見出し画像

現世界グルメ「肉うどん」


 うどん。と一口に言っても色々ある。関東と関西でも方向性は違うし、四国、特に香川はまるで違う。
 また、名古屋のきしめん、秋田の稲庭うどんのようなケースもあり、これらを全て「うどん」と一括りにするのは危険だと言える。全く方向性が違うからだ。
 実を言うと、筆者はうどんより蕎麦が好きなのだが、これを断定するのは難しい。
 と言うのも、絶品の蕎麦は至福の時間を与えてくれるが、その反対に、ハズレの蕎麦を食わされた時はたまったものではない。
 そう。蕎麦は当たり外れの落差が激しいのである。
 個人的に駅の立ち食い蕎麦など、まるで蕎麦の香りもしないようなかけ蕎麦は嫌いではない。いや、むしろアレはアレで完成された食べ物だとさえ思っているぐらいなので、好きなのである。
 度し難いのは、いっぱしの店構えで、それなりの値段を取っているにもかかわらず、蕎麦の香りが微塵も感じられないような蕎麦屋が悲しいほどに数多存在している事だろう。
 おそらくは「うどんの代替品」としての庶民食だった蕎麦が、その地位を向上させようとした結果、蕎麦の「価値」だけが上がってしまい、実が伴わない店が跋扈してしまったのだ。似たような現象は「保存食」から「庶民食」へと変化し、そして「高級食」に上り詰めた「寿司」にも言える事だが、こちらは「回転寿司」や「パック寿司」と「高級寿司」でそれなりに棲み分けが出来たように思われる。
 しかし、蕎麦屋に関しては店構えだけが立派なのに、今ひとつ高級食になり損ねている店が多い。要するにガッカリさせられる店が多いのだ。
 それに比べると、うどん屋における高級店は、まずその存在が少ない。
 したがって、期待値的にも味的にも値段的にも、落胆させられる事が少ないのである。
 無論、うどんも好きな身としては、うどんを高級食に持ち上げる動きがあってもいいと思うが、それはまた別の話としよう。
 そんな訳で、うどん屋は広い意味でハズレを引く事が少ない。それは大きなアドバンテージだと言える。
 そして、うどんの素晴らしいところは、うどんのメッカとも言える香川の讃岐が、安くて美味い事だ。
 通常、名産地ともなれば価値が上がり、観光客に向けてどんどんと高級食化が進む。しかし讃岐は違う。美味さだけでなく、安さをも追求したからである。
 安くて早くて美味くて満腹になり、飽きがこないと言うのは、グルメに取って究極の存在だと言えよう。
 だが、今回の主題は讃岐うどんではない。何故ならば、讃岐は美味いからだ。美味くて当然と言うレベルで美味いからである。高級食材が美味いだとか、高品質の方が美味い、なんて当たり前の事を語るグルメなど何の価値もない。
 好みはあろうが、讃岐うどんが美味い、なんてのは、そりゃ美人女優なんだから美人に決まってると言うトートロジーに過ぎないのである。
 そして困った事に、香川の近隣にでも住んでいない限り、讃岐は遠い。遠いと言うことは、交通費がかかるし、つまり、時間もかかる。そしてそれは、食べたい時に食べられる、というメリットを捨てることでもあるのだ。
 ならば何を語るか。簡単だ。
 うどんの魅力についてだ。
 蕎麦は、やはり蕎麦の香りや味こそが蕎麦の無力だと言える一方で、その個性の強さからか、料理のバリエーションは極度に少ない。
 念のために言うと、「中華そば」や「焼きそば」などは蕎麦粉を含まないので今回の蕎麦カテゴリからは外してある。
 フランスのガレットなど、蕎麦粉を使った料理がない訳ではないが、うどんに比べると、やはり用途が多いとは言えない。
 その点、うどんは違う。プレーンであるがゆえに、鍋に入れても味の邪魔をしない。鉄板で焼いてもいい。洋食とも合わせやすく、カレーうどんも人気である。
 近年はイギリスなどで「ブレックファーストうどん」として卵やベーコンと一緒に食べられていたりもするようだ。
 熱してよし、冷やしてよし、メインディッシュにもサイドディッシュにもなれる。
 かけうどんにしてもよし、ざるうどんにしてもよし、ぶっかけうどんも釜揚げうどんもあるという奥深さ。これこそがうどんの魅力の一つであろう。
 ここで、ざるや釜揚げ、何と言ってもぶっかけうどんの魅力を語ろうとすると、やはりどうしても讃岐を抜いて語ることが出来なくなる。
