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社会人大学院生時代の振り返り:2年にわたる研究活動の紆余曲折

北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の博士前期課程に2021年4月から2023年3月まで在籍し、修士(知識科学)の学位を取得しました。この記事では、修了後のいまの視点も交えつつ、講義・ゼミ・研究活動の順に、当時を振り返ります。
研究活動については、研究を目的とした大学院入学を検討されている方に、こんなにも紆余曲折が“あってもいいんだ”ということが伝わればと思い、情けないところも隠さずそのままを綴ります。なお、論文の内容そのものについては、今後の対外発表を目指しているため記載していません。ご関心があれば、TwitterからDMをいただければ幸いです。

入学前から修了までの全体像

以下の画像が、入学前から修了までの全体像です。最右列にはJAIST以外の活動も併記しています。この記事の残りの文章は、詳細を説明しているだけですので、この画像が“2年にわたる研究活動の紆余曲折”の結論にあたります。

講義

私が入学した2021年度は、科学技術研究論文(=修士論文、8単位)+科学技術副テーマ研究(2単位)+必修単位(2単位)+選択単位(20単位)が学位取得の単位修得要件でした。また、選択単位にかかわるプログラム修了要件が別途あり、私はサービス経営(MOS)プログラムの要件を満たせるように選択単位を選びました。
私は修士論文に関する研究活動に時間を割きたかったので、1年目に修士論文以外の単位修得完了を目標に、入学してすぐ履修計画を策定し、自身の年間スケジュールを抑えました。経済産業省Policy Design Schoolへの参加機会が得られたので、夏に履修計画を見直しましたが、1年目終了時点で残り選択単位2単位まで終えることができました。このおかげで、2年目は研究活動に集中して取り組めました。
入学検討中の方へ:JAISTで初めて社会科学的な研究に取り組む(=知識科学の学位取得を目指す)なら、社会科学方法論の講義履修は必須かと思います。研究活動が肌にあうのかを確かめるために、入学前にこの講義だけ科目等履修してもよいと感じるほどです。この講義を通して研究の型を理解・実践できるようにしておかないと、研究活動がつらく感じるかもしれません。

ゼミ

私が所属した伊藤泰信先生の研究室では、月一のゼミが設定されていました。ゼミには欠かさず出席し、画像中に記載している日付のゼミでは研究進捗を発表しました。研究の方向性が定まらない時期には、伊藤先生が品川の東京サテライトにいらっしゃる日時で個別面談も設けていただきました。
また、JAIST知識科学系には、複数名の先生から指導を受けられる研究共創ゼミが毎月あります。主指導教員(私の場合は伊藤先生)とのやり取りで研究を進めるのが基本ですが、私は研究共創ゼミを通して、副指導教員や審査で対峙することになる先生方ともコミュニケーションを重ねました。
いま振り返ると、先生方やゼミ生からのフィードバックは研究を磨き上げることに繋がりますが、ゼミや面談の価値は何よりも研究のペースメイクの役割にあったように思います。頭のなかにあることを何かしら表現しなくては研究に煮詰まっているということも含め誰にも伝わらないことを実感しながら、発表機会を有り難く活用させていただきました。

研究活動

以下、私の修士論文「ストラテジックデザイン実践の初期段階における組織化原理──認定NPO法人AfriMedicoの新規事業構想プロジェクトについてのエスノグラフィックリサーチ」に至るまでの研究活動の変遷を綴ります。専門用語の説明は省いていますので、あくまで紆余曲折の様をご笑覧ください。

入学前(2020年12月-2021年2月)

出願時点で研究計画が必要であることは「大学院選びから入学までの駆け込み」の記事で書きましたが、出願時点では実現可能性に囚われて、業務に関連したテーマで検討していました。しかしそれは「入学を志すまでの半生」の記事で書いたデザイン人類学の探究という入学動機とはかけ離れたものだったため、1月末に伊藤先生宛のメールで「研究に向き合っていくにあたっての自身の知的好奇心・探究心と一致しているのか、断言できないのが正直なところ」と書き、出願を見送ろうとしました。これに対して伊藤先生からは、長期履修制度(2年の学費で3年間在籍できる制度)も活用しながらゼロベースに近い形で研究計画を練り上げてもいいと思います、という選択肢を提示いただき、暫定テーマとして出願するに至りました。なお、暫定というのはあくまで自身の心持ちとしてであり、テーマとして成立する研究計画に仕上げ、無事に合格できました。
先生にはご迷惑をおかけしてしまいましたが、“自身の知的好奇心・探究心を拠り所にすること”を入学前に肝に銘じることができ、いま振り返ると良い立ち止まりだったと思います。

