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現世界グルメ「マヨネーズ」


 まず最初に言っておくと、私はマヨネーズを好まない。その味が破壊的だからである。
 正直な話、食材への冒涜だとさえ思う。
 誤解しないでもらいたいが、これは別に、マヨネーズが好きな人に喧嘩を売っている訳ではない。味の好みなんて人それぞれ。その人の好みにケチをつけたい訳ではない。
 だが、考えても見てほしいのだ。
 そこに刺身があったとしよう。別に鯛でも鯖でも鰆でも鯵でも何でもいい。
 刺身と言ったら醤油がつきものだが、この醤油を、

 ドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボと、
 醤油まみれにしたらどうだろう?

 多くの人間は、これを食材への冒涜だと感じる。
 そんなに醤油をつけたら、何を食っても同じだろう、と。
 これと同じ感情を、私はマヨネーズに抱いている。
 醤油まみれの刺身は、醤油を食べるために刺身が存在しているに過ぎない。それと同じく、マヨネーズを使用した料理は、大概の場合においてマヨネーズを食べさせる料理に成り下がっているからである。
 そう。だから、マヨネーズが好きだと言う人がマヨネーズを欲するのは何も不思議じゃない。だから私は否定しない。
 単に私は、そんなにマヨネーズが好きならマヨネーズを容器から吸ってしまえばいいのでは? と思うだけである。
 私は醤油が好きだが、食材を醤油まみれにはしないし、醤油を飲んだりもしない。太平洋戦争時の徴兵じゃあるまいし。
 流石に醤油を飲むのは厳しいが、マヨネーズならいける、と言う人もいる事だろう。だから別に否定はしない。実際、醤油まみれの刺身だって歯応えぐらいは違う。
 それに、ホタルイカの沖漬けのような、いわば醤油まみれの料理も存在するし、私はホタルイカの沖漬けは好物であるからだ。
 だが、ホタルイカの沖漬けは毎日食うようなものでもないし、酒の肴か白飯のお供というポジションであろう。
 それに比べるとマヨネーズはどうだ? ほぼあらゆる食材を侵食して、その味に染めてしまう。私はそれが気に入らないのである。
 そうすると、「いわゆるソース味も嫌いなんですか?」と言った質問が必ずと言っていいほど来る。ナンセンスだ。違う。何もわかっちゃいない。
 ここはハッキリと言っておくが、私は「ソース味」を好む。マヨネーズと同一視されるのは心外である。
 理由の述べるなら簡単だ。
 ソース味に染める料理なんて、お好み焼きやソース焼きそば、たこ焼きぐらいのものであろう。
 これらはむしろソース味を食べたくて食べる料理だ。そして、私は何にでもソースをかけたりしないし、ソース味の料理をそうそう頻繁に食べたりもしない。
 わかるだろうか。マヨネーズの出現頻度、その破壊的な味、私はこれを否定しているのである。
 無論、ソースを頻繁に使う人はいるし、私はそれには否定的だ。
 例えば、ソース味の料理が他に色々ない訳でもない。目玉焼きにソースをかける人もいる。私も時折ソースで食べるが、時折だし、ソースでひたひたにしてしまう訳でもない。
 とんかつにソースをかけるかと言われると、私は概ねおろしポン酢が好みである。勿論、ソースも好きだし、ソースを選ぶ事もある。あるが、そもそも、

 お好みソースと、とんかつソースは別だろう?

