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旅の回顧録☆イタリアの自動販売機、まつわる小銭のお話。

1999年の大みそか。当時、私は30歳です。

夜間アルバイトをしていたリストランテ(イタリア料理の高級店)のオーナーら家族が、「大みそかが明けたら一緒にイタリアへ行かない?」と誘ってくれました。

オーナーらはフィレンツェに家を持ち、年に数回食材やワインの買い付けに、毎年イタリアへ訪れていました。正月を迎えたあとのアリタリア航空のエアチケットは破格だったため、いつもその時期に行っていると言っていました。

さて、私はオーナーらと成田空港で待ち合わせて、イタリアのフィレンツェへ飛びました。

イタリア旅行は、2週間でフィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、ローマの4都市を過ごしました。そんなにも休みが取れたのは、当時は派遣社員だったからです。

オーナーたちは美味しいレストランを熟知していたので、ランチとディナーだけ共にし、あとは別行動にしました。実はその旅の2年前から、私はアルバイト先のリストランテで、イタリア語講師を招いて、2年間イタリア語を学んでいました。おかげで、簡単な旅行会話くらいはできるようになっていて、不便は感じませんでした。

オーナーらから予約してもらっていた格安、でもすごくキレイな個室のゲストハウスに荷物を置いて、一人で街へ繰り出しました。

バスを待っていたところです。当時は日本でも珍しかったピーチティーの自動販売機があったので、飲んでみようと(確か500)イタリアリレ(リラ)のコインを入れて、商品ボタンを押したところピーチティーは出て来たけれど、おつりが出て来なかったのですよ。

どうして?と思い、自動販売機をあれこれ眺めていたら、おつりが出る仕様ではなかったようで、後ろで待っていたご婦人におつりが出ないことを伝えると、英語で「イッツ、イターリアそれがイタリアよ」と返されました笑。何故だか妙に納得し、日本じゃトラブルがあったときの連絡先も販売機に載っているものですから、ちょっとびっくりしたけど笑っちゃいました。

まあ悔しいけど、確か百数円?数百円?くらいだったから「ま、いっか」と気を取り直して、今度はバスに乗り込んで、ウフィツィ美術館を目指しました。

ところがここでもなのですが、バス運賃もおつりがないので、小銭はあらかじめ用意しておかないといけなかったようです。同乗していた人が両替をしてくれて、何とか難を逃れました。新年真冬の寒い季節だというのに、バスの中ですごく汗をかいたことを覚えています笑。

日本とずいぶん勝手が違うな。そんなふうに思いました。

なので、私は朝ご飯代わりのパニーニをキオスクで買ったときに、お札を使って小銭をもらうようにしました。万事、そんな感じで小銭をもらうようにしていったのです。

ところがこれが、もうお気づきの方もいると思いますが、小銭だと日本円に戻すとき替えてもらえないわけです。そのときまで私は知りませんでした。

帰りの空港の免税店でワインを買って帰ろうと物色しましたが、ぐずぐずと悩んでいる間に搭乗時刻がやってきました。

私は旅の終わりにたくさんのイタリアリラを持ち帰ったわけですが、現在イタリアの通貨はユーロです。その後イタリアへ行く機会もなく、自宅の外貨保管箱の中には、当時のイタリアリラがそのまま残っています。

今はイタリアもキャッシュレスが進んでいるでしょうし、おつりがもらえないということはなくなったでしょう。

自宅のイタリアリラのコインをみるたびに当時の思い出が懐かしく浮かんでくるのですが、ちょっともったいなかったなと思うとともに、これも大切な社会勉強だったなと感じています笑。

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