1年目前半(2021年3月-2021年9月)

上述の通り暫定テーマで出願していたため、テーマを再考するために合格後すぐにデザイン人類学についての先行研究を渉猟し始めました。
私が入学した2021年4月時点では「デザイン人類学」に関する日本語の論文や書籍はなく、手に取ったのはAlison J. Clarke編「 Design Anthropology: Object Cultures in Transition」でした。翻訳ソフトの力を借りながらなんとか読み進めて出した結論は、“デザイン人類学を追いかける研究からの方針転換”でした。その理由は、学術的に貢献できる研究テーマまで落とし込めるイメージを一切持てなかったためです。いまならもう少し受け止め方を変えられるかもしれませんが、“業務内/外でデザインのフィールドを持っておらず、人類学に精通しているわけでもない自分が、デザイン人類学の研究するのは無謀だった”と、当時はかなり落ち込みました。
ここから、実現可能性も意識しつつ、自身の知的好奇心が向けられるものを見つめ直すことになりました。そしてそれは、デザイン哲学/倫理観とも関連づけられるかもしれない“広義のデザイナーが持っている、目に見えない何か”だろうと考えました。これを研究として文脈づけするために、JAISTらしさという観点から知識創造理論をあたったり、立命館大学 経営学部で積極的に取り組まれているデザインマネジメントの研究を渉猟するなかで、「デザイン態度」(Kamil Michlewski「Design Attitude」など)の概念に出会いました。これなら私が修了した多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラムでの繋がりも活かせるかもしれないと思い、広義のデザイナーとデザイン態度を掛け合わせたテーマで、前述した社会科学方法論の課題を通して研究計画書をまとめました。
(変遷:デザイン人類学 → 広義のデザイナー×デザイン態度)

1年目後半(2021年10月-2022年3月)

JAISTでは修了見込みの1年以上前に研究計画書を正式提出する必要があります。私の場合は、長期履修制度に申し込みつつ2023年3月修了を目指していたので、2022年3月末までの正式提出というスケジュールでした。2021年9月時点で自分のなかでは納得感のある研究計画書をまとめられたので、下期の前半は副テーマ研究(別途記事にしました)やPolicy Design Schoolに時間を割いていました。
しかし、想定外の転機が訪れました。それは、企画展「TAMA DESIGN UNIVERSITY」の一環で12月25日に実施された、デザイン態度がテーマの上平崇仁先生の登壇イベントの対面聴講でした。そのなかで、2022年3月創刊予定の立命館大学デザイン科学センター紀要「デザイン科学研究」に収録されるデザイン態度の指標化についての研究成果の一端が紹介され、それを見た途端に、“もしかして、いまの自分のテーマは新規性がまったくないのではないか”とある種の危機感を持ちました。
ここから、副テーマ研究の取り組みペースを早め、2月から改めて修士論文の着眼点を検討しました。そして、行き着いたのは“広義のデザイナーは、目に見えるものにいかに向き合い、何を生み出しているのか”への変更でした。これを説明するための概念として、ビジュアライゼーションを経由して、デザインの研究でもたびたび取り上げられている「バウンダリーオブジェクト」(原義はSusan Leigh Star and James R. Griesemer)を援用することにし、研究計画書を修正して3月末に正式提出しました。
なお、イベント聴講後の上平先生との挨拶・やり取りを通じて、立命館大学の八重樫文先生後藤智先生に繋いでいただき、お話する機会もいただきました。当時の“危機感”はなんとも浅はかだったなと感じますが、結果的にテーマを見つめ直すことができ、有り難い想定外でした。
(変遷:広義のデザイナー×デザイン態度 → 広義のデザイナー×バウンダリーオブジェクト)

2年目前半(2022年4月-2022年8月)

