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人の暖かさに触れた話〜大雪の秩父にて〜

noteを始めて以来、堅苦しい話ばかり書いてきたので、今日は趣向を変えて未だに筆者が忘れられない「心暖まる体験談」を紹介したい。

時は遡り、2018年1月22日。忘れられない体験をした日。まずは当日18時の天気図をご覧いただこう。

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冬の南岸低気圧。普段あまり雪の降らない太平洋側の地域でも大雪となることがある典型的な天気図のパターンだ。実際にこの日は関東甲信地方で記録的な大雪となり、東京23cm、横浜18cmなど2014年の「伝雪」以来の大雪となった。

※伝雪:2014年2月8日、2月14日〜15日と2週連続で関東甲信地方を襲った「伝説的な大雪」を指す。

数ある気象現象の中でも筆者は関東における降雪が特に好きで、後に気象予報士試験を受験する大きな原動力の一つでもあった。当時、医学部の勉強はまだ本格化しておらず、1月22日は月曜日であったが自由に時間を作ることができた。雪は午後から本格化する予報だったこともあり、午前のうちに電車で降雪量がまとまりそうな場所まで行って雪見旅行しようと前日から計画を始めた。暇していた大学の友人も誘い、3人で行くことになった。

前日1月21日の時点で、MSMの積算降雪量の予測はこんな感じだった。

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山中湖・河口湖あたりから丹沢にかけて、そして秩父から奥多摩にかけて40cm以上の降雪量が予想されており、テンションMAX。当時まだ訪れたことのなかった秩父へ弾丸で向かうことに決まった。

午前中は、東秩父村の山をトレッキングして時間を潰した。まだまだ降雪は弱く、標高837mの笠山頂上でも雪はうっすら積もっている程度だった。(11時を回った頃に撮影)

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笠山頂上(標高837m)にて。気温は氷点下だった。

慎重に下山し、いざ電車で秩父へ向かった。途中の寄居駅で16時前に撮影した1枚。雪の降り方が本格的になってきたものの、この時点では降水がMSMの予測よりもだいぶトーンダウンしており、「期待していたほど降らなそうで残念だなあ」というのが率直な感想だった。

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寄居駅ホームにて。2014年の伝雪を経て大雪の感覚が麻痺していた。

雪が深くなる前に秩父駅近くの宿へと急ぐ計画だったが、ここで邪念が生じた。「どうせだったら秩父の奥の方まで行って観光してから宿に行こう。このくらいの雪ならきっと問題ないだろう…

そこで急遽行くことに決めたのが奥秩父の冬の名勝「三十槌の氷柱(みそつちのつらら)」である。hpを確認すると当日は夜のライトアップが行われてることを知り、「これは行くしかない!」と同行者含めて3人で喜んだ。

秩父鉄道の終着駅である三峰口駅まで電車で向かい、駅からバスで20分、さらに歩いて15分という秘境にある絶景スポット。三峰口駅に着いた時点で積雪は10cm近くになっており、雪は強まるばかりであった。後から冷静に考えればこの時点で引き返すという選択肢が賢明であったが、後先を考えず奇跡的にまだ動いていた路線バスに乗り込み、三十槌の氷柱へと向かった。乗客は自分と同行者を除くとわずか数人だったと記憶している。雪が降りしきる静かな山奥をバスは走り続けた。

目的地のバス停に到着したが、降車したのは自分たちだけだった。雪景色に加えてライトアップまでしているというのに観光客がまさか誰もいないとは。バス停周辺は、大雪の影響もあってか車はほとんど通らず街灯もないので、真っ暗で不気味な世界が広がっていた。

くるぶしを超える雪をかき分けながら歩くこと15分。三十槌の氷柱の入り口と思われる場所に着いた。しかし、ライトアップの明かりは全く見えず、それどころか敷地内へと続く道が封鎖されている。辺りを見渡すと、1枚の張り紙が目に付いた。

「大雪のため本日閉鎖。」

絶望。hpでは特に情報がなかったこともあり、想定外の出来事だった。雪景色を狙って普段より多くの観光客が訪れているのではないかとさえ想像していた。防水スプレーの甲斐なく既に靴の中はびしょ濡れ。張り紙を見た瞬間、体の芯まで冷えていくのを感じた。

気持ちを切り替えて、電車が止まってしまう前に早いところ秩父駅へ戻って宿で雪をのんびり味わおうと思い、我々は再びバス停まで雪をかき分け歩いていった。「次のバスまではまだ結構時間あるかもねえ」なんて呑気な会話をしながらバス停の時刻表を見た。次なる絶望が我々を襲う。

「終バス逃した…」

舐めていた。計画のない旅も楽しいが、こういう悪天候の時は話が違う。仕方なく我々はタクシーで駅まで戻ることに決めた。

幸い、スマホの電波は拾えていたので秩父のタクシー会社に電話する。この電話で我々はさらなる絶望的状況に追い込まれるとは夢にも思わずに。

「もしもし、タクシーの配車をお願いしたいのですが。」

申し訳ございません。雪の影響で本日の営業は終了しました。

嘘だろ……。我々は置かれた状況を飲み込むのに時間を要した。氷点下。降りしきる雪。積雪は増え続けている。徒歩以外に交通手段がない。駅に着いたとしても電車がいつ止まるかわからない。そして何より、ここから三峰口駅までは11km離れている…。

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しばらくの間、呆然と立ち尽くしてしまった。車が通らないので本当にどうしようもない。体は冷えるばかりなので、とりあえず歩いてみるしかないと最初の一歩を踏み出した。

しかし、この時点で積雪は膝まで迫っており、道の境界も不明瞭な極めて危険な状況であり、ゆっくりと慎重に一歩一歩進む他なかった。地図で半分の地点まで行くのに2時間かかった。当日は湿った重い雪であり、雪をかき分けて進めば進むほど体力も失われていった。

3時間近く歩いた頃だろうか。人の気配のある民家が1軒視界に入ってきた。近づいていくと、そこには雪かきをしている一人の男性がいた。バスを降りて以来、久々に人を見かけてそれだけでも心強く感じた。すると、その男性が怪訝な表情で話しかけてきた。

「君たち、どうしたんだい…?」

それもそのはずである。山奥の道を若者3人が悲痛な顔持ちで大雪の中歩いてきたら不気味なんてもんじゃない。我々は状況を説明した。すると、こう声をかけてくださったのだ。

「そこで待ってなさい、駅まで送ってってやるよ!」

言葉を失った。全身雪まみれで何者かもわからない自分たちを何の躊躇いもなく助けてくれたのである。芯まで冷えていた体が徐々に暖まるのを感じた。

そのあと、奥さんが我々のためにタオルまで持ってきて下さり、駅まで送って下さった。駅が見えてきた時、涙が出そうであった。自らの愚かさ、人の暖かさ、無事に帰ってこられた安心感。様々な思いが胸に沁みた。

「本当にありがとうございました。」

お礼をし、車が山奥へ戻っていくのを見送った。幸運なことにまだ動いていた電車をホームで待ちながら我々は話した。

「いつの日か必ずまた三十槌の氷柱を見にこよう。そして、あの家に立ち寄ってもう一度お礼をしよう。」

この日のことは忘れられない。

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秩父駅まで下りてきても雪は降り続いていた。

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