見出し画像

現世界グルメ『大豆』


 豆。それは夢の食品である。おそらくは穀物に次ぐ人類にとって不可欠食品のひとつである。
 最強が穀物である点は否めない。米、麦、蕎麦、コーン。生産性、栄養価、保存性。どれを取っても超一級品の最強食品である。
 欠点はただひとつ、人間が穀物を食べて生きていけるように設計されていない事だけだろう。
 人類が穀物を栽培する事によって食料供給を安定させた事は紛れもない偉業だが、人類の肉体は穀物を食って栄養価を補うようには出来ていないのである。
 ここから数千年ぐらいの時間と手間をかければ、人類は穀物に必要な栄養価を付加できるだろうし、また、人類の肉体も穀物に順応すると言えるだろう。
 しかし雑食ではあるものの、穀物を食料として来なかった20万年と穀物を食べるようになった10000年では、人類の肉体が追いついていないのも仕方ない。
 人類は原人であった時代から火を使う事を覚えていたと言うが、この火によって、人類は過食可能な食料を増やしたのである。
 そう。米や麦は加熱加工する事によって、ようやく人類が食べられるようになった。これは穀物に限った事ではない。
 肉も生肉だと危険が伴うが、加熱によってその危険を回避してきたのである。穀物は当然で、実際のところ生食だと不味いものは多い。不味いぐらいならいいが、毒だったり、寄生虫だったり、腹を壊したりする。
 この腹を壊すと言うのが、今なら大層な問題じゃないが、薬も医者もなく、栄養も食料も安定しない頃なら、単なる腹痛さえも死にさえも直結しかねないのだ。
 穀物に次ぐもうひとつの食品「芋類」もこれに当たる。生産性においては最強クラスだ。
 特に手間や肥料や水に対する苦労が穀物より少ない。これは大きなメリットだろう。しかし、保存性に優れているとは言っても穀物には及ばないという点もある。
 中には、加熱どころか幾多の加工を経て毒抜きしないと食えない上に、特に栄養価がある訳でもない蒟蒻芋なんてものもあるが、食いでがあって腹持ちがいいと言うのは、芋類ならではの特色だろう。
 そこで芋類とナンバー2の座を争えるのが、豆類である。
 腹持ちがいい点は芋類に負けるが、生産性、栄養価、保存性のどれにも優れる夢の食品だ。
 豆類の利点は何と言ってもバラエティに富む点だろう。
 サヤエンドウから大豆やソラ豆と、その種類は豊富。また、インゲン豆のようにサヤごと食べられる物もある。それぞれ味や歯応えも違い、飽きが来ない。これは豆の強みだと言える。
 しかし、豆類の人気は今ひとつだと言う。
 どうやら豆類という食べ物のイメージが、どうにも冴えないようである。
 どうにも、タートルネックをトックリと言うとダサいとか、ベストをチョッキと言うのは古臭いとか、そーゆー事であるらしい。
 なんか、豆ってのは田舎臭くて古臭くってかなわん。そーゆーイメージが少なからずあるらしいのだ。
 更には冷凍食品の嫌われ者、子供が嫌うグリーンピースや、ひよこ豆のような、あのモサモサ感が耐えられないのだとか。
 あまつさえ、正月の黒豆や煮豆の、あの甘ったるい味付けがウケないとまで言われる始末。
 なるほど。わからないと言いたいところだが、わかる部分は大きい。残念だが、豆が好きじゃないとする人達の意見は少なからず理解できるのだ。
 断っておくが、豆が嫌いと言う訳ではない。だが、豆を嫌う人の言い分は割と正しいのである。
 何故なら、豆料理が下手な人が多いからに他ならない。
 冷静に考えて欲しい。食べた時の感想として「モサモサする」ってのは既に調理に失敗しているのである。
 実際、「グリーンピースが嫌い」という人は多いようだが、この中には「エンドウ豆の豆ご飯は大好き」なんて人もいるぐらいだ。グリーンピースの正体がエンドウ豆である事を教えると驚いていた。この類の人には数人出くわしている。
 新鮮なエンドウ豆を上手に調理すればモサモサしない。つまり、冷凍や缶詰のエンドウ豆が駄目なだけで、エンドウ豆がダメな訳ではないのである。
 ちなみにエンドウ豆の豆ご飯をモサモサさせないコツは、豆を硬めに塩茹でし、炊き上がったご飯と混ぜること。
 ひよこ豆は、スープやカレーなど、水分が多い食品に合わせてこそ本領を発揮する。特にスパイスの風味が強いほどにひよこ豆が活きてくる。モサモサ感は水分で補う。
 豆の彩が地味だと言うならば、数々のインゲン豆を使うがいい。白も赤も黒も緑も黄色もある。
 正月の黒豆や煮豆の甘ったるさや柔らかさが苦手なら、スーパーマーケットのパック商品を買わず、自分でいい塩梅に、いい硬さに調理すればいいだけではないか。
 そう。豆が嫌われる理由のほとんどは豆になく、人にあるのである。
 豆料理に関してのレパートリーが増やしたければトルコ料理店に行くといい。トルコ料理は豆料理の聖域とも言える。
 前菜から豆。スープも豆。魚料理の付け合わせも豆。肉料理の付け合わせも豆だ。デザートには案外そんなに使われない。
 ちなみに、豆料理の聖域はトルコ料理だと言ったが、豆料理の神域は日本である。
 豆腐、納豆、味噌、醤油。もはや日本料理には欠かせぬ位置に、豆が存在しているのだ。
 特に味噌と醤油は格別だ。日本料理の基礎とも言える。
 味噌や醤油を抜きにして豆が嫌いだなどとは戯言にも程があるだろう。
