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【哲学】「役に立つ」とは結局、どのような意味なのだろうか?


そもそも「役に立つ」とはどういうことか?

「役に立つ」という言葉は日常生活において頻繁に使用される。「この留め具は役に立つ」「この組織では役立たずはいらない」「いまは意味がわからないかもしれないけど、長期的には役に立つよ」といったように。

そのように多用される「役に立つ」概念だが、そもそも「役に立つ」とは何だろうか。この語が使用される文脈や背景を改めて考えてみると、実は話者によって「役に立つ」概念に持たせている意味合いが異なるように思われるのだ。

「役に立つとはどういうことか?(有用性とは何か?)」──言葉を吟味し、論理的に真理を導こうする営みを”哲学”と呼ぶとするなら、この問いは「哲学的な問い」と言える。有用性への問いかけ(役に立つとはどういうことかという問いかけ)は、この概念が日常的に使用されるがゆえに、私たちの認識や行動はどのように意味づけられるのかという問いかけの前提ともなる問いでもある。

一方で、哲学、心理学、社会学など様々な学問分野でこの概念は探究されてきたものの、その定義は決して一貫したものではないこともまた事実である。
ただここで簡単にまとめるとするなら、まず哲学的な観点では「役に立つ」とは、単にモノが円滑にその機能を果たすことだけでなく、人間の行為選択の動機、行動様式、さらには人生の目的にまで関わりうる概念であると言えるだろう。

※参考:「道具(Zeug)」が行為者の世界(Welt)に組みこまれているといった哲学的分析を、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガー(1889-1976)がその主著『存在と時間』で行っている。

心理学的な観点では、行為者が自己を「役に立っている(有能である)」と感じていることは、個人の満足感や達成感に大きく関係していると言えそうだ。人は自分の行動が何らかの意味を持ち、目的に沿っていると感じるとき、自己効力感や充足感を得られる。この感覚は、自己実現や幸福の感覚に直結しており、人生の質を高める重要な要素であるだろう。

※参考:「心理テスト」のようなエセ心理学ではなく、学術的なアプローチで「幸福」について記述してある良書。

社会学的には「役に立つ」という概念は、社会的な産物ないし構築物として捉えることができるだろう。その社会を支配する規範、その文化が重要だとみなす価値観、時代の趨勢などによって、何が「役に立つ」と見なされるかは変容するからだ。例えば、ある文化では伝統的な知識や技能が「役に立つ」とされる一方で、別の文化では最新の科学技術が高く評価される。これらの違いはその社会や文化が何を価値あるものと見なしているかという認識様式を反映しているはずだ。

※参考:社会学の基礎は以下で学べる

 以上のことからも、「役に立つ(有用性)」という概念は、単なる物事の機能性や有用性を超え人間の認識、行動、感情、社会的関係性に深く関わるものと言えそうである。この概念は、私たちの内面的な価値観や外界との関わり方に影響を及ぼし、個人の行動や社会全体の動向を形作る重要な役割を担っているのだ。

本記事では、上記とは異なる3つの切り口から「役に立つ」という概念を整理したい。すなわち、「役に立つ」概念を「目的達成の道具として使用できる」「情動的な必要性を満たす」「生きる意味を醸成する」という3つの意味で便宜的に捉え、「役に立つ」という一言で言われている事柄についての内実を明らかにするといった構成である。「そもそも役に立つとは何だろうか」といった問いを持ったことがある読者に「役に立つ」内容になっていれば幸いである。

「目的達成の道具として使用できる」という意味での「役に立つ」

「役に立つ」という言葉はしばしば、特定の目的やタスクを達成するための手段としての有用性を示すために使用される。このような文脈においては、「役に立つ」とは具体的な目標を達成するために必要なツール、情報、技能を提供していることを意味する。この視点からすると、あらゆるものが特定の目的のために「役に立つ」もの、あるいは「役に立たない」ものとなりうるのだ。

例えば、生活を快適にする家電製品、業務を短時間で完遂することを可能にする新しいソフトウェア、問題解決を導くために用いられる特定の知識体系や業務スキルなどが、「役に立つ」と考えられている。ここで獲得され利用されているモノや情報は、目的達成の過程を容易にし、より効果的または効率的な方法を提供しているものだ。

とはいえ、この素朴な「目的達成に貢献する道具としての有用性」という意味だけでは、「役に立つ」概念は説明しきれないのではない。なぜなら目的自体の価値が揺らぎうるからである。ある立場からは特定のモノが目的達成に「役に立つ」と判断されても、異なる判断軸、例えば倫理的な(道徳的な)観点からは適切でなく「役に立つ」どころかむしろ「役に立たない」と判断されることがある。具体的には、収穫量は増えるが環境を破壊する可能性がある農業技術やアルゴリズムの推奨によって社会の不公平さを助長するコンピュータ技術は、ある立場からすれば「役に立つ」結果をもたらすかもしれないが、別の立場からすると望ましい結果をもたらさず、有害であり価値を棄損することを意味する可能性があるといったようなことだ。

さらに、この視点は、目的達成の過程自体がもたらす経験や学びを軽視する傾向がある。目的達成のためのツールや情報に過度に依存することで、個人の成長や創造性の発展が妨げられる可能性がある。つまり、あらゆる問題を即座に解決するツールに頼ることで、問題解決能力や創造的思考の育成を忍耐強く涵養する可能性を減じてしまうのである。

