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【インタビュー】 アフターコロナ、76日の都市封鎖を経て

  全世界で猛威を振るう新型コロナウィルス。東京では連日新型コロナウィルス感染者が100人超えとなり、収束の目処が立たない現状に、多くの国民が不安を抱えている。
  しかし、新型コロナウィルスの集団感染が最初に発生した中国湖北省の武漢市は、76日の都市封鎖を経て、奇しくも日本が緊急事態宣言を発令した翌日の3月8日0時にロックダウンが解除。全世界でも初めてロックダウン後「アフターコロナ」の世界に入った都市となった。
  実際、武漢市に対する報道はマスメディアや、海外メディアによるものが多く、その現状を細かく捉えている報道は少ない。そこで今回、Weekly China初のインタビュー記事として、武漢に住む中国人学生をインタビューし、新型コロナウィルスにより都市封鎖された当時の武漢市の状況と、「アフターコロナ」の世界についてインタビューした。

都市封鎖時の武漢について

  今回Weekly Chinaがインタビューしたのは武漢市の大学に通う王さん(偽名)。生まれも育ちも武漢市であり、現在武漢市内の大学に通う大学生だ。新型コロナウィルスが武漢市で感染が拡大する数日前に、春節(中国の旧正月)休みのため、大学の寮から武漢市の郊外にある自宅へ戻ったという。
  国内外の報道によれば、武漢市は市内に位置する「華南海鮮市場」において、新型コロナウィルスが蔓延し、急速な感染拡大により、1月23日に都市封鎖(ロックダウン)を実施。その後、各団地やマンションなどにおいても、かなり厳しい出入り管理がされていた。武漢市の人口は約1,100万人。これは東京都の人口である1,395万人に匹敵する大都市だ。
  王さんの自宅は武漢市の郊外にあったため、感染者は少なく、比較的安全だったと言うが、それでも厳しい出入り管理が実施されていた。「私たちが住む地域も他の地域と同様、厳しい管理が実施され、住民も自由に出入りすることはできません。封鎖が解除された今もです。」と王さんは話す。
  日本では2月末から新型コロナウィルスに関わるインフォデミックによりトイレットペーパーの買い占め現象が続出。その1ヶ月後の3月25日に東京都の小池知事が「感染爆発の重大局面」という認識を示した後にはスーパーの食材や、日用品でも同じく買い占め現象が見えた。そこで王さんに生活物資に困ったことはないかという質問をすると、76日間に渡る都市封鎖と厳格な出入り管理が実施されていたにも関わらず、生活必需品には困ったことはないと語る。
  「少なくとも私の知る限り、都市封鎖の期間中、住民の皆さんは本当の意味で“物資不足”に陥ったことはありません。実際、都市封鎖は二つの段階に分かれていて、1月23日には交通網がシャットダウンされたのですが、市内で出入りすることはまだ可能であり、スーパーに通うこともできました。2月中旬から始まった第二段階は完全に自宅待機。それでも地域によっては政府が物資の分配や、団地がまとめてオンライン上にて生活必需品の購入をするなど対策が講じられ、困ったことはありません」。
  王さんによれば、都市封鎖後には公務員の方々が各地域に配属され、住民の体温検査や生活必需品の分配などを行ったと話す。都市封鎖直後こそ、部分的に生活必需品などが不足していたが、その状況もすぐに改善されたという。

自粛生活をサポートしてくれたオンラインサービス

  新型コロナウィルスが感染拡大する中、政府や企業の対応などに注目が集まったが、その中でも一躍注目を浴びたのが中国企業のデジタルトランスフォーメーションだろう。オンライン診療や、オンライン教育などがこの機に中国全土で普及し、これら以外にも多くのオンラインサービスが誕生した。
  王さんにも、今回自宅待機中に活用したオンラインサービスについて聞いてみると「自宅待機中には、必要な生活用品などは全てネットを通じて注文していました。ご存知かもしれませんが、中国のECや、物流サービスはとても発達しているため、必要な生活用品は全てネットから注文することができます。しかし、今回武漢では交通インフラが完全にシャットダウンしたため、大手ECサービスである淘宝(タオバオ)などを利用することはできなかったのです。京東(ジンドン)や当当(ダンダン)など、武漢市内に自前の倉庫がある企業はまだ配達することは可能ですが、それでも取り寄せられる商品は限られています。そこで、今回の都市封鎖を受け、僕が住んでいる団地ではWeChatのミニプログラム上にある「聆隣社」というサービスを利用し、食材や生活用品の注文などを行いました」と紹介してくれた。
  この「聆隣社」というサービスはWeChat内に埋め込まれているミニプログラムであり、詳細を検索してみると武漢市江夏区で提供されているコミュニティサービスだった。インタフェースはとてもシンプルながら、老若男女、全ての人が容易く利用できるサービスだ。「聆隣社」はコミュニティサービスのため、商品のラインアップこそ大手ECには劣るが、人の接触を回避することができ、商品の買い溜めをする必要もない。プロバイダーとしても必要な分だけ商品を入荷し、オーバーストックすることもない。まさに新型コロナが蔓延する中、一石二鳥なサービスと言えるだろう。