 だからこそ、今回はあえて「かけうどん」について語ろうと思うのだ。
 ここで言う「かけうどん」と言うのは、ざるやぶっかけに対する「汁うどん」のことである。
 つまり、出汁(スープ)に浸かったうどんの事だ。一部では出汁ではなく「つゆ」と呼ぶが、こちらはざるうどんなどの「つけ汁」である「麺つゆ」と混同する可能性を考慮して、ここでは「汁うどん」と呼称させてもらおう。
 また、出汁も味の基礎となる「出汁」との混同が予想されるなので、あくまでスープと呼ばせてもらう事にする。
 この「汁うどん」だが、おそらくは全国で親しまれている存在だろう。かつては小麦粉が高級だったために蕎麦という代用品しかないケースもあったようだが、現在においてそれは稀なケースだと言える。
 それほどに庶民生活に溶け込んだ料理、それが「汁うどん」だ。
 汁うどんと言っても、広い意味で言えば前述の「ブレックファーストうどん」も含まれるし、カレーうどんや、近年なら坦々うどんなどもそれに該当するだろう。
 だが、グルメとは語っても語っても語り終える事はない。だからこそ、いわゆるシンプルな出汁の「スープ」に浸かった「かけうどん」に絞らせてもらう。
 このかけうどんだが、そりゃ天ぷらうどんもうまい。きつねうどんもうまい。わかめうどんだって月見うどんだって魅力的だ。力うどんも素晴らしい。
 しかし、ここでアレもコレも、と言い出すとキリがない。
 そして、天ぷらやきつね、餅は箸休め的存在になりがちで、うどんと一緒に味わう具と言うよりは「おかず」である。
 月見うどんは美味いが、卵の味に染められてしまう。わかめうどんも出汁とわかめが喧嘩しやすい。
 そうなるとやはり、最もシンプルな「かけうどん」に絞らざるを得ないのだ。
 かけうどんは基礎にして究極なのである。
 理由は言うまでもない。出汁と麺だけで勝負するからである。
 具は、ネギと天かす(揚げ玉)、せいぜい、かまぼこの1枚2枚があればそれでいい。
 かまぼこはなるべく薄い方がいい。彩とアクセントになる程度の、なくてもいい、けれどないのは寂しい。それぐらいの方がいい。
 ネギは刻みネギが一般的だが、個人的には炊いた太ネギを入れる方がうどんを引き立てる。
 生の刻みネギは素晴らしいが、うどんと出汁の味を壊しかねない。だからこそ、出汁で炊いた太ネギを合わせたい。
 そして、天かす(揚げ玉)は、実はなくていい。
 アクセントにはなるが、これも味を濁らせる原因だからだ。つまり、普通の並以下のうどんなら、ネギや天かすこそが素晴らしい具材だと言えるが、美味いうどんには不要。
 だが、そこまでシンプルにしてしまうと、もはやざるうどんやぶっかけで良いというアンビバレンツが生まれてしまう。
 だからこそ、そこに合わせるべき具材は「肉」だと思うのである。
 基本的にうどんの出汁は魚介だ。この究極を求めるならば、肉など要らない。しかし、我々が欲するのは「吸い物」ではないのだ。
 あくまで美味い「かけうどん」を食べたいのである。
 魚介で出汁のベースを取り、肉によってそれを補う。
 鶏肉も豚肉も鴨肉もいい。豚肉や鶏肉と胡麻なんかも素晴らしい組み合わせだ。醤油が強めの出汁に鴨肉もたまらないが、鴨は蕎麦と合わせた方がより引き立つ。
 そこで推したいのは牛肉である。
 薄切り、とは言ってもかまぼこより薄くてはいけない。加熱され縮れ、麺と絡む程度の厚みと大きさ。そして、赤身と脂身のバランスが取れた部位。
 量は多くてはいけない。少なすぎてもいけない。
 うどんだけでは、出汁だけでは足りない、それを補う牛肉。そして、太ネギ。
 これがかけうどんを究極的に楽しむ組み合わせだと考える次第である。
 なお、これだけ熱く語ったが、筆者は冷たいうどんが大好きすぎて、冬でもぶっかけやざるうどんを注文してしまうぐらいなので、メニューに冷たいうどんがある限り、滅多にかけうどんは注文しない。

 ※ この記事はすべて無料で読めますが、近所の美味しいうどん屋に通えるよう、投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先には褒めて欲しい事しか書かれてません。


ここから先は

72字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。