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〝社会的挫折感〟と対峙 自信と警戒の間で揺れる中国共産党|【特集】「共産党100年」論に踊らされず 中国にはこう向き合え[PART-3]

加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学部教授)

中国の外交姿勢は強硬一辺倒と思われがちだが、実際はそうではない。政治の不安定感を意識する習体制の今に目を向けるときだ。

 今年4月、日米首脳共同声明に対する中国の言説は厳しかった。中国は、この声明を内政干渉と批判し、「一切の必要な措置を取る」と述べた。しかし、この批判は行動を伴わなかった。発言したのは在日、在米中国大使館や中国外務省の報道官であって、(中国外交担当トップの)楊潔篪(ようけつち)共産党中央政治局委員や王毅外相は反応しなかった。

 また6月に米国上院の超党派で組織された議員団が、米軍機に搭乗して台湾を訪問して蔡英文総統と会談し、また新型コロナウイルスのワクチン提供を表明した。これに対して中国外交部報道官は、議員団の台湾訪問を「一つの中国」原則に違反すると抗議したものの、米軍機が台湾に着陸したことについては問題提起しなかった。

 東シナ海の海洋秩序をめぐる中国の実際の行動は強硬だ。しかし、中国外交の全体を見渡すと、強硬性は選択的ともいえる。そこには、国際政治の力のバランスに現実的に向き合おうとする中国共産党の国際政治観を見ることができる。同時に、自国の国内情勢を踏まえた慎重さも表れている。この理屈を理解することが、今後の共産党政治を読み解く際のポイントになる。

 中国の歴代指導部が掲げてきた「改革開放」路線とは、経済発展に貢献する国内環境と国際環境の構築である。この外交に関わる課題は、既存の国際秩序にどう向き合うかにあった。指導部は、それを打ち破るのではなく、米国との衝突を避け、国際秩序と協調して、自国の発展のために利用するべきだという方針を選択した。例えば、その実際の行動が世界貿易機関(WTO)加盟に向けた取り組みであった。

 もちろん、当時の中国外交には「協調」だけではなく「自主」もあった。例えば、胡錦濤指導部が提起した国際秩序観である「和諧世界」論には、国際社会の多様性、すなわち歴史文化や社会制度、発展モデルの多様性の主張があった。そこには「自由な民主主義こそが、政体の既定値としての形態だ」とする、いわゆる政治学者フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」論への反論が織り込まれていたといってよい。

 一方習近平指導部が誕生した後、中国外交の主旋律は「協調と自主」から、「協調と強制」へと変化した。習指導部は「大国」外交を唱え、経済発展のためには平和的な発展が重要だと訴えつつも、そのために主権や領土、核心的利益を譲歩しないという方針を示し、自己主張する外交を展開してきた。

「大国」意識を強める習指導部は、「大国」を形作る「世界の平和をめぐる問題に影響を与える決定的なパワー」を強化するため「構造的パワー」の拡大を追求してきた。既存の国際秩序への適応というより、自らの要求を既存の国際秩序を形作る制度のなかに埋め込み、主動的に自らの経済発展に有利な国際環境を整えようとしてきた。

 こうして、中国外交に「強制」性が強く表れるようになったのはなぜか。一つの要因は、経済成長とともに国力が増大し、目的達成のために選択できる外交手段が増えたからであろう。それは軍事力の増大だけではない。

 中国は、世界第二位の経済大国という影響力に支えられて、国際社会における存在感を飛躍的に高めている。世界銀行や国際通貨基金(IMF)といった既存の国際経済秩序を形作ってきた制度において、議題設定権や議決権の比率を高め、一帯一路やアジアインフラ投資銀行(AIIB)といった新しい制度を創設し、インターネットや深海底、宇宙といった新しい領域では活発に行動してきた。

 経済発展のために必要な国際環境を構築するために、中国は「構造的パワー」の拡大に努めている。昨年末に習近平国家主席が提起した、環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)への加盟の意思を示したのも、そうした考えを踏まえたものといってよい。

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習指導部は「経済の高度成長の実現」と「社会の長期的安定の実現」の〝2つの奇跡〟実現を強調するが……(VCG/GETTYIMAGES)

なぜ中国共産党が「二つの奇跡」を強調するか

 しかし、より重要な「強制」性の動機は国内にある。習指導部は経済発展の実績を踏まえて、共産党による一党体制の正統性を「二つの奇跡」という概念を使って国内に説明してきた。「経済の高度成長の実現」と「社会の長期的安定の実現」を同時に実現したという「奇跡」は、一党支配によってもたらされ、それは一党支配が現在の中国にとって最も適切な政治制度であることを証明している、というのである。

「改革開放」が「奇跡」をもたらしたという言説は、習指導部が初めて提起したわけではない。胡錦濤指導部の時代にも同様の議論が提起されていた。2011年7月26日付『人民日報(海外版)』に掲載されたある論説は「ハンチントン・パラドックスを中国は克服した」と述べていた。

 ハンチントンとは、著名な国際政治学者であるサミュエル・ハンチントンのことである。彼は、近代化(経済発展)とそれに伴う社会変動を論じた『変革期社会の政治秩序』のなかで、(ある国家において)「政治的不安定性を作り出すのは近代性の欠如ではなく、近代性を果たすための努力が欠如しているからであり」、(国家が不安定であるのは)「貧しいからではなく、豊かになろうとしているからである」という考え方を提起していた。

