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Turnout「映画が開く、タゴール・ソングの100年」(5)音と掛け合いが紡ぐ、インド音楽(①インド映画編)

[画像]インドの映画館出口の人だかり。映画はインド人の娯楽の王様。映画上映中はジョークに笑い転げたり、大げさなくらいにリアクションを取るのがインドの楽しみ方。
(https://www.flickr.com/photos/nygus/2435471067/in/photostream/
 Swiatoslaw Wojtkowiak "IMG_0491 Indian cinema" accessed October 25th,2020)

 映画『タゴール・ソングス』の世界にまつわる記事をお届けする、Turnout「映画が開く、タゴール・ソングの100年」。

 映画では古典的な音楽から現代ポップスまで、タゴール・ソングに沿ってインド・バングラデシュの多様な音楽シーンが描かれます。タゴールはそれまでメジャーであったインド古典音楽を踏まえつつ、ベンガルの大地に息づく修行者バウルたちの音楽に、イギリス留学で触れた西洋音楽にも感化されながら”タゴール・ソング(ロビンドロ・ションギト)”を大成しました。

 インドを中心とする南アジアはインド音楽文化圏を形成しており、中国、中東など西アジアと並ぶ一大文化圏となっています。Turnoutではここから数回にわたり、古代から現代へインドの人々が紡いだ音への想いを、数回にわたってご紹介してまいります。豊饒なうたがあふれるベンガルの大地がいかに生まれたのか、そのルーツをたどります。第1回目は、日本でもポピュラーとなりつつあるインド映画に焦点を当てます。

◆現代音楽の源泉・インド映画

 インドと聞くと、カレーやヨガなどを連想する人が多いと思いますが、今では映画を上げる方も増えているかもしれません。「*ボリウッド」という呼び名も日本で市民権を得つつあります。
(*ムンバイの旧称「ボンベイ」と、アメリカの映画産業の代名詞である「ハリウッド」を合わせてつけられた、映画製作の拠点がひしめくボンベイの俗称)

 インドでは、映画は一大産業です。ヒンディー語映画を中心とするボリウッド映画に加え、南部のタミル語、テルグ語など様々な地域言語で作られた映画も数多く作られています。インド全体で製作される映画の本数は2017年時点で1986本。874本で2位の中国を差し置き、世界一位の映画大国です。テレビ・ラジオが国営放送に限定され社会教育的な番組構成で固められたこともあり、映画は唯一最大の娯楽メディアとなりました。

インドの娯楽映画は底抜けに楽しい。日本で公開されるのは、現実を鋭く見つめた芸術映画がほとんどだが、インドの大衆が好んで見るのは、涙あり、笑いあり、アクションあり、恋愛あり、歌あり、踊りあり……なんでもありの3時間に及ぶ長大な代物だ。
(辛島昇監修『世界の歴史と文化 インド』新潮社「音楽と舞踊」P.244)

 そんなインド映画を盛り上げるのが、音楽です。歌と踊りが満載のインド映画は音楽シーンにも影響を与えており、「フィルム・サンギート(映画音楽)」と呼ばれるれっきとした音楽ジャンルとなっています。

◆偉大な"脇役"-プレイバックシンガーの存在

 そんな映画音楽を支えるのが、プレイバックシンガーという表舞台に出ることはない歌手たちです。プレイバックシンガーたちは、劇中の挿入歌を歌う吹替専門の歌手です。俳優たちは口パクで彼らの歌を口ずさみ、「歌い上げ」ます。

 インド映画を見た方は、ファセット(裏声)のきいた女性の歌声に驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。インド映画では、ヒロインは高音で甘く切ない心情を歌い上げるのが定番の情景です。
 そうした女性プレイバックシンガーの大御所がラター・マンゲーシュカル。今年91歳になるまで、彼女は老いに色褪せない歌声で数えきれないほどの映画の挿入歌を手掛けてきました。

[リンク]ラター・マンゲーシュカルが出演したハイデラバードでのライブの様子。曲はインド内外で大ヒットを記録した映画タイトルと同名の主題歌”Khabi Khushi Khabi Gham”(邦題「家族の四季 愛すれど遠く離れて」)。
(出典:https://www.youtube.com/watch?v=nBMXwgw7tbc
Bhargava Yalala”Kabhi khushi kabhi gham - Lata Live” accessed 25th October,2020)

 プレイバックシンガーの存在が偉大なインド映画の世界では、彼らの名声は主演俳優でも及ばないほどです。大御所ともなれば一生を通じて数えきれない回数で歌を歌い、ギネス記録に認定されるほどです。

