、『波』としての性質から、回折、干渉を起こし、『干渉波』が観測される。だが、この電子を観測しようとして、スリットのところに機械を置くと、素粒子は即座に『波』としての性質を失い、『干渉波』も消失してしまう。観測されたか、されなかったかで、電子は波から粒子へとその性質を変えてしまうのだ。不思議だと思わないか?」

「不思議です!」
 とアシスタント、そして参加者の何人かも声をあげる。

「つまり、素粒子は誰かに観測されている時には『波』の性質を失い、『粒子』として振舞いはじめる、ということになる。私はこの『観測問題』について、ひたすらに研究し、気づいた!」

「ハラショー!アララギ!」
 アシスタントたちの合いの手が入る。

「そもそも観測、とはなにか?それは『人が意識を向けること』に他ならない。素粒子で作られた万物は、人の意識がない時には波動の形をとっている。人の意識があって初めて、粒子という形で実体化するのだ。最先端の科学的発見。現代の物理学者たちの多くが認める『コペンハーゲン解釈』も、私の発見したこの真理にほぼ則っている。なればこそ!」

 アララギの語調は熱を帯びる。声の力に、聴衆は震える。

「人の意識には万物に干渉し、動かす力がある。万物は素粒子で構成されているからだ。君たちは思うかもしれない。『私たちにはそんな力はありません。』と。君たちにそれができずにいるのは、『固定観念』で自らの意識の力を封じてしまっているからなのだ。君たち自身が作った殻の中で、『マーヴェル・ベイビー』は苦しんでいる。解放を望んでいる。その殻を壊し、生まれたての赤ん坊、『マーヴェル・ベイビー』に戻って、一から正しい選択をしなおせば、宇宙の波動と同調し、万物を動かす力を手にすることができる。今一度、君たちに問おう。君たちは変わりたいのか?」

「変わりたいです!」

「ならば、正しい道を教えよう。」

「スパシーバ、アララギ!」

 会場の熱気は最高潮に達した。

(続く)

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