Confession -告白-
常盤 優一。ときわ ゆういち。トキワユウイチ。トキワくん。私は絶対にあなたの事なんか好きにならない。私は意志を貫き通す。
常盤優一。19歳。大学2回生。法学部。高校時代はバスケ部の敏腕PFとして活躍。怪我による脚の故障で、最後の大会を前に引退。代わりに、勉強に専念し、それなりに名の通ったこの大学に来たという訳だ。
ちなみに、親は常盤製薬の創始者の親族で、現役の役員でもある。言ってしまえば、金持ちって事で間違いない。
ここまで言えばわかると思うが、ルックスもいい。顔は好みもあるだろうが、スポーツ選手だっただけあって、少なくともだらしない体つきではないと言える。
顔もまあ、誰かもわからない相手から突然告白される経験を持っているだけで、おそらく、平均以上。
才色兼備。文武両道。おまけに金持ちで家柄もいい。周囲の女がキャーキャーと騒ぐのも無理はなかろう。
その点は、私にはどうでもいい話だ。どれほどモテるかなんて言うのは、他人の尺度でしかない。
興味がないのでロクに読んだことはないが、恋愛漫画の主人公の想い人がやたらとモテる美男子だったとして、騒いでるのはモブだけ。
主人公やライバルの争いには絡めない。脇役は物語を盛り上げるために騒いでくれる重要なポジションだ。むしろせいぜい騒ぎ立ててくれる方が都合がいい。
そう。今、この物語の主人公は、私と、トキワくん。あなたと私だけなのだから。
私には強い意志がある。だから、トキワくん、私はあなたをずっと目で追い掛けるのだ。
初めて、あなたと目が合った時のことを覚えていないでしょうね。私は忘れる事はないでしょう。
私のような地味で根暗な女に、爽やかに話しかけてきた。
私が何も知らなければ、何も知らない女なら、あなたの事を好きになっていたかも知れない。
けれど、あなたの性格がどうしようもなく腐っている事を、私は知っている。
あなたが優しいのは、あなたがただの性欲モンスターだから。
知っている。あなたはその若さで、経験人数が30人を超えている。私の観測が始まってからも、少なくとも4人の女を抱いた。
可哀想に、そのうちの2人は、あなたと付き合える、付き合ってるつもりでいる。可哀想に。何も知らないなんて。
でも、私は違う。あなたの正体は最初から知っている。だから何があってもあなたを好きになったりはしない。
そしてあなたは、私の存在に気が付いている。私の視線に気付いている。私の事が気掛かりで仕方ない。そうでしょう?
でも安心して。私からあなたに近付いたり、ましてやあなたに告白するなんて事はしない。絶対にね。私には強い意志があるのだから。
ああ。でも、ごめんなさい。トキワくん。私からあなたに近付くことはない、と言ったけれど、それは嘘よ。
あなたが気付いてないだけで、私はずっとあなたの側にいるもの。
きっとあなたは、私の事を、遠巻きからずっと自分を見ている女だと思っているのでしょう? でも残念。
あなたの事は全部知ってる。調べ上げたんですもの。
現在進行形で、何人の女と肉体関係があるのか、通学に何を使って、何時に動くのか。交友範囲も、使用してるカミソリのブランドも、親からの仕送り額も、寝た女との行為を隠し撮りして、後から、それを見て自慰行為に耽るのが大好きな事も、何曜日にゴミを捨てるのかも、書類を捨てるのに破きもしない迂闊なところも。
全部全部全部把握している。
女との行為を隠し撮りしてるのも最高に気持ち悪くてクズだけれど、安心して。あなたの大事なコレクション映像を消してしまっても大丈夫なように、私はちゃんと全部のファイルをコピーしてあるから。
それに、そうね。ごめんなさい。私もあなたの生態をこうして隠し撮りしているのだから、おあいこ。
徹底的にあなたを調べ上げた。
だって、私はあなたの事を好きになんなならないし、絶対に告白なんてしない。だとするなら、あなたの方が自ら告白してくるのを待つしかないじゃない。
どうすればあなたが他の女を見なくなるか。どうすれば私への気持ちを吐露してくれるのか。
私が地味で根暗な女だって自覚はある。敵を知り己を知れば百戦危うからず、とか言うでしょう? 己の事は知ってる。だから、トキワくん。あなたの事も知らなきゃね。
あなたをずーっと観察してて、あなたはようやく私に気付いた。私もそれに気付いた。
そしてトキワくん、あなたは私の存在を次第に大きく感じている。そうでしょう。私もそれに気付いている。
最初、私の事を「ストーカーかよ」って陰で笑ってたのも知っている。けれど、あなたは嘲笑を自主的に止めた。
何故なら、あなたにとって私は単なるストーカーなんかじゃなくなってるものね。
そう。私の存在はあなたの中で育ち続ける。どんどん大きくなって、もうあなたの裡に秘めておく事が出来なくなるぐらいに。
