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#32 正夢


夢を、見た気がした。

***

僕には他人にあまり言ってこなかった特技があった。


特技と言うより特性と言った方が近いのかもしれない。

僕は見ることができるのだ。
大仰な言い方をすれば予知夢、ひらたく言ってしまえば正夢を。

僕が夢で見たことは大抵本当になった。

初めのうちは夢の景色は遠くて、ぼんやりとしたものだった。
それでも、ぼんやりとケーキの姿が映る夢を見た翌日は、記念日でもないのに母が気まぐれでケーキを買って帰ってきた。

すぐに僕はこれが予知夢だということを理解した。理屈ではなく直感でそう思ったのだ。

それから僕は夢を見ることに自覚的になっていった。
目を凝らして夢の中身を見ようとした。

誰だって未来を知る手段があるのなら、それを一度は試してみたいと思うだろう。
そういう好奇心が僕を駆り立てていた。

その甲斐あって年を追うごとに僕の夢は随分とくっきり見えるようになっていったのだと思う。

イマイチ断定しきらない文末になってしまっているのは、事実として断定できないからだ。

鮮明になっていく代償として、僕の夢の記憶はどんどん持続力を失ってしまったから。

今となっては、目を覚ました瞬間には確かに何かがあったような気がする程度で、支度をして家を出る頃にはもう夢を見ていたのかどうかさえ判然としない。



この変化は残念な気もするが、実のところ僕はそこまで落胆していなかった。

おそらく僕の脳は無意識的に未来を見ないようにしたのだと思う。

確定した未来は安心に寄与するだろうが、それは時に絶望にもなり得る。

未来のことは未来で知ればいい。
僕の脳はそう判断したのだろう。
それはそれで正しいことだと僕は思った。

そう思って夢のことなんて忘れて生活をしていたのだが、今朝はなんだか夢を見たという自覚がいつもより強かったのだ。

いつものように綺麗さっぱり忘れた夢なら思い起こす気にもならないが、記憶の残滓が脳みその縁に引っかかっているのはいささか気持ちが悪いというものだ。

だから僕は通学中の今、こんな駄文を書き散らしながら、夢の内容を思い出そうとしている。


ここまで書いて、ふとスマホから顔を上げると、視界の隅に、慌てた様子でこちらを見ている会社員の男がやけにスローモーションに映った。

妙な既視感と危機感が胸の中を駆け巡る。

それに呼応するように目の前の青いランプが明滅していた。

ああ、思い出した。
やっぱり思い出すんじゃなかったな。

僕が昨夜見た夢は、確か横断歩道にトラックが……

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