 同書は、「近代性が安定を生み出し、近代化が不安定を生む」というパラドックスを検証し、その因果関係の説明を試みた。これが「ハンチントン・パラドックス」である。発展途上国はこのパラドックスに陥りやすい。ハンチントンは、経済発展と政治的不安定の関係を下表に示すように三つの段階で説明していた。これが「ギャップ仮説」と言われる。

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 第一の段階は、経済発展が都市化や教育水準の上昇、マスメディアの発展を生み、これによって(人々の)新しい要求が生まれる(これが社会的流動化)が、経済発展は社会的流動化よりも遅い速度でしか増加しないため、要求の増大と要求の充足との間にギャップが進展し、これが社会的挫折を生み出す、というものである。

 第二の段階は、社会的挫折感と政治参加の関係である。農村から都市への移動や都市内部での職業的および所得上の移動といった移動の機会に人々は恵まれると、社会的挫折感は解消される。しかし、移動の機会を得られない場合、人々は政治参加によって要求実現を目指そうとする。

 そして第三の段階は、政治参加の要求が高まっても、それに応じて政治的制度化が進んでいれば、政治の安定性は維持される。しかし、そうではない場合、政治参加の高まりに政府は適応できず、政治不安を生み出す。これが、発展途上国において経済発展に伴って政治的不安定化が深刻化することを説明する有力な考え方である。

 歴代の指導部は、このハンチントンの考え方を熟知している。習指導部のなかで中央政治局常務委員会委員である王滬寧(おうこねい)は、1980年代にハンチントンのこの考え方を踏まえた論文を書いていた。だからこそ指導部は、「二つの奇跡」を実現したであるとか、「ハンチントン・パラドックス」を克服したという言説をつうじて、共産党による一党支配の優位性の物語を国内に向けて訴えるのである。

「全過程民主」を提起しつつ治安強化政策を推進

 ただし、一党支配体制が「二つの奇跡」を実現したかどうかは疑わしい。少なくとも言えることは「これまでのところ」である。

 習指導部は、ギャップ仮説で示される「社会的挫折感」が中国社会において高まっていることを理解している。近年、指導部は「人々の満足感、幸福感、安全感を満たさなければならない」と繰り返し確認してきた。これまでの指導部は、中国社会の主要な矛盾を「人々の日々増大する物質的、文化的な需要と遅れた社会生産の間の矛盾」と定義してきたが、習はこれを「人々の日々増大する素晴らしい生活への需要と、発展の不均衡、不十分との矛盾」と言い換えた。人々の欲求は量から質へと変化したと捉えている。

 中国経済が高度成長の段階を終えたこと、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響によって、中国において「社会的挫折感」が増大し、最終的には「政治的不安定性」の増大を生む条件は整っている。指導部は、この問題に向き合っている。

 近年、習指導部は「全過程民主」という概念を提起し、例えば重要な課題に関わる立法の過程においてパブリックコメントの重要性を訴えている。増大する政治参加の要求に応えようとする「政治的制度化」の取り組みと言っても良い。もちろん政治参加の機会は増大しても決定権は共産党が独占したままという構図に変わりなく、また社会が発する多様な要求を有効に集約できるかどうかは分からない。「政治的不安定性」が克服されるかどうかは未知数である。

 習指導部は、一方で科学技術イノベーションを重視する。デジタルインフラ建設の推進を通じて人々の「質の高い社会」を実現したいという要求に応えるためであり、また経済発展によって多様化した社会の要求を的確に把握する能力の向上のためでもある。他方で「総体国家安全観」の提唱をつうじて、国内治安の強化という政策を推進している。

「一国二制度」の「一国」に力点を置いた「愛国者による香港統治」という対香港政策も、「戦狼外交」と揶揄されるように中国外交が「民意に拉致される」のも、中国社会が直面している「社会的挫折感」増大への警戒の反応という側面もある。また、「構造的パワー」の拡大を追求する中国外交もまた、こうした国内要因に突き動かされているといってもよい。

 日本は中国といかに向き合うのか。国内政治の文脈で捉えると、今後、中国共産党が言うところの結党100年のタイミングもあることから、中国外交は、より一層に自己主張を強め、強硬な政策を選択する条件は整っているようにみえる。ただし、その動機は経済成長による国力の増大に支えられた「自信」というよりも、国内の不安定要因に突き動かされた「警戒」にあるようにみえる。

 そうした理解を踏まえれば、海洋秩序をめぐって力で自己主張する中国に対して日本は力で毅然と対抗するべきである。またWTOといった国際経済秩序を形作るルール形成の分野において、中国がルールを逸脱して自己主張するのであれば、日本は、その都度、的確にルールに則って中国の行動を押し返す必要がある。中国の国内情勢の動向を見抜いて、隣国・日本だからこそ可能な多様な中国外交を展開する空間は大いにある。それは日中の安定化のみならず、国際秩序の安定化に向けた大国日本の責務とも言えるだろう。

加茂具樹(かも・ともき)
慶應義塾大学総合政策学部教授/専門は現代中国政治外交。1995年慶應義塾大学総合政策学部卒業。同校法学部准教授等を経て2015年4月から同校総合政策学部教授に。16年10月、外務省に転籍して在香港日本国総領事館領事を務め、18年10月に復職。編著に『現代中国の政治制度』(慶應義塾大学出版会)等。

出典:Wegde 2021年7月号

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