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世界からも疑問の声 補助金漬けの漁業はもうやめよう|【WEDGE REPORT】

日本の漁業補助金には、目的も形骸化し「延命治療」となり果てているものも少なくない。北海道の現場を歩くと、補助金をつぎ込んでも衰退が止まらない、漁村の現状があった。

文・真田康弘(Yasuhiro Sanada)
早稲田大学地域・地域間研究機構客員主任研究員・研究院客員准教授
神戸大学国際協力研究科博士課程後期課程修了(博士・政治学)。東京工業大学社会理工学研究科産学官連携研究員、法政大学サステイナビリティ研究教育機構などを経て、2017年より現職。


 今年6月17日、世界貿易機関(WTO)閣僚会議は「閣僚宣言」を6年半ぶりに採択し閉幕した。同宣言の目玉の一つとなったのが、「漁業補助金協定」の合意だ。

 そもそも政府による補助金投入は市場による自由な競争を歪めるというマイナスの側面を持つ。漁業についても、補助金がつくならばと皆が競って漁船を大型化するなどして漁獲能力を上げてしまえば、魚を獲り尽くしてしまいかねない。また、不採算にあえぐ漁業者に対する補助金の投入は、短期的には漁業者を救済するが、抜本的な解決にはつながらない。

 ところが漁業補助金協定の交渉で、日本は「禁止される補助金は、真に過剰漁獲能力・過剰漁獲につながるものに限定すべき」と規制に消極的であり続けた。結果、合意された補助金協定でも、乱獲された資源に関する漁業への補助金は禁止(第4・1条)されたものの、その補助金やその他の措置を通じて資源が持続可能な水準に回復するよう目指されている場合には、補助金供与が許される(第4・3条)とされるなど、重要な例外が設けられた。

 日本が漁業補助金の規制に難色を示し続けたのは、日本の漁業が補助金依存体質であることに起因している。漁業経済学が専門のカナダ・ブリティッシュコロンビア大学のラシード・スマイラ教授らの研究によると、2018年の日本の漁業補助金は28.6億㌦にのぼり、そのうち3分の2を超える21.1億㌦が乱獲を引き起こすまで漁業生産能力を向上させ得る「悪い補助金」だと推定している。この悪性補助金の額は、中国に次いで多い。

日本は中国に次いで乱獲を
助長し得る補助金を出している

(出所)学術雑誌『Marine Policy』の論文『Updated estimates and analysis of global fisheries subsidies』の分析からウェッジ作成
(注)2018年のデータ

 実際、22年度の水産予算総額(21年度補正含む)3201億円のうち、約3分の1にあたる1019億円は漁業者への不漁時の減収補填や価格上昇時の燃油への補填金などにより構成される「漁業経営安定化対策」であり、さらに約3分の1にあたる1134億円は漁港の整備などに充てられる公共予算だ。そのうえ約281億円は「漁船リース事業」と呼ばれる、国が漁業者の漁船取得費用の半額を補助するというスキームに充てられている。

補助金は「薬」にもなり得るが
問題はその使い道

 「漁業補助金が全て悪というわけではないはずだ」という日本の主張は、確かに理屈としては通っている。例えば漁業者にお金を払って操業時の詳細なデータを取ってもらい、それを資源調査に役立てるなら、それは資源管理に資する補助金といえる。

 「漁船リース事業」も、過疎に悩むわが国の地域政策として適切であり得る。この事業は漁業で中核的な役割を担うであろう若手でやる気のある漁業者をサポートし、新たな船での操業で所得を向上させ、漁業の活性化を図るという目的で始められている。

 今回筆者が取材した北海道の離島、焼尻島の高松亮輔氏は、道内で「漁船リース事業」を初めて申請した漁業者だが、申請当時は東日本大震災により多数の漁船が被災し新船建造需要が急増したことなどもあり、沿岸用の小型漁船でも4000万~5000万円と、船価が急騰していた。まだ30代前半だった高松氏はこの事業を利用、漁船を取得した。島民による資源管理に成功している焼尻島では、漁業者の収入も概ね安定しており、高松氏の経営も順調である。補助事業としては所期通りの成果を挙げたと言える。

 しかし、「制度を利用した私が言うのもなんだが、漁船リース事業は罪の方が深い」と高松氏が指摘するように、補助金には負の側面がある。造船所やエンジン、計器類のメーカーが「どうせ半分は税金だ」と足元を見て値段を吊り上げてしまうなどして、船価がさらに高騰したというのである。現在、同等の漁船は……

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