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米国発・新経済圏構想IPEFに日本はこう向き合え|【WEDGE OPINION】

新たな経済圏構想IPEFの始動が宣言され、今後の展開が注目されている。変容する国際貿易秩序の中で日本はどのような役割を果たせるか。

文・渡邊頼純(Yorizumi Watanabe)
関西国際大学国際コミュニケーション学部長・教授
1953年生まれ。上智大学大学院国際関係論専攻で博士後期課程を単位取得満期退学。GATT事務局経済問題担当官、外務省経済局参事官などを経て2019年より現職。慶應義塾大学名誉教授。専門は国際政治経済論、GATT・WTO法、欧州統合論。近著に『詳解 経済連携協定』(日本経済評論社、監修)。


 バイデン米大統領は5月23日、東京で新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の始動を宣言した。2017年1月にトランプ大統領(当時)が米国の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を敢行して以来、実に5年ぶりに米国発のイニシアティブが打ち出されたことになる。

 IPEFには日米に加えて、韓国とインドも参加を表明。その他にも豪州やニュージーランド、東南アジア諸国連合(ASEAN)からは7カ国、さらに太平洋島嶼国フィジーが参加することになり、全体で14カ国でスタートした。IPEFはあくまでも経済圏構想であり、その枠組みにすぎず、「協議対象」は①貿易②サプライチェーン(供給ネットワーク)③クリーン・エネルギー・脱炭素・インフラ④税および反汚職、の4項目に整理できる(詳細は下表参照)。

4つの協議項目で連携を
深めることがIPEFの狙いだ

(出所)米国大使館経済部の公表資料を基に筆者作成

 さらに4項目以外にも、この地域における経済的接続性コネクティビティ統合インテグレーションを進めるために参加国との協議を通じて協力の分野を追加していく可能性があることも明らかにし、メンバーシップについても目的や関心を共有するこの地域の諸国にオープンであるとしている。

 台頭する中国とその大規模経済圏構想である「一帯一路」に対抗する枠組みであるとされるIPEFであるが、その内容にはいくつか懸念材料が浮かび上がる。

 IPEFがこれまで米国が提案してきた伝統的な貿易枠組みの構成と大きく異なるのは、4項目のうち、対外貿易交渉を所掌とする米通商代表部(USTR)が担当する項目は「貿易」だけであり、その他3項目は米商務省から提案されていることである。しかもその貿易の中に関税引き下げ交渉という通商交渉の基本事項が入っていない。市場アクセス交渉が入っていない貿易枠組みなどこれまで米国政府が提案したことがあっただろうか。このことは、今の米国政権が秋の中間選挙を控えて、通商問題のいわば「本丸」である関税削減を回避したいと考えていることの証左にほかならない。

 商務省が出してきたほかの3項目も十分に整理・精査された提案とは言い難い。「サプライチェーンの寸断」への対処で協力するとあるが、そもそもそれはトランプ前政権の所業ではなかったのか。インフラ支援で途上国への協力を提案しているが、脱炭素で途上国をどこまで巻き込むことができるのか、その目途はたっていない。税制と反汚職をセットで提案している点もその理由付けが不明確で唐突な印象を受ける。そして、最大の欠陥はルールメイキングを途上国と共に行うために必要なインセンティブを全く提供していないことだ。これでは単に「お話し合い」に終始し、有効な法的拘束力を持ったルールの制定は望むべくもない。

関税削減のないIPEFでは
参加国にメリットは少ない

 バイデン氏が副大統領時代に進めたTPPとの最大の違いは、……

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