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#96 乳がん全摘後(利き手側)の運動、スポーツ:制約される動きとスポーツの基本動作における注意ポイントを考察

この記事は、日常的にスポーツや運動をしている方が乳がんの診断を受けたときに、術後の練習再開時にご参考いただければと思い書きました。


前置き

2022年6月に、乳がんによる右胸全摘手術を受けました。
わたしの仕事は体を動かすのが必須であり、さらに利き手側の手術だったため、術後の運動能力に対して真っ先に不安がよぎりました。

担当医曰く「術後のリハビリに問題がなければ制約なく開始してOK」とのことでしたが、実際はちょっと気をつけたほうがいいなと思うことがいくつかありましたのでまとめてみました。

乳がんは、がんの中でも成人女性が罹患する一番多い病気で、患者数は9人に1人の割合といわれていてかなりメジャーです。
アスリートやインストラクター、日常的にスポーツを楽しんでいるひとが乳がんと診断されたときに「術後はどれくらいで元のように動けるようになるのか」は、気になることの一つと思います。

一方、乳がん専門医もアスリートレベルで日常的に身体を動かしていたり、さまざまなスポーツの動きに精通している医師はそれほど多くないのではと思います。患者から相談されても「無理のない範囲で」としか答えられないのが通常ではないかなと感じました。

なので、支障なくできる動き、気をつけたほうがよい動きなど、基本のスポーツ動作を中心にまとめてみました。手術後の復帰計画の一助となれば幸いです。

なお、病気の事象はそれぞれ違うので、前提として、主治医にできる限り相談のうえ、参考にしていただけたらと思います。
また、痛みがある場合には絶対に無理しないでください。

(わたしが感じる筋肉の動きの感覚と、身体動作に関する知見を基にした個人的な内容です。ご了承ください)


1.病気の概要・経緯

  • 術前診断:非浸潤乳管癌(5.0×1.6×1.4cm:stage:0)、リンパ節転移なし

  • 術式:右 乳房切除術 腋窩センチネルリンパ節生検(腋窩センチネルリンパ節郭清なし)、乳房再建なし

  • 経緯:もともと10年以上前に石灰化の指摘があり、当時の生検では良性を確認。その後、経過観察(年1回)。
    2022年4月に経過観察をしている病院とは別の、自治体の検診クーポンで受診したクリニックにて再び生検を勧められる。紹介先の病院で5月中旬に乳がんと診断され6月上旬に手術。術後4日目ドレーン抜去、術後5日目に退院。(入院期間はトータル1週間)


2.術後のリハビリ体操

手術の翌日からリハビリが始まります。
画像のような6つの動きを午前と夕方に実施、この体操が退院までに問題なくできるようになっていればその後の日常生活にまず支障はないと思います。

矢印の方向へそれぞれ5回ずつ実施。

詳細はこちらのサイトで動画が紹介されています。→ 手術後のリハビリ体操


3.制約される動き、注意したほうがよい動作

全摘手術の場合、胸の中心から脇のほうにかけてやや斜め上方向に切除の傷が残ります。10~12cmくらいの長さです。

術後はこの傷の周りに水分(血漿やリンパ液など)がたまるので、それを抜くためにドレーン(管)が挿入されていて、日に日に水が少なくなるとドレーンは取ってもらえます。ドレーンが抜ければ退院できます。

創部や腫れなど

なお、退院後も傷周辺に腫れが残っていると、水分はたまります。
わたしの場合、退院から1週間目の再診で140㏄、2週間目の再診で30㏄溜まっていました。

水は注射器で吸引します。皮膚の神経はまだ麻痺しているので吸引時に痛みはほとんどなく、むしろ水分が抜けることで圧迫されているような痛みが取れて動かしやすくなります。


・動かしづらい部分

切除後に縫合した傷そのものが痛む場合には胸全体が動かしづらいと思います。

傷の痛みや傷周辺の腫れが引いている場合は、わきの下と胸の境目、ドレーンを入れていた穴の周辺につっぱりを感じます。

動かしにくい場所

具体的な動きでいうと、真上に手を伸ばす、後ろに思いっきり手を伸ばす(引く)動作は引っ掛かりを感じると思います。


・運動負荷の目安

術後2~3週間くらいは、動かしづらい部分への負荷は通常の2~3割程度がよいかなと思います。

多少の痛みがあってもいつも通りに動けてしまうかもしれませんが、たとえば週4日以上スポーツをしているような人の場合、ふだんの運動レベルがそもそも一般的な負荷に比べて相当高くなっているはずです。
それくらい高負荷の運動はおそらく医師が想定する「運動してもOK」を超えているのではないかと想像します。