研究計画書でバウンダリーオブジェクトを援用したため、デザイン学でいわれるところだけでなく、社会学での論文(提唱者らの本来の意図)を読み込みました。その精読を経て、バウンダリーオブジェクトという概念を主題に据えるのであれば、調査方法を複数名へのインタビューから参与観察を中心とした文化人類学的調査(事例への深い入り込み)に切り替える必要性があると認識しました。そこから調査に協力してくれるプロジェクトを急いで探し、本当に幸運なことにすぐ見つかり、6月から参与観察を始めることができました(このような調査方法の妥当性・実現可能性を横においたままの理論先行のテーマ設定には、大いに反省があります)。
8月の中間審査に向けて参加した7月の研究共創ゼミで先生方からさまざまなコメントをいただくなかで、論点として挙がったのは「デザインシンカー(design thinker)」の定義でした。この定義には「デザイン思考」だけでなく、「デザイン」と「デザイナー」の定義も含意されることになります。この点は1年目の研究共創ゼミでもコメントされており、詰め切れていないことを改めて指摘されました。この点は非常に悩ましく、改めてデザイン学の論文を渉猟・精読しました。結果として、これまで主題に据えてきた(IDEO/d.schoolのいうところの)デザイン思考から離れ、デザインの専門分野の拡がりと近年提唱されたストラテジックデザインに依拠して組み立て直しました。中間審査は、ストラテジックデザインの実践過程におけるバウンダリーオブジェクトをテーマとして、無事に終えることができました。
(変遷:広義のデザイナー×バウンダリーオブジェクト → ストラテジックデザイン×バウンダリーオブジェクト)

2年目後半(2022年9月-2022年2月)

中間審査では、また別の論点が挙がりました。それは“バウンダリーオブジェクトの概念を援用する必然性”でした。バウンダリーオブジェクトという切り口に新規性を見出そうとしている以上、この点の明確化は研究の根幹です。
しかし、そもそもデザイン学への貢献を考えるのであれば、ストラテジックデザインという専門分野を推し進めるような新規性の主張が必要ではないかと思い、いくつかの先行研究を何度も精読しました。その結果、デザインの専門分野の拡がりの説明で参照していたProf. Richard Buchananが提唱する、fourth-order designにおける組織化原理(organizing principles)を視座として持ち込めることに気づきました。バウンダリーオブジェクトの援用よりも綺麗に論が構築できる、というこの発見の瞬間は、2年間のなかでもっとも気持ちが昂りました。

この気づきを得られたのは、2022年9月から受講し始めたKyoto Creative Assemblageの影響が大きくありました。具体的には、前半にあたる京都大学パートのなかで、近代における主体概念にふれ、“デザインの専門家という主体(個人)”の観点を持つことができたためです。
10月末に得られた気づきをもとに11月のゼミで発表しましたが、いまその資料を見返すと、基本的な概念は出し切れているものの、理論的枠組みを精緻に構築しきれておらず、ましてや事例の考察も暫定的なものでした。見切り発車的に12月23日から論文の執筆を開始しましたが、年末年始に没入できる時間を確保したうえで、家の壁にポストイットを貼りながら論文で書くべき全体像と詳細を詰めていきました。12月30日時点で下記の状況でした。

年末年始は論文執筆の記憶しかありませんが、1月15日ごろには最終章を除いて執筆を終え、補足的な先行研究レビューを経て、無事に2月1日論文提出・2月11日最終審査を終えることができました。また、光栄なことに、知識科学系長表彰をいただくことができました。
(変遷:ストラテジックデザイン×バウンダリーオブジェクト → ストラテジックデザイン×組織化原理)


以上が、“2年にわたる研究活動の紆余曲折”の詳細です。
最後にはうまく着地できたのでこの記事を前向きに書けているものの、入学動機であった“デザイン人類学の探究”には早々に挫折し、危うい場面や反省も多々あり、主観的にも終始あがきっぱなしでした。それでも、2年間の研究活動をやり切れたのは、“自身の知的好奇心・探究心を拠り所にすること”を一貫できたからだと思います。振り返れば楽しい2年間であり、結果的に研究者としての型も多少は身につけ、デザイン人類学以外の探究の方向性も見いだすことができました。
あくまで一人の事例でしかありませんが、この記事が“大学院に入学して研究する”ことのイメージを拡げる/深めることに役立てていれば、うれしく思います。

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