 考えてもみてもらいたい。
 揚げと豆腐の味噌汁なんて、ほとんど大豆なのである。
 日本的朝食の、納豆に味噌汁(揚げと豆腐)なんて、見事に大豆だ。
 そこに、もやしのおひたしと、昨日の晩の残り物の枝豆でも付け足そうものなら、更に豆度が上がる。いや、大豆度が大きくなる。
 デザートにきな粉餅とずんだでも用意すれば、これはもう、大豆しか食べていないとさえ言えるレベルだ。
 他にも大豆油、湯葉、豆乳、おから、高野豆腐、大豆粕と大豆だけでバラエティに富んだ料理ができる上に、ひたすら豆を食べさせられているなんて気にもならない。
 それどころか大豆の加工食品として、肉に似せたフェイク食品も出回っている。
 カップ麺に入っている謎肉だとか、肉を使わない唐揚げなどがそれだ。
 しかも、栄養価に優れている点では芋類、穀物以上だと言える。
 大豆よ、もうお前だけいればいいんじゃないか。豆類どころか、大豆だけでいいんじゃないか。そんな気持ちにさえさせてくれる。
 そんな大豆の中でも、個人的にオススメしたい食べ方がある。
 「枝豆」だ。
 何を今更、と思うだろうが、大豆の食べ方として未熟な「枝豆」は意外とメジャーではない。
 そう。単に塩茹でするだけで美味い。
 さやを取ってご飯に和えるだけで、枝豆ご飯が出来上がる。
 サラダの具にしてもいい。カレーライスにトッピングしても美味い。
 欠点は箸にしてもフォークにしても食べづらいという事ぐらいだ。なお、筆者は不器用ではないので、箸でもフォークでも問題なく枝豆を食べられるが、言いたいのはそこではない。
 枝豆を使ったサラダも、枝豆をあしらったパスタも美味しいが、他の食材と一緒に食べる、という事に豆類(さやなし)は向かないのである。
 だからこそ、カレーライスのトッピングや、豆ご飯がオススメとなる訳だ。
 それから、面倒ではあるが、ずんだに代表されるように、ペーストにしてもいい。
 甘味を加えてデザートにするもよし、塩気を足してスープ状、ソース状にしても抜群だ。
 だが、枝豆の最高の食べ方は、酒のつまみであると声を大きくして言いたい。
 居酒屋の突き出しの定番とも言える枝豆(さや付き)。あれは実に素晴らしいものである。
 まず一番に、間が持つ。
 そう。枝豆がさやに入っている事により、ガツガツと食えない。だからこそ、注文した料理が来るまでの間、枝豆をつまみながら「間を持たせる」事ができる。非常に優秀な側面を持つ。
 そして第二に、箸いらず。
 どういうスタイルで飲むかはわからないが、多くの人間は右利きであり、酒をメインとする場では、右手にジョッキやグラスを持つ。
 そうなると箸を右手に持つ事が出来なくなる。左手でも器用に箸を使えるという人は少ない。つまり、箸を必要としないのが、酒のつまみとしてなお完成されているという事だ。
 第3の理由は、塩気。
 塩など、何処にでもあると笑うなかれ。
 枝豆は、塩茹でされた際に、塩分をそのさやにしたためるのである。
 つまり、枝豆を食べる時、口許でさやの塩分を吸う事により、塩分を自在に調節可能なのだ。
 塩分がその場で自在に調節可能な食品など、他にそうある訳ではない。
 枝豆こそが酒のつまみとしてのひとつの完成形であり、それはつまり、大豆の至高の食べ方のひとつであると言えるのだ。
 そもそも、考えても貰いたい。
 緑色をした植物で、酒のつまみに相応しい食べ物が他にあろうか。
 無論、ない訳ではない。
 塩昆布キャベツなんかは酒のつまみには最高だ。だが、塩昆布キャベツを作るなら、外側の緑色のキャベツより、内側の白いキャベツの方が適している。そう。あの歯応えは芯に近い方がいい。よって緑とは認められない。
 アスパラガスもいいだろう。確かに酒に合う。
 しかし、アスパラガスを酒に合わせようとするとベーコンだの油だのマヨネーズがしゃしゃり出る。そう。アスパラ単品で酒に合わせるには、味わいに深みのある白アスパラガスが必然となってくる。よって、やはり緑とは認められない。
 なに? キュウリ? ああ、うん。キュウリは板摺りしただけのキュウリが酒と合うな。うん。
 箸も要らないし。うん。
 いや、でもまあ、塩じゃなくてモロキュウの場合は醪(もろみ)に大豆を使ってたりするから、やっぱり大豆には敵わないって事にしよう。うん。
 オリーブ? ううん。そうだね。合うね。黒オリーブの方が好きって人も多いけど、グリーンオリーブならではの美味しさは否定できないし、酒に合うよね。
 んん? ズッキーニ? 塩焼き? あー、美味いね。確かに酒に合うね。うん。
 えっ? ニンニクの芽? ああ、うん。そうだね。酒が進むよね。
 ごめん言い過ぎた。緑色の植物の中では言い過ぎた。
 でも、そうやってちょっと調子に乗ってしまうぐらいに大豆は、中でも枝豆は素晴らしいと言いたいのである。

 ※ この記事はすべて無料で読めますが、マメな人も、マメじゃない人も投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先には枝豆でとても重要な事が書かれています。


ここから先は

125字

¥ 100

(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。