実は、退院から数日の間、ふだんの4〜5割程度の負荷で動いていましたが、右わきの下に硬いしこりのような腫れが新たにできてしまい、腕が真上に上らない状態です。(その後、術後4~5ヶ月経過したあたりで真上に上げられるレベルに戻りました)
術後や退院後の最初の再診まではなかった腫れです。

超音波検査では問題なさそうということでしたが、担当医も乳腺科の他の先生も、これまでの患者では見たことがない部位にできた皮下組織の腫れとのことで、どれくらいで治るのかもわからない状態です。(ちなみにモンドール病でもないそうです)

術後や退院直後にはなかった腫れができてしまい腕が真上に上がらない

なので、かなり “もの足りない” くらいの強度でしばらく様子をみることを強くおすすめします。


・動作ごとの注意点

ここからは、利き手側を手術したケースで、支障ある動作や問題なく動ける動作などを記載していきます。

①日常動作

NGな動き:肩より上に物を持ち上げる、重たいものを持ち上げる、高い棚から物を取るなど

キッチンで棚からものを取る、洗濯物を干すなど、ふだん無意識で行っていることが多いと思うので、うっかりやってしまうとわりと痛いです。

台を使う、あるいは、かかとを上げて下半身も一緒に動かすようにするとやや負担が減ります。窓拭き掃除とかも上のほうはやらないほうがいいかも。

それ以外の動作は基本的に問題ないと思います。


②ストレッチ全般

  • 下半身単独のストレッチは問題ありません。

  • NGな動き:上半身と連動するようなストレッチは、切除部分が引っ張られるため無理しない

具体的には、仰向けになって腰をひねる、立ち姿勢から横に上半身を倒して体側を伸ばす

仰向けでの腰をひねるストレッチは伸ばせない

そのほか、両手を頭につけたランジウォーク、オーバーヘッドサイドリーチでのランジ、インチワームも避けた方がよいです。

ヨガのチャイルドポーズ、ハトポーズなども伸ばしづらさを感じると思います。

動かしづらい、伸ばしづらい動きの例


③筋トレ全般

  • ストレッチ同様に、下半身単独の筋トレはほぼ問題なくできます。(入院中もピラティスボールを使って下半身のみ筋トレ・ストレッチは実施してました)

  • NGな動き:両手を上げて行う・ぶら下がる動作や胸をしっかり開いて行うもの、床をプッシュするような動作、

マシーンを使った筋トレでは、ラットプルダウン、ペックデック、バーティカル・チェストプレス、ロープーリー・シーティッドロウ
そのほかの筋トレでは、腕立て伏せやぶら下がり懸垂、ベンチプレスなどは避けた方がよいです。

プランクはひじから下をしっかり床につけて、お腹で支えることを意識すれば問題なくできます。


④走る・跳ぶ動作

  • 走る、跳ぶ、いずれも最初は床からの反力をズンっと感じやすく、傷に響きます。痛みに慣れているひとはおそらく気になりません。

  • NGな動き:短距離のような全速力、上半身の引き上げを利用したジャンプ、走り幅跳び、走り高跳び

走りに関しては2~3キロの軽いジョギングであれば全然問題ないですが、手術側のひじをしっかり後ろに引ききれずに反対側へ体幹が引っ張られるような感覚が少しあります。
そのため走りのフォームが乱れるというか、体幹の位置やバランスを気にしながら走るのでムダなエネルギーを使います。わたしは2キロランで様子を見ています。

短距離などはドリルを中心に、心肺機能の強化は自転車やアジリティドリルの種類を増やすなどの工夫が良いと思います。

ジャンプは上半身を連動させずにできる動きでまずは様子を見て、徐々にならしていくことをおすすめします。


⑤投げる・打つ動作

  • 投げる、打つ、いずれも軽いボールを使用したり軽い素振りなどで感覚をつかむのが良いと思います。決して思いっきり投げない、振らない。

  • NGな動作:床反力、下半身のひねりから得られる力をフルに発揮する投げ動作・打つ動作、野球やソフトボールのピッチング、バッティング、バレーボールのアタック、バドミントンやテニスのサービス、ゴルフスイングなど

