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コミュニケーションの活性化で社員の力を引き出す|【特集】現状維持は最大の経営リスク 常識という殻を破ろう[Interview2]

日本企業の様子がおかしい。バブル崩壊以降、失敗しないことが〝経営の最優先課題〟になりつつあるかのようだ。
しかし、そうこうしているうちに、かつては、追いつけ追い越せまで迫った米国の姿は遠のき、アジアをはじめとした新興国にも追い抜かれようとしている。
今こそ、現状維持は最大の経営リスクと肝に銘じてチャレンジし、常識という殻を破る時だ。

いくら能力が高い人がそろっていても、その力が引き出せなければ意味がない。三菱マテリアルで行う次世代に向けた構造改革とはどのようなものか?

 都市鉱山(Eスクラップ)のリサイクルに注力する三菱マテリアル。「コミュニケーション」こそが会社の力を引き出す源泉という小野直樹社長に話を聞いた
聞き手・編集部(大城慶吾、友森敏雄) 
写真・井上智幸

小野直樹(Naoki Ono)
三菱マテリアル執行役社長
1979年京都大学工学部卒業後、三菱鉱業セメント(現・三菱マテリアル)入社。 セメント事業カンパニープレジデント、常務取締役などを経て、19年執行役社長に就任。

リサイクルへと
逆転する価値

 パソコンなどに使用される基板には多くの貴金属やレアメタルが含まれている。「Eスクラップ」(金・銀・銅・パラジウムなどの有価金属が高い濃度で含まれる)と呼ばれる電子機器の廃基板を世界で最も多く(約20%)処理しているのが三菱マテリアルだ。

回収された「Eスクラップ」は宝の山 (MMC)

 「Eスクラップには、天然鉱石を濃縮した形で金銀銅などが含まれる。電子機器は世界中で使用されていて、現在、そのEスクラップを世界中から集めるべく、拠点づくりを進めている」

 携帯電話の普及と廃棄が進む中で「都市鉱山」という言葉が10年以上前から叫ばれるようになった。ここにきて、ESGの動きとあわせて、ますます注目される存在になっている。

 「銅の製錬技術として当社が長年培ってきた技術である『三菱連続製銅法』は、Eスクラップの処理にも非常に有効。また、環境への配慮が注目される世の中になりつつあり、天然鉱石100%の素材よりも、例えば天然鉱石60%、リサイクル原料40%という素材のほうが価値が高いと評価される社会になる可能性がある。鉱山から採掘し、金属素材を取り出して製品となる。そして、使用済みになったものを、回収して再生するという意味で資源循環の一翼を担うことができる。それは、天然の鉱石の使用量と同時に、採掘、輸送の際に発生する二酸化炭素(CO2)の排出も減らすことができる。

 Eスクラップの取引で進めているのが電子化だ。これまで商社などを間に挟む形で各地のスクラップ事業者とやりとりをしていたが、『MEX』と称するプラットフォームを開設し、サンプルを分析してその評価結果をすぐにレスポンスしたり、24時間体制でユーザーとコミュニケーションが取れるようにしたりした。これからもユーザー視点で利便性を高めていく。

 なお、今後は、銅そのものの使用量も大幅に増えることが予想されている。電気自動車(EV)に使用される銅は、ガソリン車の4倍にもなると言われている。一方で、平易に採掘できる鉱山が減少していることなどから、天然鉱石の採掘コストは高まっており、その意味でもリサイクルの重要性はより増しているといえる」

 4月から完全カンパニー制と管理職層には職務型人事制度を導入した。この狙いとは。

 「これまでもカンパニー制ではあったが、人事管理や監査などは本社サイドで一括して行ってきた。今後は、各カンパニーが自らの事業に対して責任を明確にし、自律経営を行うという意味で『完全』カンパニー制と位置づけている。これからは人事や監査、経理なども含めて各カンパニーで行う。

 管理職層にいわゆる職務型を導入したのは、職能型の人事制度が時代に合わなくなっていると考えたからだ。今の時代、スペシャリストがいなければ、求められることにマッチしていかない。ただ、多数のスペシャリストを養成する一方、少数のゼネラリストも必要だと考えている。選抜してそのような人材も育成していくつもりだ。

 もう一つはポジションの見直しだ。職能型だと、『人がいるからポジションをつくる』ということが往々にしてあったが、そうではなく『求められるポジションを設定して、それに当てはまるように人が専門性を高めていく』ことが重要になる。雇用延長によって、65歳まで働くことが当たり前になったが、近い将来、定年そのものがなくなるかもしれない。『何歳だから終わりです』ということではなくなる」

 若者がメンターとなって、管理職社員などに話をする「リバースメンタリング制度」とはどのようなものか?

 「創業150年、鉱山業をはじめとした現場中心の会社だということもあり、コミュニケーションのあり方が『上意下達』という面があった。それが行き過ぎると指示待ちの人間が増える。

 私自身、若手との対話集会を積み重ねてきた。毎回5、6人くらいずつ2時間ぐらいのセッションで、何のテーマも設けず、ざっくばらんに話し合うという形式だ。同世代の役員と話をしていると、お互い、大体のことがすんなり分かってしまうことが多い。Z世代とも呼ばれる若い人たちが今、どのようなことを考えているのか分かっただけでも大きな意義があると思う。

 そうした背景があって、リバースメンタリングを導入した。この制度は若手が自分の伝えたいテーマを持ってプレゼンをし、それを元にして、半年間、意見交換をするというものだ。

 私のように60代の人間もいれば、20代の人もいる。そういう幅広い世代がいる組織の中で、『上からの指示なので反論できない』とか、『言わないでおこう』ということを解消していくことが必要だし、上からの指示を待っているような状態というのは、当社にせっかく入社してきてくれた人たちの能力を最大限活かしきれていないことになる。本当は100の力を持っているが、上からの指示に従っているだけで、50ぐらいしか力を発揮できていないかもしれない。それではあまりにももったいない。

 私としては、そういう人たちの力を最大限引き出すために、言いたいことが言えるようにしていく、そういう雰囲気をつくることが大事であり、そのような会社に変えていかなければならないという危機意識がある。

 私は40代前半の頃、現場トップとしてベトナムの石灰石鉱山に赴任した。エンジニアとしての技量に自信を持って臨んだが、最も大変だったのは、現地スタッフとコミュニケーションを取り、こちらの意図するように動いてもらうことだった。結局は、技術を良く知る技術者であっても、人に動いてもらわなければ、自分の考えていることを実現することはできない。

 この経験が今も生きている。自戒を込めてだが、優秀な社員でも、経営者でも、事業を誰よりも知っているということにはならない。誰にでも知らないことはいっぱいあって、もっとよく知っている人はたくさんいる。だからこそ、一人ひとりの力を十二分に発揮させるようにすることが大切だ」

 会社は組織である以上、上下関係は必要だが、権威を振りかざすだけでは人の心は動かせない。三菱マテリアルではトップ自らが常に〝謙虚〟であり続けることで社員の力を引き出しているのだ。

出典:Wedge 2022年6月号

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