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「勤勉さが失われつつある」 ベトナム人尼僧が見る日本社会|【特集】日本を目指す外国人労働者 これ以上便利使いするな[Column2]

“人手不足”に喘ぐ日本で、頻繁に取り上げられるフレーズがある。
「外国人労働者がいなければ日本(社会)は成り立たない」というものだ。
しかし、外国人労働者に依存し続けることで、日本の本当の課題から目を背けていないか?
ご都合主義の外国人労働者受け入れに終止符を打たなければ、将来に大きな禍根を残すことになる。

「便利な暮らし」の裏にある犠牲を、日本人は認識できていない。ベトナム人尼僧のタム・チーさんが日本社会の課題を語る。
話し手・ティック・タム・チー
聞き手/構成・編集部 鈴木賢太郎


ティック・タム・チー Thich Tam Tri
在日ベトナム仏教信者会 会長
ベトナム出身。ホーチミン市の大学で日本語を学んだ後、2001年に来日。大正大学大学院梵文学、国際仏教学大学院大学博士課程後期満期修了。ベトナム人の「駆け込み寺」として知られる大恩寺ベトナム寺院の尼僧。

編集部(以下、——) コロナ禍では在日ベトナム人の支援活動をされたと伺いました。

チー 私は2011年の東日本大震災から今に至るまで、在日ベトナム人の生活困窮者への食糧支援・人道相談支援などを行ってきました。僧侶として、目の前に助けを求める人が現れたら、喜んで助け最後まで保護したいと思い、活動を続けています。コロナ禍では多くのベトナム人の留学生や技能実習生(以下、実習生)などが生活を継続することが困難な状況に直面しました。彼らの社会の中での立場の弱さが露呈してしまったといえるでしょう。多くの方の協力をいただきながら、今でも支援活動を続けています。

——多くのベトナム人の実習生が日本で働いています。

チー 彼らの多くは借金を背負って来日し、両親に裕福な思いをさせるために給与の大半を仕送りします。せっかく日本に実習に来ているので、技術や文化を身につけて、ベトナムに帰ってほしい。しかし、悪質な監理団体や制度を悪用し実習生に低賃金で3Kの仕事をさせようとする企業が存在し、中には日本に悪い印象をもって帰国してしまう実習生もいます。日本は文明度の高い国であるにもかかわらず、なぜそのようなことが起きるのかと感じることがあります。技能実習制度の欠陥といえるでしょう。

——今の日本社会をどのように見ていますか?

チー 日本ではとても便利な暮らしをすることができ、物質的に豊かな国だと思います。その半面、日本人は精神的に弱くなっていると感じることもあります。例えば、100円ショップがあるからこそ、何かモノが壊れてもすぐに買い替えようという発想になる。便利すぎる世の中が実現したことで、モノを大切にするという価値観が薄れていると思います。

 また、食べ物やお弁当はコンビニやスーパーで簡単に手に入る分、そのありがたみを感じることがなくなっているのではないでしょうか? ベトナムには、「果物を食べるときに、その果物の種を育てた人たちの苦労を思い出しなさい」という諺があります。自分で苦労して食物を作り収穫して食べるという一連の経験をすれば、そのありがたみや大切さが価値観として身につきますが、今の多くの日本人はそうした経験をしていません。目に見えないところから恩恵を受けていること、それに対する感謝の気持ちを思い起こさなければならないでしょう。

 特に、私が日本人に伝えたいのは、日本人の優れた性質である「勤勉さ」が失われつつあるということです。生活が豊かになりすぎて苦労する機会が少なくなっているのかもしれません。当然、3Kの仕事に就きたいと考える日本人はほとんどいないでしょうし、そうした仕事を実習生などの外国人労働者に任せているのが現状です。便利な暮らしの裏には、彼らの犠牲があることを忘れてはいけません。彼らを1人の人間として、労働者として受け入れ正当な対価を支払うといったことも検討すべきです。

外国人労働者を大切にしないと
いずれ日本は滅びてしまう

——ベトナム人は日本のことをどう思っているのでしょうか?

チー 日本はベトナム人が「働きたい」と思う国です。しかし、ベトナムの2大都市であるハノイとホーチミン出身の優秀な人たちは、日本を目指さずに欧米に留学する人が多くなっています。今、実習生や留学生として来日する人は、地方出身の少数民族で生活に恵まれない人が多いです。

 ウクライナ侵攻の影響もあり、円安が加速していますが、ベトナムのドンに換算するとコロナ前から15%も悪化しています。このままでは、ベトナム人に限らず、外国人労働者にとって日本の魅力がどんどん薄れ、就労目的で来る人は減っていくかもしれません。今のままの制度が改善されなければ、なおさら日本に来るインセンティブはなくなるでしょう。

 日本では高齢化が進み生産年齢人口がどんどん減少しています。労働力不足を補う外国人労働者を大切にしなければ日本社会はいずれ滅びてしまいかねません。だからこそ、日本人は外国人労働者に対して、「愛情」「人情」「感情」を出して付き合っていくべきだと思います。日本政府や国民は共に生きる仲間として、彼らに手を差し伸べてほしいのです。

 私は来日してから20年以上が経ち、日本という国、文化が大好きです。精進料理を好んで食べるし、田舎の風景に違和感もありません。私自身、心は日本人だと考えていますし、多くの在日ベトナム人にもそのように感じてほしい。日本政府は「安全・安心な暮らし」の実現を謳っていますが、私は在日ベトナム人が「安全・安心」に加え、日本で楽しく暮らしていけるように、彼らの代弁者として発信を続けていきたいと思います。

出典:Wedge 2022年7月号

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