ボールを投げるのも、打つのも、本来であれば床反力・下半身のひねりから得た力を上半身に伝えることによって、スピードを上げられたり、より遠くへ投げることができるわけですが、術後すぐはおそらく難しいと思います。
胸の周辺が伸ばされて痛かったり、腕が思うように上がらなかったり。

そのため、上記以外の動きや、投げの正確性などを目的にした練習に注力したほうが取り組みやすいと思います。


⑥衝突する動作

コンタクトスポーツである柔道やレスリング、ラグビー、ボクササイズなどは、すべての動きが全身を連動させている動きなので、実践練習はむずかしいのではないかと感じています。

術後すぐの練習は下半身強化などのフィジカルトレーニングがよいのではと感じます。


⑦その他の動作(泳ぐ、蹴る、滑走、回る・反るなどバレエやダンス系、ジムのスタジオプログラムなど)

  • 水泳は、腕や肩をしっかり回してパワーを出す動きなので、どの泳ぎも難しいのではと想像します。平泳ぎは他の泳法より脚の推進力の割合がやや高いようなので(腕35〜40%、脚55〜60%*)、平泳ぎから慣らしていくのが良さそうです。

  • 蹴る動きは、腕や肩の動きを利用したフォームでは痛みを感じたり、フォームが崩れたりするかもしれません。

  • スケートやスキーなどの滑走は、走りの動作同様にできなくもないけれど、フォームが乱れる可能性が考えられます。

  • そのほか、バレエ、ダンス、スポーツジムのスタジオプログラムなどは、ストレッチ全般・筋トレ全般・跳ぶ動作のNGな動きを参考にしてみてください。
    基本的に、上半身が伸ばされる動きや倒立系などの腕で体を支える動作はむずかしいです。

  • ピルエットやシェネターン、パドブレは支障なく練習できます。

  • アイソレーションは首と腰はOK、肩・胸は少し痛みを感じます。

  • 最後に、わたしの専門であるポールダンスでのNGな動きは、利き手で支える前方向の基本スピン、スーパーマン、ハンドスタンド、スピニングポールでの片手スピンは絶対にやらないほうがいいです。
    NG以外のスピンはOK、たとえばバックスピンやサイドスピン、逆さま系、脚技系はわりとスムーズにできています。

(*)参考文献2,p128 7章水の運動 推進力を生み出す水の抵抗 参照

4.手術部位が利き手と反対側、両側のケース

利き手側と反対側を全摘した場合には、利き手側のケースほど不自由さは感じないと思います。わたしも右がダメなものはほとんど左で対応できています。

両腕で支えないと完結できない動きや身体全身を強く連動させる動きは制約されますが、たとえば、ラケットやクラブなどで打つ動作は、100%は無理でも半分くらいの強度から始めると良いのではと思います。

一方、両側手術の場合には、制約される動きは多くなるだろうなと想像しています。


5.参考までに

・術式(全摘)

術前の画像では、がんの部分がわりと散らばっているような感じだったので、術式は全摘一択、温存の選択肢はありませんでした。
医師からは「(もし見た目が少しでも気になるなら)乳頭と乳輪を少し残すことはできる」と言われました。

ですが、病巣は基本的に取ってしまったほうがいいのではないか、という考えがなんとなく頭のなかにあったので完全摘出でいきました。

そして先日、病理検査の結果が出てきましたが、概要で表記したとおり、なんと5センチの大きさでした。術前の画像には映らない部分があったようです。
術式にとくに迷いもなかったけど、結果的にも全摘しておいてよかったなと思いました。

ちなみに乳管や小葉にとどまっている限りはどんなに大きな腫瘍でもステージ0なんだそうです。


・遺伝性の有無

2年ほど前に身内が、乳がんと肺がんを同時期に患った(転移ではなく、それぞれ別のもの)こともあり、「もしや遺伝?」と思ってHBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)の検査を受けました。

しかし、BRCA1・BRCA2という2つの遺伝子はどちらも陰性で遺伝性は否定されました。
わたしが受診した病院では年間120~130人くらいの人がこの検査を希望して受けているようですが、陽性者の割合はおよそ15%前後だそうです。

ちなみにわたしの生活習慣は、たばこは20年前、お酒は8年前に断っていて、睡眠時間も7時間は確実にとれている、わりと健全な生活スタイルだと思いますが、罹るときは罹るという感じでしょうか。さすがメジャーながんですね。