恋愛シーンを例にとってみよう。色白でハンサムなヒーローとグラマーで美人のヒロインのからみでは、いきなり高原やお花畑など恋人同士にお似合いの場面になる。美しいソプラノとテノールが響き渡り、二人は手をとり合ってお花畑を駆けぬけるという具合だ。ほかにも、キャバレーのシーン、恋人をせつなく思うシーンなど、全篇歌に彩られている。インド最大の娯楽メディア、映画は、こうして銀幕のスターのみならず、ヒット曲をも生み出し続けている。
(辛島昇監修『世界の歴史と文化 インド』新潮社「音楽と舞踊」P.244)

◆変幻自在の現代音楽

 各地域の音楽や海外の演奏方式を取り入れてきたことも、映画音楽を特色豊かなものとしました。映画が多様な音楽表現を取り入れていくことで、新たな化学反応が音楽にもたらされます。宗教要素の強い民族音楽ですら取り入れてしまう柔軟さが、その懐の大きさの源かもしれません。

【時代別の映画のインドポピュラー音楽への影響】
■1940-50年代
 
インドと西洋の楽器を用いたオーケストラ伴奏を映画に導入
■1970-80年代
インド民謡や欧米のポピュラー音楽をミックス
シンセサイザーが導入され、映画音楽の多様化が促進
■1980年代-
ウルドゥー語(*パキスタンの国語)による恋愛抒情詩ガザル、ヒンドゥー教の神々を歌ったバジャンが映画音楽風にアレンジされる
カセット普及で拡散し、北インドでポップ・ガザルが誕生、海外でも紹介
[出典]辛島昇他監修『南アジアを知る事典』平凡社 2005年 P.675
 ※年表はスタッフ作成)

 随所に踊りが登場するインドの映画シーンを、こうしたアレンジの利いた音楽が支えています。

[リンク]インド映画"STUDENT OF THE YEAR"(邦題「スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!」)のダンスシーン。セレブ学園で繰り広げられる"生徒No.1"を決めるコンテストの行方を描くロマンティックコメディ映画に、様々なテイストの歌と踊りが彩りを添える。
([出典]SonyMusicIndiaVEVO"The Disco Song Full Song - SOTY|Alia Bhatt,Sidharth Malhotra,Varun Dhawan|Sunidhi Chauhan","Radha - SOTY | Alia Bhatt | Sidharth Malhotra | Varun Dhawan |Udit Narayan|Shreya Ghoshal"
accessed October 25th,2020)

◆歌と踊りが一体のインド古典音楽

 インド映画のこうした音楽事情は、実はインド音楽の伝統に根ざしています。
 映画音楽を意味する「フィルム・サンギート」の「サンギート(サンギータ)」は「音楽」を意味するとともに、「歌舞音曲」という意味ももっていました。インドでは、音楽は演劇と一体となって発達してきたのです。

 インド映画は誕生当時に伝統的な演劇を参考にして作られており、ストーリー形式や演出に今でもその影響を色濃く見ることができます。

【インド映画における、演劇の影響】
■歌と踊りが盛りだくさん
インド音楽に関する最古の理論書は、最古の演劇理論書『ナーティヤ・シャーストラ(演劇規範書)』である。能や歌舞伎に近い演劇要素を含んだ舞踊が、音楽とともに総合芸術として発達した。
映画もトーキー化し音が入るようになってから、たくさんの歌と踊りが盛り込まれるようになった。一人の役者では覚えきれない数の歌が求められたことから、プレイバックシンガーが活躍する環境が生まれた。

■恋に、アクションに……何でも盛りだくさん
インドの伝統演劇では娯楽的要素「ナヴァ・ラサ(9つの情感)」をすべて網羅した作品が、完成度が高いと評価されていた。笑いに、アクションに、恋愛と何でもありのストーリーは、こうした要素を網羅しようとする傾向。
「ナヴァ・ラサ」
 =色気・笑い・涙・勇猛さ・怒り・恐怖・嫌悪・驚き・平安

■必ずハッピーエンド
演劇は祭礼や祝典に合わせて上演されたため、古典劇には純粋の悲劇が存在しなかった。
[出典]辛島昇他監修『南アジアを知る事典』平凡社 2005年 P.101-105,111-114,119-122,

 インドで初めて映画を製作したダーダーサーヘブ・ファールケーが製作を思い立ったきっかけは、『キリストの生涯』という作品を見たこととされます。インドには『ラーマヤーナ』など古代叙事詩を題材にいくらでも同じような作品を作れると気づいたそうです。

 文学作品や祈りとともに、インド音楽は発達してきました。時に音に神を見出してきたインドの人々は、音と戯れながら独自の音楽を紡いできました。次回以降は、楽器の使い方、近代に至る音楽の歴史などに触れ、インド音楽のルーツを紐解きます。

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