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【究極野球技術:川相昌弘・打撃編】守備側が”守りにくい”と感じる超一流打者の共通項は”かかとの使い方”

 球界を代表する名手として、定位置のショートから数多くの強打者と対峙してきた川相昌弘かわいまさひろさん。打球方向の傾向を頭に入れながら、バッターの調子やピッチャーとの兼ね合いを考慮し、ポジショニングを微調整していた。そのなかで、どうしても守りにくいタイプのバッターがいたという。引っ張りもセンター返しも流し打ちもある。「守りにくい=打率が高い証」と表現することができる。

取材・文=大利実

落合博満の打撃技術

「横向きの時間が長いバッターは、引っ張りもできれば、逆方向に押っ付けることもできる。変化球に泳がされたかなと思っても、グリップがしっかりと残っているので、最後の最後にヘッドをポーンと返して、三遊間に打ってくる。落合(博満)さんがまさにそのタイプで、非常に守りづらかったですね」

 真っ先に名前が挙がったのは、三冠王3度のレジェンド。ショート・川相として、打者・落合博満(当時・中日)の打球を何度も目にしてきた。1994年からは巨人でチームメイトになり、川相さんが2003年に巨人を退団したあとには、中日を率いていた監督・落合のもとで3年間プレー。さらにコーチとして、指揮官の野球を学んだ。

「落合さんが広角にホームランを打てた理由は、軸足の使い方がうまかったからだと思います。特に逆方向に打つときは、軸足のかかとを上げるタイミングを遅らせて、ベタ足気味に使っている。かかとが早く上がる選手は、腰がしっかりと回って強いスイングができる分、引っ張りの打球になりやすい。外に逃げる変化球の対応に脆さが見える場合があります。守るほうとしても、かかとが早く上がるバッターは、三遊間に意識を置くことができるものです」

 かかとの使い方について、落合さんからこんな話を聞いたこともあるそうだ。

「少しベタ足気味に打てば、犠牲フライなんて簡単に打てるよ」

 走者三塁で犠牲フライが欲しいとき、後ろ足のかかとを極力上げずに、センターからライト方向へのフライを狙っていたという。逆方向を狙おうとすれば、必然的にボールを長く見ることもできるわけだ。

「一番良くないのは、『自分が決めてやろう』と思って、外の球を強引に打って、内野ゴロになってしまうこと。かかとが早く上がると、腰も一緒に回ってしまい、引っ掛けやすい。確実に1点がほしいときは、自分はアウトになっていいので外野フライを狙って打ちにいく。その技術を落合さんから教わりました」

 川相さんの場合は、しっかりと体重移動をしたうえで、軸足の内側で地面を押さえつける意識を持っていたと語る。

かかとの使い方に見る坂本勇人の成長

 現役選手のなかで、かかとの使い方がうまいバッターは誰か。尋ねると、ベイスターズとソフトバンクで2度の首位打者を獲得した内川聖一(ヤクルト)の名前が挙がった。

「内川が一軍で打ち始めたときには、私はもうコーチでしたけど、ベンチから見ていても横向きの時間が長いのがわかりました。落合さん同様に、後ろ足のかかとの上がりを我慢できる。内川も広角に打てるからこそ、あれだけの打率をマークできたはずです。ショートとしては、守りにくい選手だったことが想像できます」

 守備側から見ると、落合も内川も「ヘッドが出てくるのが遅いタイプ」という。遅いゆえに、打球方向の判断がつきづらい。

「広角に打てるバッターのかかとの使い方をぜひ見てみてください。かかとが早く上がり、完全に空を向いているような選手はほとんどいないはずです」

 プロの世界で戦うなかで、だんだんと変化を見せるバッターもいる。川相さんの記憶に強く残るのは、近くで成長を見てきた坂本勇人(巨人)だ。

「私が一軍のヘッドコーチに就いたのが2013年。坂本はバリバリのレギュラー(7年目)でしたが、さらにコンスタントに打率を残すために、広角に打つ取り組みをしていた頃でした。坂本は、もともとは超引っ張りのタイプで、外の変化球も引っ張り込んで打つ技術を持っています。でもそれだけでは、毎年3割を打つような一流選手にはなれない。反対方向に長打が出てこその一流打者です。少しずつ、かかとの使い方が変わっていき、それが首位打者につながったように感じます」

 2016年にはキャリアハイの3割4分4厘をマークして、初の首位打者に輝いた。

「後ろ足のかかとの上がりを抑えて、反対方向に打てるようになりました。感覚的には、『後ろ足で粘れる』。体が突っ込んでいかないので、ボールとの距離を自分で取れるようになったのが大きな成長です」

 かかとを上がりにくくするために、最初から軸足のつま先をやや開いて構える方法もある。巨人の若き主砲・岡本和真がそのタイプだ。

「岡本はガニ股気味で打席に入っています。後ろ足を少し開くことで、外のボールに対してかかとが上がりにくくなる。それぞれの特徴に合った構えを取ることが、大事になってきます」

 この考えを応用することで、インコースに早く反応することもできる。川相さんは、インコースを狙う場合に、軸足のつま先をあらかじめ内側に絞ることがあったという。つま先を内側に向けたほうが、体が回りやすくなるため、窮屈になりがちなインコースであっても時間的な余裕を生み出すことができる、というわけだ。

ゾーンを上げるための目付け術

「来た球を打つ」

 バッターにとって究極の考え方である。

 しかし、そんなことができるのは超一流の一握りの選手のみ。ピッチャーのレベルが上がれば上がるほど、カウントや状況から狙い球を絞ったり、ピッチャーのクセから球種を読んだりして「何を打つか」を明確にする必要がある。

 よく、「目線を上げなさい」「ストライクゾーンを上げなさい」という指示が出るが、それが実践できれば苦労はない。ついつい、低めの変化球に手が出てしまうのがバッティングの難しいところである。

 大事なことは、目線をどこに置くか。現役時代の実例をもとに興味深いヒントをくれた。中日で通算219勝を上げた山本昌に対する攻略法だ。

「右バッターの外に逃げるシンカーを引っかけてしまうと、山本昌の思うつぼになります。あのシンカーをどうやって見極めるか。何度も対戦を重ねていくなかで、カーブを待っていれば、自然に目線が上がり、低めを振らないことに気付きました」

 フッと浮き上がるカーブをイメージしておけば、低めを追いかけることはない。川相さんにとっては大きな発見だった。若いカウントでボールになるシンカーを見逃せれば、打者有利カウントに持っていくことができる。

「二番を打つことが多かったので、ぼくをフォアボールで出してしまえばクリーンアップにつながる。バッテリーからしてみると、一番もったいないのがフォアボール。ボールが先行すると、一番得意なシンカーで打ち取りたいと思うものです。でも、フォアボールはイヤなので、ストライクゾーンに入ってきやすい。そういう場面では、あえてシンカーを狙うことがありました」

 カウントや状況から、バッテリー心理まで読み解き狙い球を絞る。決してずば抜けたパワーがあったわけではないが、猛者がそろうプロの世界で存在感を見せられたのは、こうした読みがあったからだろう。実戦で結果を残すには、打席でやるべきことを整理する必要がある。

 野手から見ると守りづらく、かつバッテリーの視点から嫌らしいバッターとして警戒されてこそ、本物の一流打者となる。


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