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神話化される「ナチ宣伝」 21世紀の危機を見抜くには|【特集】真珠湾攻撃から80年 明日を拓く昭和史論[PART-6]

80年前の1941年、日本は太平洋戦争へと突入した。当時の軍部の意思決定、情報や兵站を軽視する姿勢、メディアが果たした役割を紐解くと、令和の日本と二重写しになる。国家の〝漂流〟が続く今だからこそ昭和史から学び、日本の明日を拓くときだ。

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文・佐藤卓己(京都大学大学院教育学研究科教授)

戦間期のドイツではラジオの普及により、階級を問わない新たな言論空間が生まれた。そこに対応できたのがヒトラーだった。ナチ党とメディア、大衆の相関は、SNS時代の今にとって重要な教訓となる。

 今年1月、ドイツ出身の亡命ユダヤ人歴史家であるジョージ・L・モッセ(1918~99年)の改訳版『大衆の国民化—ナチズムに至る政治シンボルと大衆文化』(ちくま学芸文庫)を刊行した。ファシズム理解に新局面を拓いた古典だが、予想以上に読まれているようだ。

 アドルフ・ヒトラーの成功を「プロパガンダ」という言葉で説明することを拒むモッセは、人々の政治参加を可能にした運動の形成プロセスに光を当てている。そこには「ドイツ国民もナチズムの絶対的なプロパガンダに操られた被害者だった」とする戦後ドイツ側の弁明に対する、ユダヤ人としての批判がこめられていた。

 それにしても「大衆の国民化」というタイトルが20世紀よりも理解されやすくなったことは確かだろう。翻訳した当初、「国民の大衆化」と言い間違える人も少なくなかった。この言葉は、ヒトラーがナチ党の目標を述べた『わが闘争』第一巻(原著25年)の文章から採られている。

「広範な大衆の国民化(中略)は、生半可なやり方、いわゆる客観的見地を少々強調する程度のことでは達成されず、一定の目標をめざした、容赦のない、狂信的なまでに偏った態度によって成し遂げられるのだ」

 グローバル化の進展により国民国家がエリートと大衆の分断に揺らぐ今日、「大衆の国民化」は世界各国で「狂信的なまでに偏った態度によって」追求されている。英国の「欧州連合(EU)離脱」、トランプ前大統領の「アメリカ・ファースト」、ロシアや中国など権威主義体制の愛国スローガン、あるいはコロナ禍でも強行する「復興五輪」、いずれも目指すところは「大衆の国民化」であろう。ばらばらになった大衆を一つの国民にまとめあげようとしたヒトラーの目標は、極めて今日的なものだ。日本語版に際し寄せた序文(93年)で、モッセは執筆の目的をこう要約している。

「この時代を体験した我々の多くは、ナチ宣伝を、また大衆の感性的動員を軽蔑的に語るが、次の事実を忘れている。つまり、問題は、主権在民に基礎づけられ、すでにルソーとフランス革命以来、近代の中心課題の一つと認められてきた政治様式なのである。すなわち、いかに一般大衆を国民国家に組み込み、いかに彼らに帰属感を与えることができるか、という問題である」

 モッセは大衆が国民として政治に参加する可能性を視覚的に提示する政治様式を「新しい政治」と呼んでいる。それは、公共の利益を目指す人民の「一般意志」に基づく政治の確立を主張した哲学者ルソー、フランス革命の人民主権に端を発し、19世紀を通じて大衆の自己表現と自己崇拝の様式を発展させ、社会主義運動を含む大衆運動において絶大な威力を発揮した。

 そもそもナチ宣伝に技術的な独創性はなく、街頭行進やポスター、シンボル、旗の利用など大半は社会民主主義の労働者運動から剽窃ひょうせつしたものである。宣伝技術論からは、ナチ党が「国民社会主義ドイツ労働者党」を名乗るのはごく自然なのだ。

シンボルや旗、行進

シンボルや旗、行進といった宣伝手法はナチ党の発明ではない(FPG/GETTYIMAGES)

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