なお、HBOC検査は自費で20万くらい、一定の条件を満たすと保険適用されます。


・乳房再建手術

乳房を全摘するケースは、切除後に再建手術を受けることもできます。
再建方法は、3つ。
大胸筋の下にインプラント(人工乳房)を挿入する、腹直筋の皮膚と脂肪を移植する、広背筋の皮膚と脂肪を移植する方法です。

切除手術前に再建の有無および再建するならどの方法で行うのかを決める必要があります。
詳しい内容は国立がん研究センターのページをご確認ください。


いずれの方法も筋肉に影響があると判断したのでわたしは再建なしを選択しました。

どれくらいの人が再建を希望しているのか全体的な統計はわかりませんが都立駒込病院のページには2012~2018年までのデータが記載されています。


・手術前のネット検索

乳がんと診断されてから手術まではわりと早く進んだのではないかと思いますが、手術を終えるまではあえてネット検索はしませんでした。

全摘は残念なことだとは思いましたが、それよりも、未来が健康であることを望んだのでさっさとやれることをどんどん進めるという気持ちでいました。
が、ビビりなのでうっかりネット検索してしまったらその気持ちが揺らぐのでは・・という不安もありました。

そのため、ネット検索は絶対に行わず、医師から提供される情報を基に判断しました。

ふつうに考えても医師から提供される情報より、素人がたどり着く情報の精度が高いということは考えにくいし、誰かの闘病日記を読んで気持ちがそちらに引っ張られて落ち込んだまま日々を過ごすのは精神的にも良くないです。

検索しないとこの記事にたどりつかないようなことを書いておいてなんだか恐縮ですが、正しい情報の判断がむずかしいと思うひとはネット検索しないほうがいいとおもいます。



6.乳がん検診を受けたことない人へ 検診はぜひ受けてほしい

たまたまこの記事にたどりついた40歳以上の女性の方で、もし、乳がん検診をまだ受けたことがない人がいたらぜひ受診していただきたいなと思っています。

冒頭に少し書きましたが、乳がんは成人女性において罹患する割合がかなり高い病気なので、できれば検診はマメに、年1回は受診されることをお勧めします。

早い段階での発見であれば、時間的・経済的な負担もおそらく軽微で済むと思います。(精神的なものは個人差あると思いますが、それでも進行しているより早期のほうがまだ軽いはず・・と感じています)

乳がんは国が推奨する5つのがん検診の一つなので、40歳以上になると自治体から2年に一度、検診クーポンが配布されます。

わたしのように40歳以前から経過観察されているひとも、面倒でなければそちらも受診しておいても損はないかなと。
クリニックによっては経過観察していた過去の画像と比較して対応してくれるところもあります。

今回見つけていただいたクリニックのお医者さん(大きな病院から特定の曜日だけ来ている医師)は、それまでの画像と比べて
「気にしすぎかもしれないし、(このクリニックの)機械が最近入れ替わってコントラストが良くなっただけかもだけど・・念のため大きいところで診てもらって」
という軽い感じでしたが、結果的にはそれが良い判断となりました。

検診はぜひ受診されることをお勧めします。


【参考文献/参考サイト】

  1. がん・感染症センター 都立駒込病院(2020)「がんと闘う病院 都立駒込病院の挑戦」講談社

  2. 石井喜八・西山哲成編著(2002)「スポーツ動作学入門」市村出版

  3. G.Gregory Haff , N.Travis Triplett編 篠田邦彦・総監修(2018)「NSCA決定版 第4版 ストレングストレーニング&コンディショニング」ブックハウスHD

  4. A.I.Kapandji(2019) カパンジー機能解剖学 Ⅰ上肢(医歯薬出版株式会社)

  5. 都立駒込病院ホームページ  https://www.tmhp.jp/komagome/

  6. 乳がん情報サイト「乳がん.jp」https://www.nyugan.jp/

  7. 国立がん研究センター 東病院 https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/index.html

  8. 「がん治療についてのよくある誤解」SNS医療のカタチONLINE vol.6 https://youtu.be/FQ46gGXgQe8

  9. NHK みんなの声で社会を”プラス”に変える 【がん検診】早期発見しなくてよいがんがある? https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0119/topic009.html


もし気に入っていただけましたら、次回の更新もぜひ楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。