だからごめんなさい。私、あなたに近付いたりしないって言ったけど、待ちきれなくってあなたにアプローチしたわ。
妹にオシャレな服を借りて、あなたの前に現れたり、根暗なイメージも良くない。髪型も妹みたいに利発な雰囲気にしてみた。
少しだけ、やり方を変えたの。効果は覿面だった。
あなたは私を見つけるたび、意識して顔をそらすようになったわ。
ただ、ちょっと心配なのが、トキワくん。最近、夜あんまり寝られてないってこと。この2週間は誰も女を連れ込めてないし、誰かに監視されている気がして落ち着かないみたいね。
大学に来なければいいと勘違いしたみたいだけど、自宅の方が簡単よ。
特に、あの日の夜は最高だった。
コレクションしたお気に入りのハメ撮り動画から、何故か1本だけなくなっている事に気付いたのよね。
よりにもよって秘蔵の一本が。
そして、2週間。最初は憂いが出て魅力的、ぐらいの顔付きも、せっかくのハンサムが台無しってぐらいには憔悴した。
知ってる。あなたのメンタルはそんなに強くない。女の数を自慢したいのは、自分の価値を確かめたいから。
あなたはもう、私の事しか考えられなくなってる。
だから、あなたはとうとう、私に連絡してきた。
「会いたい、話したい事がある」ってね。
私はもちろん承諾した。
トキワくん。あなたの事なんか好きじゃないんだから、私が打ち明けるなんて絶対にありえない。
そう。だから、トキワくん。あなたの方から告白してくれなきゃ。
告白なんて、他人に聞かせるものではない。ちゃんと気が利く私は、カフェだのレストランだのバーだのじゃなく、深夜の動物園前という絶好の場所を指定してあげた。
廃園さえ噂される地方動物園。この動物園の周囲は堀状の大きな側溝が疎水として川のように流れている。
人なんてまず通らないし、車でさえほとんど通らない。なんと言っても、疎水が流れ込む一部が滝のように落ちており、水音で大声を出しても掻き消されやすい。
まさに、おあつらえ向きの場所でしょう。
そして、トキワくん。あなたは私より先に約束の場所に辿り着いていた。2時間も早くに着いたのに。
珍しく賢明だわ。
待ち合わせじゃなくて、待ち伏せだったら罠を仕掛ける時間が必要だもの。
でも、大丈夫。罠ならあらかじめ仕込んである。
予定が2時間早まったところで、人通りに変化もない。
さあ、聞かせて。トキワくん。あなたの告白を。
そしたら、あら。あなた、すごいわ。いきなり土下座をして、頭を地面に押し付けて、開口一番に、
「許してくれ!」
ですって。いいえ許さないわ。一体何を許して欲しいのかしら。それが私のストーカー行為だったら笑っちゃうじゃない。
「何を、許すの?」
「………」
告白なのにだんまりなんて良くないわ。
「何を許して欲しいのかわからないと、許しようがないわ」
「………」
「何の話かわからないけど、許して欲しいなら、ちゃんと話すべきだと思うなぁ。せっかく何を告白しても、誰に聞かれる心配もない場所を選んであげたのに」
それから1分ほどの時間と沈黙が流れた。
「………去年の11月、ここで自殺した女がいる」
「へえ? 興味深い話ね」
「そいつの名前は羽黒あゆみ。俺との別れ話で揉めて、この疎水に飛び込んだ」
「本当に飛び込んだのかしら。あなたが突き落としたとか」
私は意地悪に言う。そうでない事は、知っている。
「ほ、本当に飛び込んだ。なあ、録音してるんだろう?」
正解。でも教えない。
「本当に、別れ話で、あいつがヒステリックになって、飛び込んでやるって、俺はさすがに冗談だと思って」
「そして、妹は飛び込んだ。泳げないのに、この寒い中で」
「妹…。そうか、道理で」
似ている、と。もっとも、化粧と髪型と服装を同じにすれば、誰でも似るけれど。
「色々事情があって、別々に住んでるし、苗字も違うけどね」
「本当に飛び込むとは思わなかった。飛び込んだ時も、全然大きな水音もしなくて、飛び込んだフリだと思った。でも、あいつの姿がなくて、でもまさか本当に飛び込んでるなんて思わなくて。タチの悪いドッキリか何かだと思ったんだ。」
「怖くなって逃げ帰った、と」
そして妹は死んだ。冷たい水の中で。
「あなたがせめて通報さえしてたら、妹は助かったかも知れない。妹と、お腹の子供は」
「こ…」
「先に言っておくと、妹とはずっと連絡を取り合ってた。だから、だいたい何でも知ってる。だから、私の目的は『知りたい』んじゃないの。だから、ずっと待ってたの。だから、聞かせてよ。
あなたの、
告白を」
Confession -白状-
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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。