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王さんが自粛期間中、日常的に使用していた「聆隣社」
WeChatのミニプログラムに搭載されているため、アプリをダウンロードする
必要もなく、WeChatのアカウントさえ持っていれば使用できる

  同じく都市封鎖時に武漢市の自宅に滞在していた呉さん(偽名、清華大学大学院生)にも話を聞いてみると、彼女の団地でも都市封鎖の二日後である1月25日には、団地の管理組合がWeChat上でグループを立ち上げ、各住戸の注文をオンライン上で受け付け、管理組合が代理購入をするという方式を取っていた。いずれにしても、緊急時には中央政府ではなく、区政府(区役所)や団地の管理組合が率先して行動を起こし、住民のパニックを最小限に抑えたことが窺える。
  奇しくも日本が緊急事態宣言を発令した翌日に、武漢市は都市封鎖の解除を実施した。しかし王さんによれば、海外メディアの報道とは違い、武漢市の都市封鎖解除は3月末から段階的に行われたことであり、一斉に解除されたわけではないと話した。3月下旬から、武漢市内の交通インフラなどが復旧し、商業施設なども営業を再開。空港や駅施設においては政府による大規模な消毒作業が実施されたという。王さんは武漢市の郊外に住んでいるため、まだ武漢市内の様子はうかがえてないが、市内に住む友人や同級生の話を聞くと、「武漢は再び春の訪れを迎え入れるための準備を全て済ませている」という。呉さんにも話を聞くと、彼女も「都市封鎖は一斉に解除されたわけではありません。特に武漢市においては、未だに厳しい出入り管理が実施され、出入りする際には「健康碼」と呼ばれるQRコードを提示し、検温、登記などをしなければいけません」と話した。

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「健康碼」と呼ばれるQRコード
地域によってデザインや機能は異なるが、
基本的に赤は濃厚接触者/14日間の隔離期間中にいる市民;
黄は隔離期間中/残り7日間の隔離期間中にいる市民;
緑は隔離期間外の市民で出入りに制限はない。
このQRコードは2月9日、杭州市余杭区において試験的に導入され、
一週間後の2月16日には全国に広められた。
今ではWeChat上でも類似の機能が搭載されている。

  日本では、前述の小池都知事による「感染爆発の重大局面」という認識を示した二週間後に、政府から緊急事態宣言が発令された。発令時には、すでに東京で連日100名を超える感染者を出し、国民から不安の声が上がっていた。そこで、世界でもいち早くロックダウンを実施した武漢市に住む王さんや呉さんに、日本の緊急事態宣言に対する評価を聞くと、驚くことに両者から共に「理解できる」という回答を得た。
  王さんは「(なぜ日本が非強制的な自粛要請を実施するのかについて)これについて理解はできます。実際、武漢の都市封鎖もほんの一瞬の出来事であり、やはり心の整理をする時間が必要だと思います。武漢の場合、交通インフラを全てシャットダウンし、外出をするのも困難であったため、住民の緊張感が一気に高まったという背景もあります。また当時中国は春節休みであったため、(日本と比べると)都市封鎖を行うには比較的適していた時期かもしれません。」と話した。呉さんも「武漢市も今の日本と同じく、万全な準備を経て都市封鎖に臨んだわけではありません。幸い、区政府や団地の管理組合などがスピーディーに住民のニーズに応えたため、パニックは起きなかったのだと思います」と紹介してくれた。

