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【究極野球技術:川相昌弘・バント編】優先順位は「コース>打球の勢い」。今こそ示したい、バントの“価値”

 犠打の世界記録を持つバントの神様・川相昌弘さん。巨人、中日で1909試合に出場し、通算533個の犠打でチームの勝利に貢献してきた。

 無死一塁や一、二塁などの場面で打席に入れば、100パーセント近い確率で送りバントのサインが出る。年齢を重ねてからは、「代打バント」で起用されるケースも増えた。「川相なら、決めて当たり前」の空気の中で、淡々と仕事をまっとうした。

 現在は評論家を務めながら、母校・岡山南高校を中心に、高校生や大学生の指導にもあたっている。当然、バントのやり方も伝授。現役時代に培った技術や考え方を惜しげもなく、伝えている。

取材・文=大利実

打球の勢いよりもコースを重視する

 バントの成功率を高める極意とは──。

 そんな質問を投げかけると、「優先順位を考えること」と言葉が返ってきた。
「“いいバント”と聞くと、打球の勢いを殺した緩いゴロを思い浮かべる人が多いと思いますが、打球の方向さえ間違えなければ、高い確率で走者を進塁させることができます。私の中での優先順位は、バントのコース>打球の勢い。第一に考えるのは、『どこに転がすか』。そのうえで打球を殺せれば、120点です」

 たとえば、走者一塁。ファーストは、サードよりもチャージが遅れるため、一塁側にコツンと転がせば、成功する確率は高い。走者一、二塁や二塁であれば、三塁側がセオリーとなる。

 ただし、「絶対にそこに転がさなければいけない」となると、バントの難易度が上がる。右打者がアウトコースのストレートを三塁側に転がそうとすると、どうしてもバットの角度がきつくなる。

「母校に行ったときには、選手たちにこんな話をしました。『困ったときに、ここに転がしたらバントが決まるというコースが存在する。そこをみんなで練習しておこう』。具体的に言えば、一塁のややライン際です」

 走者一、二塁の場面でファーストがチャージする場合、ライン際ギリギリを詰めているわけではない。最後は内側に切れ込み、三塁に投げやすいような角度を作る。

「一塁のラインとファーストの間に転がせば、チャージされたとしても、三塁には投げにくいものです。右利きは投げたい方向(三塁)と逆側に動くことになり、左利きも逆シングルで捕らざるをえないからです」

バスターで相手の足を止める

 川相さんには、今も記憶に残る代打バントがある。中日時代の対横浜戦、9回無死一、二塁の場面で代打起用。マウンド上には剛速球が武器のマーク・クルーンがいた。

「本来は三塁側に転がしたい場面です。でも、クルーンの球は速いうえに荒れていて、角度を付けるのが難しい。一塁前に転がしたほうが成功率は高いと判断しました」

 もう一つ、警戒すべき要素があった。ファーストを守っていた佐伯貴弘の存在だ。100パーセントバントの場面で、いつも猛烈なチャージを仕掛ける選手だった。

「佐伯のチャージをどうにかしなければいけない。実際にやったのは、佐伯がチャージしてくるのに合わせて、バントの構えからバスターの形を作ることでした。そこから素早くバントの構えを作って、一塁側に転がす。ファーストも実際に打たれたら怖いので、足が止まるものです」

 一旦、チャージの足を止めてしまえば、そこからスピードを上げるのは難しい。「バスターがある」と見せるだけでも、バントの成功率は上がる。

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バットの角度を決めて待ち構える

 バントで大事なことは、打球の質よりも、転がすコース。「ここに転がせば、バントは決まる」という“成功の道”がわかっているからこそ、おのずと構え方もシンプルになる。

「ピッチャーの手からボールが離れるときには、もうバットの角度を決めて待ち構えておく。ボールが離れてから、角度を決めようとするから難しくなる。とにかく構え遅れしないことです」

 角度を決めるカギは、左手にある(※右打者の場合)。基本的に右手の位置はあまり変えずに、左手でバットの角度を調整していく。

 手の力は左右均等に込める。ヘッド側の右手だけでなく、グリップエンド側の左手もしっかりと握っておかなければ、ボールの力に負けてしまう。

 試合前のバッティング練習では、「ノーアウト一塁、バントいきます」と宣言したうえで、生きたボールを転がす時間をもうけていた。バントとなれば、バッティングピッチャーはクイックで投じる。クイックのタイミングに構え遅れしないことが、重要だった。

 ただし、あまりに早く構えすぎると、逆に体が硬くなってしまい、失敗につながる。

「バッティングと同じで、バントも間合いとリズムが大事。私の場合は、両手の間を空けて、バントのグリップを作ったうえで、体の前でバットを揺らしながら間合いをはかっていました」

打席の後ろに立つ大きなメリット

 打席の立ち位置にもこだわりがある。必ず、キャッチャー寄りに立つ。より細かく言えば、一塁ラインをホームベースの角まで伸ばし、その延長線上に右足を置くようにしていた。

「『バントは打席の前でやる』という考えが多いですが、前でやるとライン際を狙ったバントがファウルになりやすい。後ろに立つと、ファウルゾーンからフェアゾーンに入れていくイメージを持ちやすく、フェアゾーンの90度をめいっぱい使える感じがある。それに、普段のバッティングで後ろに立っているのに、バントのときだけ前に移動すると、相手に『バントだな』と情報を与えることになる。後ろに立っておけば、相手に警戒心を持たせながら、臨機応変に対応ができます」

 バスターにも切り替えられるように、スタンスはスクエアが基本。ただし、スクイズのサインのときだけ、オープンスタンスに切り替えた。ピッチドアウトされたときに、オープンスタンスのほうが外のボール球に飛びつくことができるからだ。

今の時代こそバントに価値がある

 バントを巡る議論は、いつの時代も活発だ。「アウトをひとつ、無条件で相手にあげるのはもったいない」

「つなぎの二番は時代遅れ。二番にこそ、最強打者を使う」

「バントで確実に得点圏に送るのがセオリー」

 おそらくは、どれも正解であろう。チームの状況や試合展開によって、臨機応変に対応できるのが理想と言える。

 今、川相さんは「バントの価値」をどのように考えているのだろうか。

「打つことがメインになっているからこそ、バントを含めた小技の価値が高まっているように感じます。日本が、五輪やWBCの舞台で海外の強豪に勝つことを考えたら、パワーで勝負するのには限界がある。日本が優れているのは、状況に応じてエンドランを仕掛けたり、しっかりとバントを決めたりする技の部分だと思います。実際、東京五輪で侍ジャパンは強打者を揃えながら、要所で『バント』を効果的に活用し、金メダルに輝きました」

 バントで生きてきた川相さんの言葉だからこそ、説得力がある。バントに対するプライドは、現役時代も今も変わっていない。

(「守備編」へつづく)


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