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ウェルビーイング大学とわたし by じゃり

"ウェルビーイング”という言葉がが気になりはじめたきっかけは、はっきり思い出せないけれど、“ウェルビーイング”という言葉がわたしにとって特別で身近なものになったきっかけは、はっきりしている。それは、2020年の8月に慶應大学の前野隆司先生が主催するオンラインサロン「ウェルビーイング大学」に入学したことだ。

ソーシャルワーカーとして地域コミュニティに関わり、地域で多世代がしあわせに交じり合うってどういうことだろうと考える中で、‟ウェルビーイング”に可能性を感じたことが、きっかけだったように思う。

ウェルビーイング大学でクラスの活動に参加したり、クラブ活動を覗いてみて感じたこと。
それは、ウェルビーイングは、それについて考えるだけで、しあわせな気分になれること。
そして、ウェルビーイングは、一人でそれを考えるより、人と考えた方がずっと楽しいし、いろいろな角度からウェルビーイングのシャワーを浴びせかけてもらい、豊かな気持ちになれること、である。

“計画された偶発性理論”に則っているという噂のランダムなクラス分けによって、学校のクラス替えのドキドキ感を思い出しつつ、多様な人と知り合い、いっしょに何かをつくる得難い経験をさせてもらっている。ちがいが、コミュニケーションの難しさではなく豊かさにつながっているように感じられるのは、“ウェルビーイング”という共通項があるからなのかもしれない。

ウェルビーイング大学に参加し始めた頃に、「ウェルビーイング・ファーストで」と言われ、一人ひとりが自分のしあわせを優先しつつみんなでいっしょにとりくむ、理想的だけどそんなにうまくいくのかなー。ものごとを斜に構えて見るクセのあるわたしは、心の中で反射的にそう思ってしまった。結果的に、メンバーが無理せず自主的に関わることが個々の力を最大限に引き出し、納得してとりくむことで満足度が高まることをクラス活動で実感し、“しあわせなコミュニティ”も夢ではないかも。そう思えるのは、ウェルビーイング大学のような場があることに背中を押してもらっているからなのだと思う。

“ポジティブに捉えるとしあわせ”という考え方について。しあわせが気のもちようなら、無理にしあわせだと自分に言い聞かせるような不自然なことにはならないのかなー?と
幾分懐疑的だったけれど、「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しい」と前向きに考えて行動に移してみることの効用を、交流会の企画など、ウェルビーイング大学のさまざまな場面で実感している。


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