「アフターコロナ」の武漢、そしてその後の生活について

  史上初の緊急事態宣言により、前代未聞の事態に突入した日本。緊急事態宣言の効力は来月の6日までとなるが、新型コロナウィルスへの感染者は連日で過去最多を更新しており、一向に収束の兆しが見えてこない。コロナ・ショックにより、世界経済は大打撃を受け、世界秩序をも塗り替えようとしているが、その中でいち早くアフターコロナの世界に突入した学生に中国の現状と、コロナによる自身の変化について聞いてみた。
  「アフターコロナの世界と言いますが、僕たちの防疫戦は始まったばかりだと考えます。中国は本土の感染をある程度抑えましたが、未だコロナにより危機的状況にある国が多々あります。僕たち、そして僕の祖国である中国は、決してこのような状況を看過せず、手を差し伸べられる国や地域には全力でサポートしたいと考えています。」と王さんは話した。武漢を始め、中国の多くの都市ではすでに都市封鎖を解除し、元の日常を取り戻してはいるが、コロナが感染拡大する前よりも人々の責任感は増しているという。
  しかしその一方で、世界各国、特に欧米諸国では中国に対する風当たりは強い。3月16日にはドナルド・トランプ米大統領はツイッター上にて新型コロナウィルスを「中国ウィルス」と表現。二日後の記者会見でも同じ呼び方をした。もちろん、こういった偏見や差別は国家レベルのみならず、3月14日にはアメリカのテキサス州でジア系アメリカ人の家族3人がスーパーマーケットで刺されるという事件が起きた。犯行に及んだ理由も被害者が新型コロナウィルスを感染させようとしている、という被害妄想によりヘイトクライムを起こした。これらの差別は中国人のみならず、今やアジア人全体に広がっているという。
  これらの報道を見て、王さんは「人類運命共同体という言葉があるように、僕はコロナがキッカケで偏見や差別、憎しみや誤解があってはならないと思います。」と話した。国家レベルの小競り合いはさておき、なんの罪や過ちもない一般市民にもそのような犯行を及ぼすのは言語道断。そしてこのような事態は欧米諸国のみならず、同じ先進国である日本でも同様な差別や偏見が起きている。
  これらの問題を踏まえて、アフターコロナの世界についても、彼は「アフターコロナの世界とは言いますが、僕はその世界を予測することもできなければ、今の武漢からもその答えを導くことはできません。ただ僕の希望として、これ以上(コロナによる)政治闘争や争いを見たくありません。この時代はゼロサムゲームにより全てが決まる時代ではなく、全人類が手を取り合い、共にこの災害を克服する時代だと思います。その後の世界、いわゆるアフターコロナについては、時間が答えを導き出すでしょう」と答えた。
  自身の変化についても、王さんは「僕自身として、特に何か大きな変化や(コロナによる)影響があったとは思いません。今でも自分の理想とする人生や、理想の職業のために弛まぬ努力をし、社会に対して存在意義があり、祖国や、中華民族に貢献できるような人になりたいと考えています」とインタビューの最後に話した。

後記


       今回のインタビューを経て、筆者が問い立てていた「アフターコロナ」の世界に関する収穫は少なかった。しかしその代わりに、現代の中国人、特に若者が見る今の世界観や、未来への期待などを深掘りすることができた。「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」の著者であるユヴァル・ノア・ハラリは「The World After Corona Virus」において


「人類は選択を迫られている。私たちは不和の道を進むのか、それとも、グローバルな団結の道を選ぶのか?もし不和を選んだら、今回の危機が長引くばかりでなく、おそらく将来さらに深刻な大惨事を繰り返し招くことになるだろう。逆に、グローバルな団結を選べば、それは新型コロナウイルスに対する勝利となるだけではなく、21世紀に人類を襲いかねない未来のあらゆる感染症流行や危機に対する勝利にもなることだろう。」


と綴った。迫り来る21世紀の危機に対して、アフターコロナの世界にいる中国人学生たちは、この文の副題でもある「This storm will pass. But the choices we make now could change our lives for years to come」に対し、人類運命共同体という最善の答えをその身をもって導き出していた。協力なくして成り立たない今の社会。アフターコロナの世界にいる彼らだからこそ感じ、導き出せたChoiceなのかもしれない。

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都市封鎖時に筆者が撮影した武漢市の上空。
新型コロナウィルスがいち早く終息し、
また中国へと訪問できる日を心から楽しみにしている。

文/夏目 英男

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By Weekly China 夏目 英男
April 15th, 2020

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