以上、「何かを実現するために使える」という意味での「役に立つ」概念を見てきた。そのような解釈は日常的・一般的な解釈であるものの、目的そのものの倫理性や目的達成における過程が軽視されかねないといった負の側面があるのである。

「都合がいい(情動的な必要性を満たす)」という意味での「役に立つ」

日常生活において「役に立つ」という言葉はしばしば「役に立つ」と判定する者にとって「都合がいい」といった意味で使用される。この文脈における「役に立つ」とは、個人の目的やニーズに合致し、情動的な欠如感を埋めることを指す。この解釈は、先ほど見た道具としての「役に立つ」よりも、「満足感という情動が生じていること」により注目した解釈だ。

「都合がいい」という意味での「役に立つ」は、短期的な利益や個人的な便宜を志向している。このような「役に立つ」概念は、現代の消費社会や大衆文化に根ざしているとも考えられるだろう。現代社会では「すぐに手に入る」、「すぐに結果が出る」といったことが高く評価されがちであるが、実際には人間関係や社会へのマクロでの影響という点で問題を引き起こしうる。

ある人が他者を「都合がいい」という基準で評価するとき、それはしばしば利用的な関係や一方的な関わりを押し付けていることからもわかるように、長期的な信頼関係や互恵的な関係構築を妨げ、結果として社会全体の福祉に悪影響を及しているはずなのだ。

つまり「役に立つ」概念は、道具的観点だけでなく主観的観点(心理的観点)においても問題を含んでいるのである。

「生きる意味を醸成する」という意味での「役に立つ」

「役に立つ」という概念は、「社会的な目的達成」や「個人的な満足追求」という意味以外に、個人の存在意義や人生の目的を作り出すという文脈でも用いられることがある。このような文脈において「役に立つ」とは、個人の内面的な充足感や自己実現、さらには社会への積極的な貢献を通じて、人生に意味や価値を与えることを意味する。この解釈では、「役に立つ」ことは、単なる道具的な有用性を超え、人間の精神的な充実や社会的な役割の実現に関連している。

例えば、ボランティア活動や芸術創作、教育や研究など、他者や社会に対して積極的な影響を及ぼす活動は、この意味で「役に立つ」と見なされる。これらの活動は、単に具体的な成果や効果を生み出すだけでなく、個人の内面的な成長や社会全体の進歩に寄与するものである。このような活動に従事することで、個人は自らの存在を肯定し、人生に深い意味を見出すことができる。

この解釈における「役に立つ」とは、個人が社会の中で果たす役割や、個人の生き方に対する深い満足感と密接に結びついている。(よくやりがい搾取の対象とされる)教師や医師、社会活動家などは、他者の福祉や社会の向上に貢献することで、自らの人生に意義を見出しているだろう。これは、彼らの職業が社会にとって「役に立つ」というだけでなく、個人の生きる意味を醸成する手段となっていることと解釈されているためだ。

※補足:労働者自身が無価値と感じてしまうような退屈なホワイトカラーの仕事は「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」と呼ばれるが、そのようなブルシット・ジョブは労働者自信が自身の意味を労働において自分を道具化する(手段化する)以外の価値を見いだせてないのだろう。

「生きる意味を醸成する」という意味での「役に立つ」は、自己実現の過程として(卓越性を示すために)重要である。人間は、自分の能力や才能を活かして挑戦し、成長することで、生きがいや達成感を感じるからである。

※補足1:「自己実現」と聞くとマズローの欲求階層説を思い浮かべるかもしれないが、マズローの説は行動科学の知見が盛り込まれていないので、生物学的知見を反映したケンリックの欲求階層説のほうが理論として優れていると筆者は考えている。

※補足2:しかしこの「他者に役に立つ感=利他行動」による幸福は身体由来であるため、結局は「本能」ということかもしれない。自分はたまたま、利己行動ではなく利他行動が動機づけれられやすい身体を持っているにすぎないのかもしれないのだ...

「利他」についての諸科学の知見↓

 進化生物学における利他行動↓

まとめ

本記事では、「役に立つ(有用性)」概念に対する様々な解釈を見てきた。この概念は、日常的なレベルから、人生全体の目的や意味を見出すといったレベルに至るまで、多様なかたちで見出されているのである。

「役に立つ」という概念は、「道具としての便利さ」といった日常的な解釈を超えて、私たちの社会や心理といった階層まで影響を与えうる概念であることが明らかになった。

「役に立つ」という概念の多面的な理解は、私たちがどのように世界を認識し、どのように行動していくべきかを探るために重要なのである。

使用・参考文献

伊藤亜紗他『「利他」とは何か』集英社新書、2021年 

現代位相研究所編『フシギなくらい見えてくる!本当にわかる社会学』日本実業出版社、2010年 

小林 正弥『ポジティブ心理学 科学的メンタル・ウェルネス入門』講談社選書メチエ、2021年 

酒井隆史『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか 』講談社現代新書、2021年 

長谷川寿一・長谷川眞理子・大槻久『進化と人間行動 第2版』東京大学出版会、2022年  

マルティン・ハイデガー『存在と時間』熊野純彦訳、岩波文庫、2013年 

※Amazonのアソシエイトとして、適格販売により収入を得ます。

最後までお読みいただきありがとうございました!


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