 たこ焼きだって主に出汁(明石焼き)が好みだ。焼きそばさえ、塩焼きそばが好きだったりする。
 つまり、ソース味を好んで食べたい時は、お好み焼きぐらいなのだ。
 これに比べると、マヨネーズはとにかく随所に現れる。いや、ハッキリ言えば、別に随所に現れても構わないのだ。わかりやすく言えば、和食はそのほとんどに醤油を使用している。マヨネーズと同じく、随所に使用されているのだ。
 だが、その全ては醤油の味で染められているか。答えは否だ。
 醤油は基本的に「調味料」の域を出ないのである。
 そう。私は別にマヨネーズが調味料の域を出て来なければ、特に否定する気は無いのである。
 例に取るなら、チャーハンを作る時の炒め油として活用するなんてのは実に良い使用方法だと言えるだろう。普通の油より、米がパラパラに仕上がるし、酸味が油っ気を軽減させる。
 また、時折ではあるが、マヨネーズを塗った食パンをしっかりトーストするのも個人的には好きだ。
 つまり、味付けに使用する程度であれば、私はむしろマヨネーズを肯定する。
 例えば、私はからしマヨネーズやわさびマヨネーズは実によく出来た調味料だと考えるし、酒のアテとして、スルメやエイヒレを食んでいると、味に飽きた頃、酔って味覚が鈍くなる頃に、醤油や七味やマヨネーズを段階的に足していくのは大好きだ。
 かつて昭和の時代、お好み焼きにマヨネーズがまだ一般的ではなかった頃から、我が家ではお好み焼きにマヨネーズを使用していた。だが、それはあくまで、お好み焼きの味に飽きた頃の変化系であり、最初からそれを食うためのものではなかったのである。
 そして、お好みソースという恐ろしく味の濃い代物を塗り替えるほどに、マヨネーズは味が強い。
 そう。強過ぎるのだ。
 いや、強くてもいいが、強いのに頻繁に使用されるのだ。
 そこがマヨネーズを好きになれない点である。
 こんな風に書くと、老害だとか思われるだろうが、別に前述のようにマヨネーズが食べられない訳でもないし、提供されれば普通に食べるぐらいで、あくまで話を面白おかしく書いているに過ぎない。
 それに、私はマヨネーズを好まないが、マヨネーズが活きる瞬間と言うのは確かにあって、それはいくつか前述したが、私の中でマヨネーズが最も輝く瞬間と言うのは、茹でたブロッコリーにつける時だと思っている。
 他のあらゆる食材よりも、マヨネーズの味が引き立てられる瞬間だと思う。
 ちなみに、マヨネーズとは本来、フランス料理のソースのひとつである。
 簡単に言えば、卵、油、酢、塩を混ぜたソース、ドレッシングの類であるが、これは自分で作ってみると、また違った味わいが楽しめるだろう。
 無論、レシピにもよるが、結局はマヨネーズの味が強過ぎるのではなく、大手メーカーのマヨネーズの味が強すぎるという事なのかも知れない。
 ここで誤解して欲しくはないが、私は市販のマヨネーズに対して「生卵を使用しているのに腐らないなんて、有害な物質が使用されているに違いない!」なんて馬鹿なことを言いはしない。
 市販のマヨネーズは機械による微細な攪拌によって、端的に言うと水と油が混ざった状態なのである。
 鵜呑みにして欲しくはないが、かなり雑に説明すると、水を油がコーティングしている状態になっており、さらには食酸により細菌が繁殖できない環境であるため、実に腐りにくいだけだ。
 そして、私は自分の好みの味に調節できる自家製マヨネーズを好んだりもするが、こちらは人間の手でどれほど攪拌しようとも、完全なエマルション状態を得ることは出来ず、むしろ傷みやすい食材となる。
 この点は注意していただきたい所だ。

 さて。
 自家製マヨネーズだが、私はこれを何度か作ってみて、なかなかの難しさを感じた。特に、マヨネーズを好まない私が、それでも美味いと唸るようなマヨネーズを作ろうと試行錯誤した時のことである。
安いサラダ油ではなく、香り高いオリーブオイルを使用すれば、きっと高級なマヨネーズが出来るに違いないと考えたからだ。
 だが、答えは違った。
 香り高いオリーブオイルを使うと、苦味が前面に出てきてしまい、ハッキリ言えば不味くなるのだ。
 レモンを利かせ過ぎても駄目。卵黄だけを使えば濃厚にはなるがコストが跳ね上がる。
 なかなか難しい。
 特にエクストラバージンオリーブオイルは駄目。苦味とエグみがすべてのバランスを崩す。正直に言って、コレならない方が遥かにいい。味を染めるとか、その程度じゃなく、食材を駄目にする。そのレベルだ。
 だが、その失敗の高級マヨネーズを味見して、何かがふと、私の記憶に触れた。
 この味、何処かで食べた事がある。
 何処だ? いつだ? 思い出せ。
 私は味覚と記憶の糸を辿り、手繰り寄せ、その味の記憶に行き着いたのである。

 とあるフランス料理屋。時間は、15年以上前だ。
 行ってみたかった店だったのだが、手始めにランチに行ってみたところ、

 あの味が提供されたのだ。

 記憶が正しければ、前菜の魚介のサラダに掛かっていたソースが、劇的に不味かったのである。
 しかし、それなりの高級店であるからして、間違っているのは店の味ではなく、私の味覚に違いないと、その時の私は考えたのだ。
 だが、その味が一体なんであるかを確かめるため、私はギャルソンを呼び止め、前菜に使われていたソースが何であるかを問うた。
 ギャルソンは恭しく答えた。

 「自家製マヨネーズでございます」

 あの味だ。おそらく、その店のシェフも私と同じ行動を取ったのだろう。
 と言うか、あれ、不味いのによく提供してたな、あの店。
 高級オリーブオイルを使ったんだから、不味い訳がない!とでも思ったんだろうか。
 とにかく私はマヨネーズによって、自分を疑うことと、自分を信じることの両側面の大事さを知ったのである。

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 なお、この先にはマヨネーズの使い所って何処よ? って話が書かれている。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。