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患者の命は「n=1」である

コロナ後遺症ではペーシングと呼ばれる治療がある。
響きこそ一丁前だが、要するに「医師として完全にお手上げなので、これ以上無理をするな」ということである。

一見、親切にも見えるアドバイスだが、実はこの医師たちの無知や無理解がさらに患者を追い詰めている。

前提として、コロナ後遺症(ME/CFS)は1年半を経過すると自然治癒が極めて難しくなる。このことは、今もなお苦しんでいる患者さん方、(あなたが当事者であれば)何よりご自身の胸に手をそっと当ててみればすぐにわかるだろう。

  • 数年単位で日常生活すらままならない苦しみ

  • いつ治るか分からないという強烈な不安

  • 経済的な困窮

  • 社会復帰の希望もない

  • 医師や、家族、職場や学校の無理解

  • 進学、就職、出産、子育て、介護といったライフステージへの支障

そもそも理解してもらえると思っていないので、患者たちは多くを語らないが、こうした強烈な不安と、迫りくるリミット(精神力、年齢や経済的事情)の中でもがきながら日夜死闘を繰り広げている。

だが、そんな中で「とにかくペーシングを!」と言われた患者の気持ちはどうだろうか。

まず何よりも、ペーシングとは、そもそもドヤ顔で誇らしげに語れるようなことではない。無理をしない方が良いのは、誰でも分かっている。
そして、裏を返せば医師側には特効薬(有効な治療法)がない、ということでもある。

ましてや、最近では自ら表に出てきている(メディア露出に忙しい)医師に限って、「焦らず、ペーシングを」なんてドヤ顔で行っているものだから、その偽善ぶりは腹立たしい。

だからこそ、はっきりと、長期組の患者さん達に伝えたい。
ペーシングは、あくまでも現世での善行を積む修行のようなものであって、それだけに身を委ねて状況を劇的に改善していくことは極めて難しい

このことは、コロナ後遺症というものがこれだけ長期化し、複雑化し、社会問題となっていることからも容易に想像がつく。そして、仮にペーシングで希望が見えるのであれば、ここまで誰も苦しんではいないだろう。

要するに、(酷な表現となってしまうが)あなたの命など、医師にすれば大量にあるデータ(実験台)の一つにすぎないのだ。

しかし、皮肉にも患者からするとこのような「ありのまま」を肯定してくれる系の医師には信仰心を持ちやすい。

なぜか。患者にとっては、普段この苦しさや異常さを周囲から理解してもらえないので医師側のマーケティング、つまり売名のための「ファッション」としての共感に心酔し、入信してしまいやすいのだ。

だから、気付かぬうちに医師の時間稼ぎと、実験台となっていることを露知らず、あれよあれよと時間だけが経過し、気づいた時には人生を棒に振ってしまう。

かくいう私自身もこの事実に気づくまでに2年半の時間を要した。
その間に、生きているだけでもやっとの中、また減っていくだけの銀行残高に震えながらも、「なんとかこの状況を脱したい」というその一心で、身銭を切り実際に自分の体であらゆることを試してきた。

すると、驚くべきことに、1年半以上の患者さん方にこそ有効な治療法(主にセルフケア)がいくつも存在することが分かった。

その後、東洋医学の先生方のご協力も仰ぎながら患者さんのサポートも行ってきたが、どこに行っても何をやってもダメだったという方も、今ではたくさんの方が社会復帰している。

私が思うに、長期化している方ほど、時間薬のようなごまかしが効きづらくなくるので、真に有効な治療法に出会ったときの回復ぶりは計り知れないと感じている。

だから、勇気がいるけれども、早く以前の生活を取り戻すべく立ち上がってほしい。「患者の命は n=1 である」、という事実を受け止めて。


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